DATE with an ANGEL・2




   赤城山から高崎の啓介の自宅に帰り着くと、既に日付は変わってしまっていた。
   散々車を走らせて身体は疲れている筈なのに、弾けるような高揚感が啓介を包んでいた。
  「もうこんな時間か……」
  「さすがに疲れたか?」
  「全っ然! 走り足りねーくらいだよ」
   啓介を気づかう涼介と一緒に家の中に入りながら、啓介は答えた。
   車を走らせるのは好きだった。大学の講義を聞いてる一時間半は永遠とも感じられるほ
  どなのに、同じ時間でもFDを走らせているとあっという間に過ぎ去ってしまうのだ。
   将来の事など未だに具体的には考えてはいなかったが、車に関係する何かができればい
  いなと最近はぼんやりとだが思い始めていた。
   こんな風に未来の事を考えられるのも、涼介のおかげだった。死ぬ運命にあった啓介の
  命を、他ならぬ涼介が助けてくれたのだ。
   そして何よりも嬉しいのは、今もこうして涼介が一緒にいてくれる事だった。
   啓介が涼介を好きになったのは、ほとんど一目惚れだった。
   初めて出会った時、涼介は羽に怪我をして気を失っていた。
   それを啓介は助けたのだが、その背中の羽にも驚いたが、涼介のあまりの美貌に何より
  驚いた。
   いま思えば、その時にはもう啓介は涼介を好きになっていたように思う。そして一緒に
  居れば居るほど、どんどん好きになる一方だった。
   それに涼介から好きだと言われた事はなかったけれど、啓介はこの気持ちが自分だけの
  一方通行なものではない事ももう知っていた。
   啓介の前に立って進む涼介の後ろ姿を見ていたら、何だか無性にたまらなくなった。
   啓介はリビングのドアを閉めたその手をそのまま涼介に伸ばした。そして背後から腕を
  まわし、涼介を抱きしめた。
   不意に近くなった温もりに涼介は振り返ろうとしたが、啓介にキュッと抱きしめられた
  せいでそれはかなわなかった。
  「啓介……?」
  「涼介さん───」
  「涼介でいい」
  「……うん」
   訝しむ涼介を抱きしめたまま、啓介は腕の中の温もりを思う存分感じていた。
   天使に「涼介」という名前をつけたのは啓介だった。
   名前を教えてくれと言った啓介に、涼介が名前をつけてくれと言ったのだ。散々考え込
  んだ末、似合うからというのと自分と一字違いの名前という単純な理由で、啓介はその名
  前にした。
   史浩たちは天使は男ではないのだからその名前はどうかとも思ったのだが、涼介本人は
  それを至極気に入ったらしい。
   それに涼介は着る服も男物が殆どであった。最初に啓介が用意した服が男物であったせ
  いかもしれない。もっとも本人の体つきも線も細すぎたので、その印象はただ中性的で、
  そして綺麗だった。
   もちろん天使に性別はないのだから、もっと女性らしくしてもいいはずだったが、その
  辺は傍にいる啓介の影響が大きいらしい。一人称も涼介は「俺」だった。
   けれど啓介はどうでもよかった。どうあろうとも、涼介は涼介だ。
   啓介は腕の中の涼介の身体を振り向かせると視線をあわせた。宝石のように黒い瞳と見
  つめ合うと、啓介の心はときめくと同時に罪悪感を感じた。
   天使の瞳には魔力がある。天使の意志とは関係なく、天使に害を及ぼそうとする者から
  その意志を奪ってしまう。それが例え恋情に起因するものであってもだ。
  「目ェ、つぶってて」
   啓介がそう頼むと涼介はわずかに首を傾げたが、素直にそれに従った。
   涼介が瞳を閉じた途端に、啓介を責め苛んでいた罪悪感が消え去った。
   それに安心し、啓介は涼介の唇にそっと口づけた。
   涼介からの抵抗はない。啓介はそのまま、口づけを深くしていった。
   ただ抱きしめて、そしてただ触れたくなってしたキスであったが、触れた途端にそれだ
  けでは済まなくなってしまった。
   そのまま涼介をリビングの床に押し倒した。
  「啓介……?」
   涼介は目を閉じたままどこか不安げに啓介を呼んだが、それでもさしたる抵抗はしなかっ
  た。啓介が何をしたいのか、理解してないからかもしれない。
   キスならもう数えきれないくらい交わしていた。けれどここから先はまだ進んだ事はな
  かった。
   啓介が涼介の胸元に手を伸ばし、シャツのボタンを一つ外そうとしかけた時───異変
  は起こった。
   閉まっていたカーテンの隙間から閃光が差し込んだとともに、耳をつんざくような大音
  響がした。そのあまりの衝撃に、ビリビリと家が揺れた。
  「うわっ!!」
  「!!」
   啓介がリビングの窓辺に駆け寄り、カーテンを開けて庭を見る。───と、広い庭の木
  の一本が二つに裂け、ブスブスと鈍い煙を上げていた。
  「またかよ……!」
   ここ何ヶ月か、高橋家の庭には頻繁に雷が落ちていた。
   群馬県は元々、落雷の多い土地だった。赤城山には電の研究所もある。
   しかし特定の家の庭に多発するのは異例というか、異常だった。少なくても週に一度、
  多い時には週に二、三度の落雷があった。
   不幸中の幸いというか家に火がつく事はなかったが、庭木を入れ替える度にまた雷が落
  ちるので、とうとう高橋家では庭の手入れをやめてしまった。
   緑が繁り、季節の花々が咲いていた高橋家の庭は、今は殆どの木々が黒く焦げた荒れ地
  と化していた。
   そして落雷の度に警察やら消防署が出動してきたが、人為的に起こした出来事ではない
  ので、皆うんざりしながらも首を傾げるばかりだった。
   ちなみに天気は関係ない。現に今だって家に入る前に見た空には星が輝き、雨雲の気配
  などかけらもなかった。雲一つない晴天の日中に、落雷があった事さえあった。
   不思議な事はもう一つあった。
   実は落雷が落ちたその度に、啓介は涼介を押し倒してるのだ。なのに、さあいざ───
  という時にいつもいつも大騒ぎになって、邪魔されてばかりいた。
   啓介としてはもういい加減に雷にも慣れてきたのだが、近所の野次馬が集まってきたり
  消防車が出動してきているのに、家の中でそのまま行為を進める気にはさすがになれなかっ
  た。
   今日も通報などしていないのに、遠くから消防車のサイレンの音が聞こえてきた。
   きっと近所の誰かが通報したのだろう。
  「何なんだよ、一体!」
   苛々とぼやきながら、啓介は玄関先から外へと飛び出して行った。
  「…………」
   ひとりになった涼介は黙って窓辺に立ち、厳しい表情で夜空を見上げていた。




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