DATE with an ANGEL




  啓介の、天使を世話する日々が始まった。
  今に始まった事ではないが、両親は病院に泊り込みでまったく家に帰ってこなかった。
  しかしそのお蔭で誰にはばかる事無く天使と一緒に過ごす事ができた。
  天使は話をしなかった。どうやら人間と天使とでは、意思の疎通のための方法が違うらしい。天使はまったく声らしきものを発しなかった。
  それでも、言葉は通じなかったが心は通じている───と啓介は思っていた。
  啓介の話す大概の事が天使には理解できるようであったし、天使の気持ちも啓介には伝わってきた。少なくとも啓介にはそう感じられた。
  何も言わなくても天使の瞳を見つめていれば───啓介にはそれで充分だった。
  大学にも峠にも行かず、啓介は天使とともに毎日過ごしていた。


  「毎日悪ィな、史浩」
 「ま、乗りかかった船だ。……それに拾ったものは最後まで面倒みなきゃだもんな」
 「犬か猫と一緒にすんなよ!」
 「はは、悪い悪い」
  天使の怪我の手当てには、毎日史浩が大学の帰りに啓介の家に立ち寄ってくれていた。
  当初はどうしても史浩に警戒心を抱いていた天使であったが、毎日の訪問に段々とそれを薄れさせていった。
  不思議と啓介だけは最初から警戒していないようであった。
  そのうち史浩に教わって、啓介も天使の羽に巻く包帯を替えるぐらいはできるようになった。
 「痛くないか? もうすぐ終わるからな」
 「…………」
  最初は荒っぽい手つきで天使の顔をしかめさせていた啓介であったが、毎日繰り返しているうちに段々と手馴れたものになってきた。
  今では天使も史浩以上に、安心した様子で啓介に羽を預けていた。
 「よし。これで終わり……っと」
  二階の啓介の部屋のベッドに天使を座らせて手当てをしていたが、それもようやく終わった。
 「啓介、お前ずいぶん手際が良くなってきたなあ」
 「そうか? ───なあ、下でコーヒーかなんか飲もうぜ」
  感心したような史浩の言葉を流し、啓介はリビングへ移る事を提案した。
  啓介の部屋もそれなりのスペースはあったが、何しろ床一面ゴミとも何ともつかないガラクタで一杯だったし、リビングの方がその倍は広くゆったりと過ごせると思ったからだった。
  啓介が天使の手を引き、史浩がその後に続いて階段を下りた。
  しかしあいにく天使の着ていた服はたいそう丈が長かった。階段の途中で自ら着ていたそれに足を取られ、天使は前のめりに倒れた。
 「!」
 「うわ!?」
  結果、啓介をも巻き込んで天使は階段から落ちた。
 「二人とも大丈夫か!?」
  落ちたのはせいぜい5段くらい。そうたいした段数はなかったが、それでも怪我人が増えてはたまらなかったし、天使の傷が増えるのも困りものだった。
 「い……ってぇ───」
  啓介は擦り傷だらけだった。大した事はないだろうが、明日には身体中のあちこちに青痣が浮かんでくるだろう事は必至だった。
  対して天使は───無傷だった。
  ほとんど啓介を下敷きにしたためとはいえ、擦り傷ひとつ負ってはいなかった。天使が傷めているのは、ただ背中の羽だけだった。
 「……あんた、意外と丈夫なんだな」
  啓介の視線に、天使はすまないような、困ったような顔をしていた。
  啓介は知る由もなかったが、天使の羽の怪我は人工衛星とぶつかった事が原因だった。


  ある日の朝───ふと気づけば、天使は窓辺から外を見ていた。
  外は真っ青な空が広がる極上の天気だった。
  それに気づいて、啓介はすまない気持ちになった。家の中では自由に過ごせるとはいえ、天使は啓介の家に連れて来られてから一度も外に出てはいないのだ。
  天使と出会ってから、早一週間。
  人目をはばかって敢えて連れ出そうとはしなかったが、外へ出たいだろう気持ちは啓介にも容易に想像がついた、
 「……気晴らしに出かけるか?」
 「!」
  啓介の言葉に天使は驚いたように振り向いた。その表情はどこか嬉しそうにも見えた。
 「じゃあ、支度しなきゃな」
  さすがに天使が着ている丈の長い白い服は、よく似合ってはいたけれど外へ出るには目立ちすぎた。
  とりあえず啓介は自分のクローゼットから服を見繕った。天使に少しでも似合うようにと考えてのシャツと白いセーター。そして膝に穴など開いていないジーンズを持ち出した。
  そこまで用意して、ふと啓介は一つの問題に気づいた。着替えてもらうためには背中の羽が邪魔だった。
 「どうにかならねーかな、これ……」
  包帯を巻いたままの天使の羽を前にして、啓介は腕組みして唸った。
  そんな啓介の考えが伝わったのか、天使は啓介の顔を見つめた後、しばらく何か思案していた。
  ───そして啓介の目の前で、その純白の羽は音もなく消えた。
 「おぉっ!?」
  羽が消えた───いや、羽を消した天使は、啓介を安心させるようにすっきりとした背中を見せた。
 「どうなってんだ……?」
  啓介は唖然として天使に問いかけたが、天使は無言で微笑みかけてきた。これでいいのかといった風に。
 「……ま、いいか」


  啓介は天使をFDに乗せて、久しぶりに赤城山へと向かった。
  昼間の赤城は、啓介のよく知る夜とはまったく違う穏やかな山だった。平日という事もあって観光客もそう多くはなく、啓介のFDはスムーズに頂上付近へと到着した。
  そこで啓介はFDを、屋根の上の大きな風車が目に付くエネルギー資料館の駐車場に停めた。
  風はまだ冷たかったが空は青く澄み渡り、ドライブには絶好の日和だった。
  4月の赤城山はまだ冬の名残の木立を残していたが、少しずつ新緑の色も芽吹きだしていた。
 「6月頃になればこの辺り一帯、ツツジの花がすっげえ咲いて、そりゃ綺麗な眺めなんだぜ」
  啓介は目の前の風景を指差しながら、少し得意げにあれやこれやと説明した。
  天使はそんな啓介の話を聞きながら、チラチラと何かに気をとられている様子だった。
 「どうかしたのか?」
 「───……」
  啓介がその視線を追えば、天使は周りの観光客が手にしているものを見つめていた。
  皆が持っているそれは、エネルギー資料館の売店で売っているアイスクリームだった。
  夜は売店も閉まっているし、最近は啓介も食べていなかったが、幼い頃食べたそれはけっこう美味しかった記憶があった。
 「あんたも食べてみるか?」
 「?」
  ちょっと待っててなと啓介は天使を置いていこうとしたが、天使は啓介から離れなかった。どうやら人間の世界に興味があるらしい。
  啓介は天使を連れ立って売店へと向かった。
  そこでコーンに入れてもらったアイスクリームを二つ買った。
  啓介の覚えていた通り、白いアイスの上にはキウイとラズベリーの二種類のジャムがトッピングされていた。
 「ほら、食べてみろよ」
  啓介にアイスの一つを差し出されて、天使はためらいながらもそれを受け取った。
  しかしどう食べればいいのか分からない様子で、啓介は苦笑しながらまず自分が一口食べて見せた。
  それを見ていた天使は、啓介と同じようにアイスを一口食べた。
 「……!」
  天使は驚きに目を見開いて啓介を見た。
 「美味いか?」
  どうやらアイスが気に入ったようで、天使はそれを再び口にした。
  その様子がどこか可愛らしくも見えて、啓介は笑った。
  啓介の服を着た天使はその男物の服のせいか、まるで男のようにも見えた。しかし男にしてはかなり線が細く、身長こそ啓介と同じくらいだが体つきははるかに華奢だった。袖口からのぞく手首など、啓介が軽く片手で掴めてしまいそうだった。
  けれど先刻、天使に着替えをさせて分かった事が一つあった。
  どうやら天使には性別というものはないらしい───。
  男でもなく女でもないその身体を垣間見て、啓介はこのひとが人間ではない事───天使なのだという事を改めて思い知らされた。
  それでもそんな事は啓介にとってはどうでもよかった。
  天使さえいてくれさえすれば、それだけで啓介は幸せだった。
 


タイトルがタイトルですから、やっぱりデートシーンもね(^^;)
そして重ねて言いますが、兄は男ではないのです。た、た、耐えて下さい〜(++)
山頂のアイスクリームは今は食べられません。これを書いた頃はまだ食べられたんですが、お店がなくなっ
ちゃったんです。
でも赤城山のどこかではまだ売っているとか聞いたんですが。
場所知っている方、教えて下さい。すっごい美味しかったんです〜(^^)
ああ、また赤城山に行ってみたいなあ…。
赤城山、私の聖地〜!!(^^)



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