DATE with an ANGEL・2
11
激しいスキール音とともにバトルは始まった。二台並んでもつれたまま、コーナーに突っ
込んで行く。
第一コーナーから飛び出した時、頭をとっていたのはFDだった。ランエボもすぐその
後ろに続き、二台は峠を一気に駆け下って行く───。
赤城の下りは勾配がきつい。スタート直後から激しい標高差が生み出す超低速セクショ
ンが待ち受けている。
しかし京一にとって、その低速コーナーは得意とするものだった。
曲がりにくいといわれた4WDを自在に操り、京一は啓介のFDにぴったりと張りつい
ていた。ミスファイアリングシステムの激しいバックファイアとともに。
「うるせーな……!」
「構うな啓介」
「わかってる!」
啓介は毒づきながら、FDを最速ラインに乗せていった。ブレーキングのコントロール
とハンドリングに全神経を集中させていく。
FDの助手席に座った涼介は、ルームミラーでランエボの走りを見ていた。
先日同乗させられていた時にも感じた事だが、京一のドライビングにはまったくミスが
なかった。派手なアクションこそないが、基本に忠実なその走りは確かに速かった。
峠の王者とも呼ばれるランエボ。4WDとミスファイアリングシステムで武装したその
車には微塵の隙もない。張り叫んばかりの危機感を涼介は感じていた。
けれど勝つのは啓介だと信じていた。
そんな涼介の視線を京一は感じていた。
前を走るFDを見つめる。
その助手席には涼介の姿があった。その後ろ姿を見て不意に、京一の脳裏に先程見せつ
けられたキスシーンがちらついた。
「ふざけた真似しやがって───」
京一は吐き捨てるようにつぶやいた。
FDとランエボは、恐ろしい速さで峠を駆け下っていく。
あっという間に舞台は峠の中盤───勾配のゆるい中速セクションへと差しかかってい
た。そしてS字コーナーで、ついに京一がしかけた。
コーナー手前のわずか一秒ほどの全開区間で一気に加速してFDに車体を並べた。その
ままコーナーに突っ込んでいく。
「啓介……!!」
「!!」
涼介の乗るFDのすぐ隣に、黒い車体があった。
並んだまま二台は次のコーナーへと突っ込んでいった。
しかしそこではインとアウトが逆転した。4WDとミスファイアリングシステムの力を
見せつけるように、ランエボは立ち上がり加速でFDを凌駕した。
ギャラリーたちの悲鳴が上がる中、ランエボはFDを追い抜いた。
見事すぎるランエボのカウンターアタック。後輪駆動のFDとは駆動システムが違うと
はいえ、それはあっけないほどだった。
「チッ……!!」
啓介は舌打ちした。焦ってアクセルを踏み込もうとする。
そんな啓介を涼介は諌めた。
「焦るな! まだ抜き返すチャンスはある」
ここで闇雲に攻め込んでも京一には勝てないだろう。かえって勝つためのチャンスを潰
してしまう───。
「このままでついて行くんだ」
「───わかった!」
コーナーを抜けるたびに左右に揺れる横Gに耐えながら、涼介は隣に座る啓介に言った。
啓介はともすれば暴走してしまいそうになる気持ちを無理に静めた。
二台の走りはますます加速していく。
連続するS字セクションも終わろうとしていた。
先行されているとはいえFDも引き離されはしなかった。しかしランエボの後ろ姿には
余裕さえ感じられた。
事実、京一は勝利を確信していた。
「───終わりだな」
もうあと数分で決着がつく。その口元には自信に満ちた笑みが浮かんでいた。
反対に啓介は汗ばんだ手で、FDのハンドルを握っていた。けれどこのまま勝負を諦め
るつもりは絶対になかった。
二台はゴールにどんどん近づいていた。
高速コーナーにさしかかる。もう幾つかのコーナーを抜ければ、それでこのバトルも終
わりだった。
「この先だ、啓介」
「え!?」
「夕べ話したろう。京一の弱点は右コーナーだ」
ランエボの動きを追っていた涼介が唐突に口を開いた。
先日ランエボに乗った時に気づいた京一の唯一の弱点。右コーナーのドライビングにわ
ずかな迷いがある事を、京一自身さえも気づいていない。
それを涼介はたった一度のドライブで気づいていた。
「次の右コーナーが最後のチャンスだ」
「……わかった!」
啓介は前を見つめたまま、涼介に答えた。
涼介の言う通りのチャンスがあることを信じていた。
そしてコーナーの手前の短いストレート。啓介はアクセルを踏み込んだ。
ロータリーエンジンが咆哮し、今度はFDがランエボの左側にその車体を並べた。
「行っけえ───!!」
コーナーへの進入スピードはFDの方が上だった。大外から車体をかぶせて激しくプレッ
シャーをかける。
「そのままインサイドにはりつけろ!!」
コーナーからの立ち上がり。涼介の指示通りにFDはランエボのラインをその車体でもっ
て阻んだ。
「こ……のヤロオーッ!!」
京一は呻いた。
ランエボはアウトサイドにスペースを与えられず、アクセルを踏むこともできない。
4WDのトラクションとミスファイアリングシステムは沈黙せざるをえなかった。
そのまま二台は次の左コーナーへ突っ込んだ。そしてインとアウトが入れかわる。
絶対的に有利なコーナーのイン───それを手に入れたのはFDだった。
いかに京一がくやしがろうとももう遅かった。
鮮やかな逆転。FDがランエボを抜き返した。
土壇場での大逆転に、道端のギャラリーたちも叫びともつかぬ歓声を上げた。
そして───先にゴールを駆け抜けたのは、夜目にも鮮やかな黄色のFDだった。
ゴール先の駐車場に車を止めて、啓介と涼介、そして京一はそれぞれ車から降り立った。
啓介はこみ上げてくる嬉しさを堪えきれずに、両手で涼介の手を取り、痛いぐらい握り
しめてきた。
「勝ったぜ、涼介さん!」
「啓介……」
危ういバトルだった。けれど啓介は勝利を勝ち取った。自分のために───そして涼介
のために。
喜びに涼介は涙ぐみそうになったが、それを何とかこらえた。
周囲のギャラリー達もバトルの決着に興奮していた。
そんな中、京一だけが押し黙ったまま立っていた。無言で目の前で喜び合う啓介と涼介
の姿を見ていた。
涼介は嬉しそうだった。その顔には何のためらいもない。バトルの結果に、この上なく
満足している様子だった。
涼介にとって何が幸せであるのか───それは明白だった。
啓介と涼介はしばらく喜び合った後、京一に振り向いた。
「……京一」
涼介が口を開いた。その声は勝利に浮かれている訳ではなく、むしろ淡々とした声音だっ
た。
「約束だ、京一……。このまま帰ってくれ」
「待てよ! それだけじゃねーだろ!」
啓介が慌てて言い募った。
「わかっている」
くやしい事だが───と、京一は内心で自嘲気味に笑った。
この人間がここまでやるとは思ってはいなかった。
涼介が協力していたとはいえ、それは京一の想像以上だった。
「……俺の負けだ」
京一は短くつぶやくと、片手を天にかざした。
その途端に、星の瞬いていた夜空に暗雲が立ち込め始めた。押し寄せてきた暗雲は所々
帯電しているのか光を覗かせながら、空一面に広がった。
不気味な雷鳴が頭上で渦巻いていた。
「まさか……」
「京一、何を───」
啓介と涼介が空を見上げたまさにその時───大音響とともに一筋の雷が落ちてきた。
「!!」
「京───……!!」
その瞬間、世界のすべてが閃光に包まれ───啓介と涼介の意識も真っ白になった。
かなり無理のある神様京一。
オフ本で出した時、意外にも友人から気に入ってもらったので驚きでした。
もちろんとっても嬉しかったですけど(^^)
これから天国にはごつくむさ苦しい天使しかいなくなった訳ですが、そう考えると京一はとっても
可哀相かも……(^^;)
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