DATE with an ANGEL・2




   夕闇がその訪れを日々早めている季節。
   辺りが暗くなり始めた頃、涼介は勤務先の病院での仕事を終えた。啓介の両親が経営す
  る病院だった。
   啓介の両親は相変わらず病院にかかりきりで、ほとんど自宅にも帰ってきていなかった。
   涼介が啓介と一緒に暮らすにはそれは都合がよかったが、ずっと暮らしていればさすが
  に家で顔を会わす事もあった。
   だから啓介の両親は、涼介と啓介の事を兄弟のように認識していた。それは涼介の天使
  としての力だった。
   病院へはいつも啓介がFDで送り迎えをしてくれるか、そうでなければタクシーを使っ
  ていた。
   今日は啓介が用事があるというので、涼介は自宅までタクシーを使うつもりだった。白
  衣を着替えて、私服の上にコートを羽織ると、職場を後にした。
   建物を一歩出ると、ほんのりと息が白く煙った。山では冬の足音を予感させるほど寒い
  日もあるから、当然かもしれなかった。
   しかし病院の建物の外には、予想外の待ち人がいた。
  「遅かったな」
  「京一……!」
   職員用の通用口の前には、ランエボで乗り付けた京一がいた。黒い車体にその背を預け
  て煙草をふかしていた。
   しばらく待っていたのか、その足元には二、三本の吸殻が落ちていた。
   涼介は一番会いたくない者の来訪に、眉を寄せた。
  「話がある。車に乗れ」
  「俺にはない」
   京一が促したが、涼介は足早にその場をやり過ごそうとした。
   しかし京一は立ち去ろうとする涼介の腕を片手で掴むと、もう片方の手を涼介の背中に
  かざした。
  「!!」
   バサリという羽音とともに、涼介が隠していた純白の羽が現れた。抗う間もなく背中の
  羽を暴かれたのだ。
   涼介は慌てて羽をしまおうとしたが、自分のものであるのにそれはできなかった。明ら
  かに京一の力だった。
  「何を……!」
  「さっさと車に乗らないからだ」
   涼介の腕を掴んだまま、京一は笑っていた。
  「どうする? 暗くなってきたとはいえ、人目もまだ多いぞ」
  「───……」
   京一の言う通り、診療時間が終了しているとはいえ場所は病院だった。今はたまたま人
  目がないとはいえ、いつ人間がやって来るかわからない。
   天使の涼介にも人間にはない力が使える。けれど神の力は絶対だった。


   涼介を助手席に乗せて、黒のランエボは走り出した。
   背中の羽は未だどうする事もできずに、できるだけ縮めて涼介はランエボのシートに居
  心地悪く座った。走る車の車内とはいえ、いつ誰に羽を見られるかわからない。
   早く日が落ちきって辺りが夜に沈む事を、涼介は心から願った。
   走り出したランエボの車内は重苦しい沈黙が満ちていた。
   赤城山で再会してから三日め。
   あの時も京一自らがやって来るとは思っていなかったが、今日会うとも思ってはいなかっ
  た。
   しばらくそのまま車を走らせた後、最初に口を開いたのは京一の方だった。
  「帰り支度は進んでるのか?」
  「言ったろう。俺はどこにも行くつもりはない」
   涼介は京一には視線を向けず、前を見据えたまま答えた。
   街は訪れつつある夜に少しずつ明かりを灯し、その印象を昼のものとは変えつつあった。
  「もう天国には帰らない。このままずっと地上にいる」
  「地上───? あの人間の所に、だろう」
   嘲笑うように京一は言った。
  「そんな事がかなうと思っているのか」
   京一も涼介を見ず、前を見ながら言葉を続けた。
  「人間と俺やお前では、寿命が違う。老いる事もない。例えこの先一緒にいたとしても、
  待っているのは別れだけだ」
  「…………」
   京一の言葉には揺るぎがなかった。心なしかランエボの速度も上がったようだ。
   人間の寿命はどんなに長くてもせいぜい百年───。
   天上に生きる者とは違い、その寿命はあまりにも短すぎた。啓介に話した事はなかった
  が、それは涼介も充分承知していた。
   ランエボの車内を再び沈黙が訪れた。
   夜の街をしばらく走り続けた後───涼介が口を開いた。
  「……だったら、俺は人間になる」
   啓介の傍にいるのがあたりまえな人間の女性に。
  「無理だな」
   涼介の言葉を京一は頭から否定した。しかし涼介は食い下がった。
  「お前の力ならできるだろう」
   涼介はそこで初めて京一を見た。
   全知全能。神である京一なら、天使を人間にするのもたやすい筈だった。
  「……そうだな。確かに俺ならお前を人間にする事ができる」
   京一は一瞬だけ涼介を見たが、すぐに視線を元に戻した。
  「だが、俺がそんな事をすると思うのか」
  「…………」
   答えは冷たいものだった。
   涼介も京一がとてもそんな事を承知するとは思ってはいなかったが、その言葉に改めて
  それが不可能だという事を知った。
   重苦しい沈黙が、三たび訪れた───。

  


ううう、苦しい〜(><)
何が苦しいって、この二人の力関係です。
涼介さまと京一の力関係は、私は絶対に「涼介さま>京一」だと思ってるんですが、天使と神様だと「天使<神様」になっちゃいますから。
かといって京一を天使にするのは、私の美意識が邪魔をする……。辛いところ、です。

ちなみにこの話では啓介に優しい涼介さまも、京一の前だとどうしても性格が素に戻っちゃうとゆーか(^^;)
タイトルは「天使とデート」ですが、いっそ「天使とバトル」にした方がよかったかな?(^^;)


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