DATE with an ANGEL




  啓介と天使が赤城にドライブに行ったその日の夜、ケンタは前橋市内のファミレスで一人、つまらなそうに赤城山へと続く国道の車の流れを眺めていた。
 「啓介さん、今日も来ないのかな……」
  ケンタの知る限り、啓介はこのところまったく走りに来なかった。走り屋が走りに出てくるのは夜だけだ。
  けれど赤城山の暗い峠に、啓介の夜目にも鮮やかな黄色のFDはまったく姿を現さなかった。
  啓介の携帯電話に何度電話しても、電源を切っているらしく本人には繋がらなかった。
 「それとも啓介さん、どっか具合でも悪いのかなぁ───」
  寂しそうにつぶやくケンタの背中に、不意に声がかけられた。
 「啓介ならしばらく峠には来ないぞ」
 「……史浩さん!」
 「よおケンタ、久しぶり」
  ケンタに声をかけたのは史浩であった。啓介もケンタも史浩も同じ赤城の走り屋であったし、啓介にいつもまとわりついているケンタも自然と史浩とは顔見知りになっていた。
  待ち合わせをしていた訳ではなかったが、他の席に座るのもなんだか白々しくて、史浩はケンタに進められるままにその向かいの席に腰を下ろした。
  しかしケンタの興味は、あくまで啓介にあった。
 「啓介さん、どーしたんすか?」
 「別に本人は元気だぞ。だけど今は走りに出てくる余裕はないだろうからな」
  注文したコーヒーを飲みながら、史浩はケンタの質問に答えた。
  今日は留守にするからと啓介から電話をもらったために、史浩は啓介の家には行かなかった。いつもなら天使の怪我の手当てをしている頃だった。
  それだけで史浩もこのところ走りに出る余裕をなくしていたのだから、四六時中一緒にいる啓介はもっとそんな気にはならないだろう。
  しかし史浩のその言葉にケンタは納得しかねるようであった。
  なんといっても啓介は頭にバカがつくほど走る事が好きな男であったからだ。そしてそんな啓介だからこそ、ケンタは啓介に心底惚れ込んだのだ。
  それがパッタリと走りに来なくなるなんて───そんな理由は一つしか思いつかなかった。
 「もしかして女ですか?」
 「いや。女じゃない───と思うが、どうなのかな……」
 「え?」
  ケンタの問いに答える史浩の言葉は、要領を得なかった。
 「とにかく拾いものをしてな、その世話で手が離せないんだ」
 「拾い物……猫ですか?」
 「どちらかというと、鳥───……に近い、かな?」
 「いったい何なんですか!?」
  聞けば聞くほど訳が分からなくなったケンタだった。


  夕方には赤城山から引き上げ家に帰ったその夜、啓介は家のリビングでカタログと首っ引きになっていた。
  日中、ましてや助手席に天使を乗せたままではさすがに峠を攻める訳にもいかず、啓介は出来る限りの安全運転で赤城を下ってきた。しかし久しぶりのドライブは、啓介の走り屋としての血を騒がせるのに充分
だった。
 「足回りは───どーすっかなあ……」
  ブツブツと独り言を口にしながら悩み続けていた啓介だったが、その隣に天使がそっとやって来た。
  天使が着ているのは昼間渡された啓介の服であったが、その背中には柔らかな羽が見てとれた。家に
帰ってきてすぐ啓介が言って、隠すのをやめさせた。その方がきっと落ち着くだろうと思ったからだ。
  そんな天使は、啓介の手元の本を珍しそうに覗き込んできた。
 「…………」
 「───ああ、これは車のパーツのカタログだよ。FDの足回り変えたいんだけど、どうしたら今より速くセッティングできるかと思ってさ」
  啓介は別に天使に答えを求めて話をしたのではなかった。まさか車の事など分かるはずがないと思っていたのだ。
  しかし天使は啓介がテーブルの片隅に転がしていたペンを手に取ると、何を思ったかカタログに落書きを始めた。
 「お、おい」
  慌てて啓介はそれを止めさせようとしたが、よくよく見ればそれはただの落書きではなかった。
  一枚のタイヤの写真にくるりと大きく丸がつけられ、その横には幾つもの細かい数字が書き込まれていた。
 「……これ、FDのセッティングか?」
  驚く啓介に、天使はにっこりと微笑んだ。
  車の事が分かっているのかと啓介は戸惑ったが、天使は微かに羽を揺らしながら、ただ啓介を見つめてくる。
  その様子を見ているだけで、啓介はなんだか胸に温かいものが込み上げてきて一杯になった。
 「……サンキューな」
  明日にでもこの足回りに変えてみようと思った。
  天使の肩を抱き寄せて、啓介はその耳元に感謝の言葉を伝えた。天使は抗わなかった。
  それに気を良くして啓介は、その長い腕で天使の身体を引き寄せた。怪我した羽に触れないように気をつけながら、優しく抱きしめた。
  天使はわずかにためらった様子をみせたが、それでも逃げようとはせず、静かに啓介の腕の中におさまっていた。
  そんな穏やかな時間を過ごしていた、その時───……。
 「ウギャアァァ───!!」
  闇をつんざいて、家の外から何やら奇声が上がった。
 「なっ、何だ?」
  啓介も驚いたが天使も驚いた。
  慌てて啓介は立ち上がり、ガラス戸を開けてリビングに面した暗い庭の様子を伺った。
  しかしそこには何の異変もなく、また何の気配も感じられなかった。
 「……猫かあ?」
  つまらなそうにつぶやいた啓介は戸を閉めると、訝しげな天使の傍らに戻り、安心させるように笑いかけた。


  啓介がガラス戸を閉めたその時、ケンタの口を押さえた史浩が、その敷地内からケンタを引きずり出していた。
 「───っ!!」
 「いいから、静かにしろって……!」
  ファミレスで話をしていたケンタと史浩であったが、史浩が話をすればするほどケンタは訳がわからないと頭を抱え込んでしまった。そして史浩が止めたのにも構わず、啓介の女だかペットだかを見に行くと言い出したのだ。
  しかしすっかりパニック状態に陥ったケンタを見て、史浩はもっと強くやめろと言えばよかったとしみじみと後悔した。
  ケンタを引きずりながら、史浩は啓介の家から少し離れた場所に停めた自分たちの車までようやく辿り着いた。
  そこまで来てやっと、史浩はケンタの口から手を離した。
 「な……な……何なんですかあれはっ!?」
  自由に喋れるようになったと同時に、ケンタは近所迷惑な叫び声を張り上げた。
 「見ての通りだよ」
 「見ての通りって───」
 「だから、天使だよ」
 「て……天使ィ!?」
  史浩の言葉に、ケンタは更に素っ頓狂な声を上げた。
 「だから声が大きいって」
  何度も史浩にたしなめられた末、ようやくケンタは静かになった。何事かを考え込む風であったが、史浩はこれ幸いにとケンタに事情を説明しようとした。
 「とにかくお前も見た通りだ。啓介はあの天使の世話で急がしくてだな───」
 「違いますよ、史浩さん。あれは……悪魔ですよ!」
  史浩の言葉を遮って、ケンタはまたも叫んだ。
 「はあ?」
 「啓介さんも史浩さんも悪魔に騙されているんです! たぶらかされているんですよ!!」
  どうしてそういう発想になるのか───史浩は一瞬言葉を失ったが、とにかく誤解は解かねばとケンタと向き合った。
  しかしケンタにはすでに、史浩の言葉を理解する心の余裕はこれっぽっちも残ってはいなかった。
  人間は様々な事態に直面した時、とかく自分の物差しで物事を計りがちな生き物だ。
  そしてケンタはそんな人間たちの中でも特に、思い込みの激しいタイプであった。 
 「あのな、ケンタ……」
 「あれは絶対に悪魔です! 羽の白い悪魔ですよ!!」
 


元ネタにした映画では、ケンタの役回りは「主人公をそんなに愛してはいないけど、プライドが高いので心変わ
りされるのが許せない婚約者」でした(^^;)
これを書いた頃は適役がいなかったので、ケンタにしたんです〜(^^;)
でも今現在書いたとしても……きっとケンタにしたでしょうね(^^)
やぱり適任でしょう、ケンタが!(^^)



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