DATE with an ANGEL
10



  啓介から連絡をもらった史浩は、軽井沢の別荘へとやって来た。
  天使の怪我が本当に治ったか診てほしいと、啓介から連絡があったからだった。
 「よお、啓介。久しぶりだな」
 「こんなとこまで来てもらって悪いな、史浩」
 「今に始まった事じゃないだろ」
  出迎えて謝る啓介に、史浩は笑って返事をした。
 「怪我、治ったんだって?」
 「うん。でも念のため、お前に診てほしくてさ」
  そう話す啓介は───どこか消沈した風だった。
  そして何よりも顔色が悪かった。常にない様子が史浩には気になった。
 「……お前の方こそ具合が悪いんじゃないのか?」
 「んな事ねーって」
  史浩の心配を軽くいなした啓介は、別荘の二階へ続く階段を上がった。史浩も啓介の後に続いた。
  天使は別荘の二階の一室、啓介の私室にいた。
 「史浩が来たぜ」
  既に顔見知りである史浩を、啓介は部屋に通した。
  しかし天使は史浩の顔を見て表情を曇らせた。
 「どーしたんだよ、史浩だぜ。忘れちまったのか?」
  啓介の言葉に天使はゆるく顔を横に振った。忘れてしまった訳ではないらしかった。
 「いいって啓介。とにかく羽を診せてもらえればいいから」
  史浩は苦笑してそう言ったが、しかし天使はそれさえもためらった。史浩に背中を向けて、羽を見せようとはしなかった。
 「なあ、どーしたんだよ?」
 「───……」
 「ちゃんと診てもらわなきゃダメだろ。……な?」
  なぜかためらう様子を見せる天使を、啓介は説き伏せようとした。
  啓介の説得がしばらく続き───そうしてようやく、天使は史浩に背中を向けた。
  表情は未だ迷う様子を見せていたが、それでも史浩の手が包帯を外しても逃げようとはしなかった。史浩はしっかりと天使の羽を診た。
 「……うん。もう大丈夫だ」
  骨折も裂傷もすっかり完治していた。
  啓介が天使を助けてから二ヶ月足らずしか経ってはいなかったが、天使という生き物は人間よりも治癒力が高いのかもしれなかった。
  しかし史浩の言葉はその場の雰囲気を和らげはしなかった。
  啓介も、そして天使も、その事実にどうしてだか胸を痛めていた。
  それでも啓介は天使に声をかけた。
 「……よかったな」
  声が震えなかった事にホッとする。胸の内に苦い想いを抱きながら、啓介は天使に笑いかけた。
  けれど天使は、いつものように微笑みを返してはくれなかった。どこか苦しげで、そして悲しそうであった。
  そんな天使を目の当たりにし、啓介の心はさらに痛んだ───。


  啓介はFDに天使を乗せて、史浩とともに別荘からさらに山の奥へとやって来た。
  万が一の事を考えて、天使には羽を隠してもらった。
  しばらく車を走らせると、啓介は途中で道端にFDを停めた。史浩も自分の車をその後ろに停めた。
 「どうしたんだ啓介」
 「───」
  啓介は史浩の問いかけには答えずに、紙袋を一つ手にしてFDを降りた。そして反対側に回り、助手席に座ったままの天使のためにドアを開いた。
 「降りろよ」
 「───……」
  天使は啓介の意図を量りかねて動けずにいた。
 「行こう、ほら」
 「…………」
  啓介が手を差し伸べると、天使はその手に自分の手を預け、促されるままFDを降りた。
  啓介は天使の手を引き、車では通れない細い小道へと踏み入った。史浩も黙ってその後について行った。
  しばらく歩き、森を抜け───三人は小さな野原へとやって来た。
  啓介がまだ小学生だった頃、両親とこの山の麓に遊びに訪れた折に、一人で探検した場所の一つだった。周囲を見回しても人家の一つもなく、人間の気配もまったくなかった。
  そこへ辿り着いてようやく、啓介は天使を振り返った。
  そして繋いでいた手を離すと、代わりに持っていた紙袋を差し出した。
 「……ほら」
  いぶかしみながら天使はそれを受け取った。
  袋の中身を見て───天使は眉をしかめた。紙袋の中に入っていたのは、天使が啓介と初めて会った時に着ていた白い服だった。
  啓介に視線を戻した天使に、啓介は言った。
 「ここなら人目につかないで、天国に帰れるだろ」
 「……!!」
  啓介の言葉に、天使はもちろん史浩も驚いた。
  天使はまるで泣き出しそうに瞳を眇め、渡された服を握り締めた。それはかつては肌に馴染んだもので
あったのに、その生地の滑らかさは今はどうしてか冷たくしか感じられなかった。
  怪我をして飛べなくなってから、ずっと天国の事は気になっていた。帰りたいとも思っていた。
  目の前の人間───啓介の傍にいたのも、天使自身の使命が彼に関係していたから、そして地上のどこにも行く所がなかったからだ。
  けれどそう思っていたのは最初だけだった。
  今は、もう───……。
  天使は首を横に振って、真正面か啓介を見返した。その視線は激しかった。
  無言ながら帰らないと言い張る天使の態度は啓介の心を慰めたけれど、それでも啓介はそれを良しとはしなかった。
  天使の事を知りたくて、本まで借りてきて啓介は調べた。好きになった相手を知りたい一心からだった。
  けれど天使の事、そして天国の事を知るにつれ───啓介の心にはある決意が固まっていた。
  天使はこんな地上にいるべき存在ではない。天使が天使である以上、いるべき場所は天国なのだ。
  そんな思いは天使と過ごす時間が増すほどに、殊更強く感じるようになった。帰したくないと思いながら、天使を大切に感じる分だけ帰さなければと思った。
  だから啓介は天使を突っぱねた。
 「いいから帰れ」 
 「───」
 「おい、啓介……」
  天使は啓介の声になおさら悲しげに瞳を眇めた。見かねて史浩が口を挟んだが、啓介は構わず怒鳴った。
 「帰れったら帰れよ!」
 「──────」
  啓介も天使も、見つめあったまま互いに譲らなかった。
  史浩も言葉を発せず、膠着した状態はいつまでも続くかと思われた。
  しかしそれは唐突に、意外な人物に破られた。
 「啓介さん───!!」
  緊迫した叫び声とともに三人の前に現れたのは、ここにいるはずのない人間───ケンタであった。
  そしてその手には、一丁の猟銃が握られていた。



そろそろクライマックスです。
もうしばらくの間、お付き合いくださいね(^^;)


       小説のページに戻る            インデックスに戻る