DATE with an ANGEL・2
13
啓介は自室でベッドに寝転がりながら、煙草を吸い続けていた。
もう何本目かもわからない。部屋の中は紫煙がもうもうと立ち込めていた。
涼介は向かいの自室に籠もったまま、出てくる気配はなかった。
先刻、ショックから先に立ち直ったのは啓介であった。
とにかくいつまでもここにいても仕方ないと、涼介をFDから連れ出した。
少しでも落ちつくようにとお茶を入れた啓介だったが、涼介はあまりのショックの大き
にまったく口をつけなかった。ほとんど無言のまま、いつもの習慣で浴室に消えた。
啓介もいつも通りにした方がいいかと、それを止めなかった。
しかし啓介の気遣いはまったくの逆効果だった。風呂上がりの涼介は身体を温めて落ち
つくどころか、蒼白になっていた。
色々な意味で、人間の身体に衝撃を受けたようだった。
慌てふためく啓介に一人にしてくれと言い残し、涼介は自室へと消えた。
啓介に止める術はなかった。そして仕方なく啓介もシャワーを浴びて、自室へと引き上
げてきたのだ。
そのまま時間だけが過ぎたが、いつまで経っても涼介は部屋から出てこなかった。
啓介もぼんやりとしたままだ。何か考えようとしても、頭の中は先程と同じく真っ白な
ままだった。
と、不意にゴトンという物音が聞こえてきた。
「……?」
耳を澄ませてももう何も聞こえない。啓介の部屋の中の音ではなかった。窓の外でもな
い。啓介は急に不安を感じた。
「……涼介さん?」
啓介は自室を出ると、涼介の部屋の前に立った。
そしてドアをノックしながら名前を呼んだが、涼介からの返事はなかった。試しにドア
ノブに手をかけると、施錠されていないそれは簡単に開いた。
「……入るよ」
一応断りを入れて啓介は涼介の部屋に踏み入った。しかし部屋の様子を一目見て、驚い
た。
いつも整然と片づいていた涼介の部屋は、服や財布やらが散乱していた。
そして部屋の主はというと、床に置いたバッグの中にそれらを手早く詰め込んでいた。
「なに……してんの」
「見ての通りだ」
啓介は部屋の入り口に立ったまま、呆然と問いかけた。
涼介は顔を上げないまま答えた。言われて考えてみたが、啓介にはどう見ても荷造りに
しか見えなかった。
「……旅行の支度?」
「そうかもな」
啓介の質問にも、涼介の手は止まらなかった。
「どこに行くつもりだよ」
「そんな事は決めていない。でも───」
バッグが一杯になり、涼介は荷造りを終えた。
そしてようやく顔を上げて、啓介に告げた。
「もう、ここには帰らない」
いっそ冷たく感じられるほど、涼介はきっぱりと言い切った。
「……なんで、そんな───」
啓介が呆然と問いかけると、涼介はそんな啓介を見たくないのか顔を背けた。
「俺にはもう、ここにいる資格がない」
「資格って……何だよそれ!?」
涼介の言葉に啓介は驚くと同時に怒りを感じた。一体誰が、何が必要だと言うのか。
「何か問題があるのかよ!?」
涼介が出て行くなど、啓介には絶対認められなかった。
あの京一も天国へ帰っていったのだ。誰にも邪魔されずにようやく一緒にいられるとい
うのに、涼介は何を言いだすのか。啓介は焦った。
けれど涼介は聞き入れなかった。
「俺は、人間の女性にはなれなかった。だからもうここにいる資格がないんだ」
「そんなの関係ねーよ!」
そう叫ぶと、啓介は涼介のバッグを掴んだ。そのまま壁へと投げつける。バッグは鈍い
音をたてて、部屋の隅に転がった。
「啓介!」
「俺は涼介さんが人間じゃなくったって構わなかった!!」
啓介が叫んだ。
元々感情の起伏の激しい質ではあったが、涼介に対してここまで声を荒らげた事はなかっ
た。
啓介のあまりの迫力に、涼介も口を噤む。
「天使だから好きになったんでもねえ。俺は───」
凍りついたように動かない涼介を、啓介は有無をいわさず抱きしめた。
抱きしめた身体の温もりは、今までと何も変わらない。
何をうだうだと考え込んでいたのかと思う。
女性になり損ねたのは残念といえば残念だけれど、それは京一のせいであって涼介には
何の責任もない。
そんな理由で涼介を諦めるなんて、とてもじゃないができなかった。
「俺は、涼介さんが涼介さんなら、それだけでいいんだよ!」
「啓介───」
けれど涼介は啓介の腕の中からやはり逃れようとした。
それを許さず、何かつぶやこうとする唇を啓介は自分の唇で強引に塞いだ。
そのまま部屋の一角に置かれていた涼介のベッドに、その主を押し倒した───。
やっとここまでたどり着きました。
次でラストとなります(^^)
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