DATE with an ANGEL・2
12
どれだけの時間が過ぎたのか、啓介が意識を取り戻すと視界は暗かった。
「……どうなったんだ」
身を起こすと、自分がいるのがFDの車内だという事に気がついた。そしてフロントガ
ラスの向こうの景色に、ここが自宅の車庫なのだとわかった。
一体いつの間に帰ってきたのか。それともこれも京一の力なのか。
暗闇に目を凝らして涼介を捜せば、隣の助手席に涼介は横たわっていた。まだ意識が戻
らないのか、身じろぎ一つしない。
そして不思議なことに、FDの車内には白くぼやけた何かが一面に散らばっていた。
「なんだ……?」
それが何なのか、暗闇の下でははっきりと見えない。啓介はルームランプをつけ───
そして驚きに息を呑んだ。
FDの車内に散乱していたのは、純白の羽根だった。
確認するまでもない、涼介のものだった。
涼介の背中にあった筈のそれらは、すべて抜け落ちたかのように一本一本、FDの車内
に散り落ちていた。
「涼介さん!」
啓介は慌てて涼介を揺り起こした。
肩を掴んで二、三度揺すると、涼介は気がついたようだった。
「───啓介……?」
目覚めた涼介はしばらくぼんやりとしていたが、不意に身体を固くした。
「ここはどこだ?」
「家だよ。……天国には連れていかれなかったみたいだな」
「そうか……」
涼介は安堵のため息をついた。そうして初めて、自分の周り───FDの車内に散らばっ
ている羽根に気がついた。
それは一枚や二枚ではない。FDのリアシートなどは散らばる羽根で真っ白に埋まって
しまっていた。
「これは……」
「涼介さんの羽根だよな、これ……。身体、大丈夫?」
「待ってくれ、今───」
涼介は羽を広げようとした。
けれどそれはかなわなかった。身体には何の変化もない。
それだけではなく、人の目につかないように消していても感じていた羽の存在を、涼介
はまったく感じられなかった。
「羽が……ない」
「ないって?」
訝しむ啓介に、涼介も半信半疑ながらも説明した。
「出せない……。消えているんだ。何も感じられない」
涼介の言葉にしばらく考え込んでいた啓介であったが、ぽつりとつぶやいた。
「あいつ……約束守ったんだ」
「約束?」
「涼介さん、人間になれたんだ!!」
啓介は叫ぶと、思いきり涼介を抱きしめた。
「人間になれたんだよ───やった!!」
「け、啓介……っ」
力一杯抱きしめてくる啓介のあまりの喜びように、けれど涼介は戸惑うばかりだった。
「俺が……人間に?」
確かに涼介の身体から、天使の羽は消えてしまったようだ。
けれど人間になれたという実感はまったくなかった。この身体は意識を失う前と変わっ
てはいないように涼介には感じられた。
「涼介さん」
戸惑ったままの涼介だったが、啓介に呼ばれて顔を上げれば、すぐ目の前に啓介の顔が
あった。
「けい───」
名前を呼ぶ前に口づけられた。
深く、浅く、そしてまた深く触れる。
そうして啓介が唇を離すと、涼介はその黒い瞳を潤ませ、啓介を見つめてきた。
その涼介の瞳に、啓介はやっぱりと思った。
涼介に見つめられるだけで感じていた罪悪感───それは天使の魔力だったが、今それ
は微塵も感じられなかった。
けれど啓介を引きつけてやまない涼介の魅力は、少しも変わっていなかった。
天使であろうと、人間であろうと変わらない。
「涼介さん……」
啓介は再び涼介に口づけた。
助手席に半分覆いかぶさるように、身体と身体を密着させる。そのまま啓介は涼介の胸
元に指を這わせた。
「……啓介?」
唇を離すと涼介が訝しげな声をあげた。未だ涼介は、この先の事はわかってはいないの
だ。
「……ちょっとだけだから」
こんなFDの中では情事にも及びにくい。けれど啓介は今すぐ涼介に触れたくて触れた
くて仕方がなかった。歯止めがきかなかくなっていた。
しかしさすがに服を脱がせてしまったらヤバくなりそうで、啓介はかなりの我慢を強い
てそれは堪えた。
服の上から触れた涼介の胸は、今までと同じ感触だった。女性らしい丸みはほとんど感
じられない。あまり豊満な身体にはならなかったのかなと啓介は頭の隅で思った。
それにしてもまるで男のようだ───というか、……そのもののように感じられた。
その疑問は疑惑となり、啓介の中で大きく膨らんでいった。
眉を寄せて、とうとう啓介は触れていた手を止めた。
「どうかしたのか……?」
「い、いや……。ちょっとその───」
訳がわからないまでも、啓介の様子がおかしいのに気づいた涼介が問いかけてくる。
しかし啓介も何と言ったらいいかわからなかった。
しばらく考え込んだ末に、啓介は涼介から一度身体を離すと、改めて涼介の顔を覗き込
んだ。
「……確かめていい?」
「確かめるって?」
「だからその……ちょっと触ってもいい?」
「今だって触ってたじゃないか」
涼介は啓介の目的がつかめなくて、一言一言聞き返してくる。
「胸じゃなくて、えーとだな───……」
何と言おうか散々考え込んだが、上手い言葉が見つからなくて啓介は困り果てた。あま
り気が長い方ではない啓介は、段々と説明するのが面倒になってきた。
「ごめん!」
ついに一言叫ぶと、了承を得る前に啓介は涼介の下半身に触れた。
「け、啓介っ!?」
突然の啓介の行動に涼介は声を上げた。恥ずかしさを感じるよりも驚きが先に立ってい
た。
天使には性別がなかったので、人間だったら恥ずかしがる事でも、それをそうと感じる
意識がまだないのだ。
「一体何を……っ!」
「──────」
「……啓介?」
啓介は───固まっていた。
雷に打たれた訳でもないのに、頭の中は真っ白になっていた。
啓介の一連の行動についていけない涼介であったが、あまりにも啓介の様子が尋常では
ないので、逆に啓介を心配した。
しかし何度名前を呼んでも、啓介は答えない。
涼介もなす術を無くし、ついにFDの車内には奇妙な沈黙が訪れた。
そのままの状態がしばらく続き───涼介が困り果てた頃、とうとう啓介がポツリとつ
ぶやいた。
「…………あった」
「何?」
啓介が口を開いた事に涼介は安心したが、その言葉の意味はわかりかねた。
しかし次の啓介の言葉は、涼介の予想の範疇外の内容だった。
「涼介さん……男だ」
「え?」
「男になってる」
涼介は耳を疑った。けれど啓介の言葉は変わらなかった。
「女じゃない……男になってる」
「……どうして。だって、俺は人間にって───……!」
言いかけて、涼介は気がついた。
確かに涼介は「人間」になりたいと言った。
けれど「人間の女性」になりたいとは言わなかった。
啓介が人間の男性である以上、涼介が一緒にいるためには女性にと思うのがごく当たり
前だ。
だから敢えてそこまで詳しくは言葉にしなかったのだ。
神である京一も、それはわかっていると思っていた。いや、わかっているはずだった。
「京一の奴……」
十中八九嫌がらせに違いない京一の仕業に、涼介は唇を噛んだ。
愕然としていた啓介であったが、ハッと気がついてFDから飛び出した。
そのまま車庫の中を走り抜けて庭へ出ると、夜空を見上げた。
「バッカヤローッ!!」
近所迷惑も省みず、怒りのままに叫んだ。
「てめえ、なに考えてやがんだよ!!」
啓介の怒声が夜の街に響いた。
けれどその声に答えるものは何もない。
どこかで京一が、せめてもの意趣返しだと不貞腐れているような気がした。
もしも女性化を望まれていた方がいたら、申し訳ありません〜(^^;)
2を書いたのは、半分このオチを書きたかったからかもしれません。
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