DATE with an ANGEL・2




   啓介はいつもよりも早い時間から赤城山へとやって来ていた。
   とはいえ既に日は落ち、空には星が輝いている。まだ季節は秋だというのに、山は冬を
  思わせるような寒さだった。はく息は真っ白だ。
  「うー……さっみーなあ」
  「あ、俺なんか飲み物買ってきます。何がいいっすか?」
  「悪ィな。俺、コーヒー」
  「わかりました」
   啓介の返事を聞くと、慌てて走り出したのはケンタだった。
   今日、啓介は昼間からケンタにつきあっていた。ケンタが愛車S14のセッティングを変
  えるのに、啓介に教えてほしいというのだ。
   けれど啓介はFDのセッティングもあまり考え込む事はない。思いついたセッティング
  を試してみて、気に入らなければまた変える───ただその繰り返しだった。
   その根拠となるのはただの勘で、計算も論理も何もない。どうしたら速く気持ち良く走
  れるか───それだけだった。
   けれど啓介のシンパであるケンタがどうしてもと言い張るので、仕方なくつきあってやっ
  たのだ。
   そして二人してあーでもないこーでもないと悪戦苦闘した結果、仕上げた車のセッティ
  ングを早速試しに、いつもの赤城へとやって来たのだ。
   しかし着いてまず二人は森林公園入り口の駐車場で休憩をとっていた。いつもなら真っ
  直ぐ頂上を目指すのだが、中途半端な時間に来てしまったため、もう少しだけ時間をおい
  て一般車が少しでもいなくなるのを待つつもりだった。
   そこへコーヒーを買ってきたケンタが戻ってきた。
  「はい、啓介さん」
  「お、サンキュー」
   FDとS14を並べて停めて、二人はそれぞれ缶コーヒーでわずかな暖をとった。
  「早く走りたいですね」
  「どんな調子に仕上がっただろうな」
  「啓介さんが決めてくれたんだから、バッチリっすよ!」
  「バーカ。俺だってわかんねーよ」
   たわいもない話題で啓介たちはしばし話しをしていた。
   すると山頂の方から一つのエンジン音が聞こえてきた。その音は峠に響き、啓介たちの
  いる下の方へと近づいてきていた。
   段々と大きくなるエンジン音。パンパンとやかましいバックファイア───。
   その音に、啓介は聞き覚えがあった。
  「あれは……」
   視線を向けたコーナー。程なくしてそこへ一台の車が現れた。
   黒のランエボ。それは啓介の予想した通りの車だった。
   猛スピードで下ってきたランエボは、走り去ると思いきや、啓介たちのいる駐車場にタ
  イヤを激しく軋ませて急停車した。
   ランエボはエンジンを止めないまま、啓介の様子を伺うように停車し続けた。それを見
  ていた啓介は、自分の顔つきが険しいものに変わっていくのがわかった。
  「あの野郎───」
  「け、啓介さん?」
   訳がわからないケンタを一人置いて、啓介はランエボの前へと進み出た。
   ヘッドライトの光が眩しく、ランエボの車内の様子はまったくわからない。啓介は目を
  眇めたが、そうするうちに唐突にヘッドライトが消えた。
   隔てるもののなくなったランエボの車内を見る。運転席と助手席にそれぞれ誰かが座っ
  ているのが朧げだが見てとれた。
   運転席側のドアが開くと、案の定降りてきたのはあの京一という男だった。
   反対側のドアはなかなか開かなかった。京一は動かずに、腕組みをしたまま何がおかし
  いのか笑っていた。
   しばらくしてようやく助手席側のドアが開いた。
   しかし降りてきた者を見て啓介は絶句した。
  「りょ……!!」
   ランエボから降りてきたのは涼介だった。その背中にはあろうことか白い羽があった。
   涼介はひどく気まずい様子で啓介を見た。啓介は信じられないといった顔で涼介を見て
  いた。
   京一のランエボは涼介を乗せた後、赤城へとやって来た。涼介はそれを止めたのだが、
  ランエボは進路を変えなかった。
   本当ならすぐにでも車を降りたかったのだが、京一の力のせいでまだ羽をしまう事もで
  きなかった。
   しかしその結果がこれだ───。たとえ不都合があろうとも、車に乗るべきではなかっ
  たと涼介は痛いほど後悔していた。
   お互いに見つめ合ったまま、啓介と涼介は動かなかった。京一はその様子を確認すると
  今度は自ら涼介へ近づいた。
   ランエボの前を横切り涼介の隣に立った京一は、手を伸ばすと涼介の背に触れた。
  「これでもう、しまえるだろう」
   京一はすぐにその手を引いたが、かわりに涼介の耳元に顔を寄せて囁いた。
   涼介は身体を京一から一歩離すと、すぐに羽を消した。先程とは違い、今度はすんなり
  と自分の思い通りに消す事ができた。
   しかし啓介の目には、理由を知らなかったためもあるが、京一が涼介の肩を抱いたよう
  に見えた。
   途端に頭がカッと熱くなった。
   足早に走り出すと、啓介は涼介と京一の間に割って入り、京一を睨み付けた。
  「何やってんだよ、お前!!」
   熱くなる啓介とは正反対に、京一は落ちついた様子だった。その顔には常に笑みがあっ
  た。
  「ご挨拶だな。お前の代わりに迎えに行ってやったんだぞ」
  「何でそんな事知ってんだよ……!」
   驚いた啓介は涼介を振り返ったが、涼介は慌てて顔を横に振った。
  「俺は、何も言ってない」
  「だったらどうして───」
   涼介と啓介のギクシャクとする様子に、京一は満足した。
   この世界で起こった出来事で京一が知らない事はない。けれどそれを説明してやるつも
  りもなかった。
   京一は啓介など眼中にないように、今は啓介の後ろにいる涼介に声をかけた。
  「じゃあな。四日後に今度こそ迎えに来る」
  「待てよ! 涼介さんは帰らないって言ってんだろ!」
  「お前には関係ない」
   啓介の怒声に、今度は京一も啓介に視線を向けた。
  「俺がそうしようと思えば、今すぐにでもこいつを連れて帰る事ができるんだぞ」
  「神様だからって、そんな事していい訳ねーだろ!」
   京一の常から低い声は、今は更に低くなっていた。険悪な目つきでジロリと啓介を睨ん
  でくる。
   けれど啓介も気押されてはいなかった。
  「四日後でも一ヶ月後でも同じだ。涼介さんは絶対に渡さない」
  「お前の方こそこいつを自分のものだと思い込んでるんじゃないのか」
  「何だとぉ!」
   啓介と京一の間に、見えない火花が散った。お互い一歩も引こうとはしなかった。
  「やめてくれ!」
   いつまでも続きそうな険悪な睨み合いを止めたのは涼介だった。
   その声に啓介と京一が視線を向けると、涼介は怒ったような、そして悲しそうな顔をし
  ていた。
  「涼介さん……」
  「…………」
   凍りついたような沈黙が訪れた。
   それを最初に破ったのは京一だった。クルリと踵を返すと、ランエボの運転席へと向かっ
  た。
  「さっさと覚悟を決めるんだな」
   振り返って涼介の顔をしばし見つめた後───次に啓介を見ながら京一は尊大に言い放っ
  た。
  「お前はこいつの事を何もわかっていない」
  「───!」
   捨て台詞を残すと、京一はランエボに乗り込みそのまま峠を下っていった。
   啓介と涼介はその場に残されたような形となった。
   ランエボのスキール音が遠く消え去った頃、改めて啓介は涼介に振り返った。
  「いったいどういう事なんだよ」
   啓介は高ぶった感情のまま涼介を詰問した。
  「なんであんな奴と一緒に───」
   涼介の両肩を掴んで、そのまま言葉を続けようして───けれど啓介は口を噤んだ。
   涼介はその秀麗な顔をひそめて、沈痛な面持ちをしていた。先程までのどこか怒ったよ
  うな表情はもうどこにもない。そこには啓介を傷つけたというすまなさがあった。
   それを見て、啓介の怒りは行き場をなくしてしまった。
   啓介は別に涼介を攻め立てたい訳ではない。追い詰めたい訳でもない。
   ただ大切に想うだけなのだ。
   それなのに───それ故に傷つけてしまう。
   だから啓介はそれ以上、何も言う事ができなくなってしまった。
   掴んでいた涼介の肩から手を離すと、啓介は視線を逸らした。
  「啓介……」
  「……あんな奴の車になんか、乗るなよな」
   それだけ言うのがやっとだった。
   気まずい事この上ない沈黙と雰囲気───。
   それに立ち会う事になってしまった不運な者が一人いた。
   まったく訳がわからないケンタは、話に加わる事も出来ずに、離れた場所でただ一人オ
  ロオロするばかりだった。

  


ジレンマです。
京一の方が強いって……設定上仕方ないとしても、やっぱ苦しい〜(><)
つくづく自分が兄至上主義なのだと実感します(^^;)


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