DATE with an ANGEL
エピローグ



  朝になってもまだ、啓介の両親は病院へ到着していなかった。
  啓介の病室のドアには面会謝絶の札が重々しくかけられていた。けれど史浩とケンタは啓介の身を案じて、枕元で
ずっと啓介を見守っていた。
  ブラインドを下ろしたままの薄暗い病室で、啓介は目を閉じたままベッドに横たわっていた。
  ケンタはそんな啓介に視線を向ける度に新たな涙を流していた。昨夜から泣き通しだった。
 「いいかげんにしろよ、ケンタ」
 「だ、だって啓介さん……。啓介さんが……っ」
  見かねた史浩が小声でたしなめたが、ケンタは声を詰まらせるばかりで自分でも涙の止め方がわからないようだった。
  その時、病室のドアが小さくノックされた。
  そしてドアが静かに開き、白衣を着た医師が一人入ってきた。
  薄暗い部屋でははっきり顔まで見えなかったが、昨夜啓介を治療したのとは別の医者だった。
 「ここは面会謝絶ですよ」
  医師の注意に史浩は慌てて頭を下げた。
 「すみません。まだ家族が来てないもので、心配で……」
 「気持ちはわかりますが、患者さんには安静が第一ですから」
  やんわりと諭されて、史浩も同じ職業を志している身として、医師の言う事がもっともだと理解はした。
  啓介は心配だったが、確かにここにいても史浩たちにできることは何もなかった。
 「行こう、ケンタ」
 「───先生!」
  史浩はケンタを連れて病室を出て行こうとしたが、ケンタは医師に縋りついた。
 「啓介さんを死なせないで下さい! 絶対助けて下さい! お願いします!!」
 「おい、ケンタ……」
  史浩はケンタを医師から引き離そうとしたが、思いがけない一言にその手を止めた。
 「大丈夫。彼は助かります」
  ケンタも史浩も驚いて医師を見た。
  その顔立ちまでははっきりとは見えなかったが、医師は二人を安心させるように静かに微笑んでいた。
 「はい……!」
  それにケンタは嬉しそうに返事をして、またボロボロと涙を流した。事態は何も変わっていないというのに、史浩もなぜか安心してしまった。
 「行こう、ケンタ」
  史浩に促されて、ケンタは泣きじゃくりながら病室を後にした。史浩もそれに続いた。
  医師に一礼してすれ違い、病室のドアを閉めようとして、史浩の視線がふと留まった。
  ベッドに眠る啓介の枕元に佇む医師の───その後ろ姿に史浩は見覚えがあった。
  そこにいるのは白衣を着た、黒髪の医者だった。その背中には何も、一枚の羽根も見当たらなかった。
  しかしあまりに見覚えのある後ろ姿だった。
  ドアを静かに閉めながら、史浩はポツリとつぶやいた。
 「今のは……」


  ブラインドを上げた途端、朝のまぶしい光が病室を満たした。今までの薄暗さが嘘のような、快晴の天気
だった。
  その溢れんばかりの光に無理やり意識を覚醒させられ、啓介は頭まで布団を引き上げた。
 「んー……」
 「いつまで寝ているんだ?」
 「もうちょっと……。もうちょっとだけ、寝かせてくれ……」
  呆れたような声に啓介は寝ぼけ声で答えた。
  しかし次にかけられた声に、啓介の意識は一気に眠気を吹き飛ばされた。
 「だったら天国に帰らせてもらおうかな」
  一瞬の沈黙の後、ガバッと啓介は飛び起きた。
  明るい病室の中、啓介は枕元に立つ者を見上げた。
  それは───そこにいたのは天使だった。
 「あんた……!!」
  驚く啓介に、天使は悪戯めいた綺麗な微笑みを見せた。
 「……俺、死んだんだよな? じゃあ、ここが天国か?」
 「死んでないよ」
 「じゃあ、これから死ぬのか?」
 「どこも悪くないのにどうして死ぬんだ?」
  訳がわからず質問攻めにしてくる啓介に、天使は一つ一つ答えを返した。それでも啓介にはまだ事態が把握できなかった。
 「だって俺は───」
 「頭、まだ痛むか?」
 「え……?」
  逆に天使に問いかけられて、啓介は自らの身体に意識を向けた。
  確かに昨日まで啓介を苦しめていた痛みはすっかり消え去っていた。それどころか頭はすっきりとして、疼痛感のかけらも残っていなかった。
 「あれ? そーいや全然……」
 「天使の祈りが通じたんだ」
  啓介のベッドに腰を下ろしながら、天使は可笑しくてたまらないといった風に微笑んだ。
  きっと今日は大騒ぎになるだろう。
  何といっても昨日まで重病だった患者から、すっかり病巣が消えてしまったのだから───。
  啓介は驚いて天使を見つめた。天使も啓介を見つめた。
  しばらく見つめあい───互いに喜びと愛おしさを感じながら笑った。お互いに、これ以上はないほど幸福だった。
  そしてどちらからともなく、惹かれあうように唇を寄せた。
 「ん───……」
  長い長いキスの後、啓介は天使を抱きしめながらうっとりとつぶやいた。
 「……あんたの声、初めて聞いた」
  天使の声は甘く優しく───啓介が想像した通りの声だった。
  それでもまだ一つ、啓介には気になる事があった。
 「なあ、その服は?」
  何といっても天使は白衣を着ているのだ。
  それは今まで天使が着ていたものではなく、明らかに人間の───医者の服だった。
 「……神様に休暇をもらったんだ」
  啓介の耳元に夢のような言葉を囁いた後、その唇はもう一度、啓介と甘いキスを交わした───。



                                                    <END>




長らくのお付き合い、ありがとうございました!m(__)m
この小説は、元ネタ映画の「天使が神様に休暇をもらって戻ってくる」というラストが気に入って、それを啓×涼でやってみたくて……。ただそれだけのためにちまちま書いた次第です(^^;)
やれやれ、やっと終わりました〜!(^^;)

実は、この小説には続きがあります。
この話を元にして、「DATE with an ANGEL・2」という話を書きました。オフ本は完売済です。
いずれはサイトに再録したいとは思ってますが、自分で書いておいてなんですが、この天使話はかなり私の精神的ショックが大きいので〜(@@;)
しばらく間をおいてから、またアップしたいと思います。
ちなみに2では、神様が地上にやって来ます。他の天使も出てきます。
啓介はいろいろ大変です(^^;) でも天使(涼介さま)も大変です。

アップの際には、どうぞよろしくです(^^)


       小説のページに戻る            インデックスに戻る