DATE with an ANGEL




  「おいケンタ、やばいって……」
 「啓介さんのためだっていうからやったけどよ、これって拉致ってやつじゃねーか?」
 「違う、これは人助けだ!」
  友人の言葉を強く否定しながら、ケンタはS14を走らせていた。よほど慌てているのか、その運転は荒
かった。
  助手席と後部座席にそれぞれ座る男は、ケンタの走り屋仲間だった。けれどその二人はどうにも困惑気味だった。
  その原因は後部座席のもう片側に座る者のせいだった。
  そこにいたのは天使だった。しかし自ら同意してそこにいるのではなく、両腕をロープで縛り上げられ、無理やり座らせられていた。
  ケンタに言われるがまま、ここしばらく三人は啓介の動向を窺っていた。
  理由は啓介をたぶらかした悪魔のような奴を啓介から引き離すため。赤城の走り屋の間では啓介はかなりの人気者で、その走りに憧れる者も多い。この二人もそうだった。
  けれど当の啓介がなかなか家から出てこなく、当然その誘惑相手も姿を現さなかった。
  しかしついに絶好のチャンスが訪れた。なんと相手がひとりで図書館から出てきたのだ。
  待ちに待ったその機会をケンタたちが逃すはずはなかった。FDに乗り込もうとしていた相手を取り囲み、抵抗はされたが三人がかりでそれを制し、無理やりS14に連れ込んで逃げてきたのだ。
  啓介の元を離れても捕まえた相手が抵抗を続けるので、念のため用意していたロープで縛る羽目になってしまった。
  今は抵抗こそやめているが、それでも縛られているその相手は厳しい目つきで三人を睨んでいた。
  その視線にたじろぎながら、走り屋の一人が救いを求めるようにケンタに問いかけた。
 「これからどーすんだよ、ケンタ」
 「とりあえず俺のアパートに行く。詳しい話はそれからだ」
  ケンタの車はドライバーの心理そのままに、猛スピードで道を走って行った。
  そのケンタのS14と、偶然すれ違った車があった。
 「ケンタ……と、あれは───」


  すっかり日も暮れた頃、啓介は高崎の自宅へと戻ってきた。
  あれからあちこちを捜し回った。図書館の周辺はもちろん、赤城へも足を運んだ。けれどどこにも捜す相手の姿はなかった。
  せっかく変えたFDの足回りも、今の啓介の心には感じる余裕はなかった。
  もしかしたらと、すがる思いで自宅に帰ってきたのだが───天使は帰ってきてはいなかった。
  啓介の胸に認めたくない、その恐ろしい考えが一気に現実味をもって迫ってきた。
  天使は啓介の態度に怒って、いなくなってしまったのかもしれない。それを思うと啓介はひどい後悔と絶望感に襲われた。
  疲れ果てた身体をドサリとリビングのソファーに預ける。しばらく前からひどい頭痛がして、とても立ってはいられなかった。
  何よりも天使が消えてしまった事───それが啓介には堪えていた。
 「馬鹿野郎……」
  それは他の誰でもない、自分自身に向けた言葉だった。
  明かりもつけない薄暗い部屋で、啓介はピクリとも動こうとはしなかった。


  ケンタのアパートで、三人は拉致してきた天使をどうするかについて話し合っていた。
  天使は縛られたまま、部屋の隅に座らされていた。その表情は硬く、怒りに満ちていた。
  しかし首謀者のケンタも拉致した後を考えて行動を起こしていた訳ではなく、ただ時間だけが無為に過ぎていた。 
 「大体よぉ、こいつが人間じゃねえってホントかあ? 俺には人間にしか見えねーけどなあ」
 「俺も」
 「ホントだって! 俺は確かに見たんだから。こいつの背中に確かに羽が生えてんのを!」
  二人の疑問にケンタは真っ向から反論した。
 「とにかくこいつのせいで、啓介さんは腑抜けになっちまったんだよ」
 「うーん……」
  ケンタの言葉をすべて鵜呑みにする訳ではなかったが、確かにその点ににおいては二人とも納得はできた。
  なんといってもさらってきた相手は、二人が今まで見知ったどんな女よりも美しく、また魅力的であった。その容姿は確かにその辺りの並みの人間とは違っていた。しかし着ているのが男物の服のせいか、二人には相手が男に見えなくもなかった。
 「こいつ、男じゃないよな。女だよな?」
  不意に走り屋の一人が手を伸ばし、天使の顎を掴んで顔を上げさせた。しかし天使はそれを許さず、あろう事かその指に噛みついた。
 「いてっ! こいつ───」
  噛みつかれた男は痛みに手を引っ込めたが、次の瞬間には怒りのまま天使の胸元の服を掴み、真正面から睨みつけた。
  しかしほんの数秒見つめあったその後───男は掴んでいたシャツを離した。
 「……天使ニコンナ酷イ事ヲスルノハモウヤメヨウ」
  惚けたようにそうつぶやくと、男はなんと天使の身体を縛るロープを解こうとした。
  その行動はまるで夢遊病者のようであった。
 「おい、しっかりしろ!」
  慌てたケンタはその頬を思いっきり平手打ちした。すると男はハッと我に返った。しかしいま自分がとった行動については覚えていなかった。
 「え? あれ? 俺、どうしたんだ……?」
  その事実に、再度ケンタは確信を強めた。
 「やっぱりこいつは悪魔だ……。こいつのせいで啓介さんもおかしくなっちまったんだ!」
 「───!」
  また惑わされないように、ケンタは天使の頭から毛布を被せた。抵抗はされたが、とにかくグルグル巻きにして上半身ごと隠してしまった。
  ようやく残りの二人も、朧げながら相手が人間ではない事を感じ始めていた。
 「どーすんだよケンタ。こいつ、どっかに捨ててくるか?」
 「ダメだ。それじゃ啓介さんのところに戻っちまうかもしれない」
  苛々とつぶやいたケンタであったが、とはいえ相変わらず何の打開策も思い浮かばなかった。
  その時、部屋の隅に置いてあるテレビにふと視線が留まった。
  いつもの習慣でつけていたテレビであったが、その画面に偶然ライオンが映っていた。
  それを見た瞬間、ケンタの頭に妙案がひらめいた。
 「───そうだ、あそこだ!!」



(元ネタの映画では)天使の瞳には魔力があるそうです。
天使に危害を加えようとする者の意思とかを奪ってしまうとか。
ある意味ではケンタに「悪魔」っていわれても仕方ない、のかな……?(^^;)



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