DATE with an ANGEL・2




   そして遂に、一方的な約束の日がやって来た。
   啓介は大学も自主休講して、今日は一日涼介と一緒にいるつもりだった。涼介はさすが
  に病院を休む訳にはいかないので、啓介は病院にも押しかけるつもりだった。
   京一がいつ何時やってきても追い返すためだ。
   しかし家を出ようとした啓介と涼介は驚いた。なんと高橋家の庭に、京一が立っていた
  からだ。
  「どうしてここにお前がいるんだよ!」
  「迎えに来ると言っただろう」
   顔をあわせるなり怒りだした啓介に京一は目もくれず、焼け焦げた木ばかりが植わった
  ままの庭を眺めていた。
  「……ひどい庭だな」
  「よけいなお世話だ」
  「上からはそうは見えなかったが、こうして間近に見るとひどいものだ。ここの木々たち
  には済まない事をしたな」
  「……?」
   京一の言葉に啓介は不振なものを感じた。しばらく考え込んで、不意に脳裏に閃くもの
  があった。
  「あの雷、お前の仕業か!」
  「お前が不埒な真似をしようとするからだ」
  「やっぱりそうか……」
   そしてため息とともにつぶやかれた涼介の言葉にも啓介は驚いた。
  「涼介さん、知ってたのかよ!?」
  「知っていた訳じゃないが、天国の誰かしらの仕業だとは思っていた。……あんまり不自
  然すぎたからな」
  「そういう事だ」
   口の端でニヤリと笑う京一は、やっと視線を巡らせて涼介を見た。
  「準備はできたか」
  「そんな準備なんか最初からする気もない」
   涼介の声も態度も冷たかった。
  「このまま帰ってくれ」
  「はいそうですかと、俺が帰ると思うか?」
  「…………」
   京一は涼介本人の気持ちも態度も、歯牙にもかけていないようだった。天使は天国にい
  るべき者なのだと、それ以外の考えはないようだった。
  「しつけーな。帰れったら帰れ!」
   その尊大な考えに啓介は頭に来た。
  「天使が天国にしかいちゃいけねえなんて、結局お前が勝手に決めた事だろ。なんで天使
  だからって理由だけで、そんなもんに縛られなきゃいけねーんだよ。それに神様だか何だ
  か知らねーけど、涼介さん本人の気持ちを無視して勝手な事していいと思ってんのかよ!!」
  「啓介……」
  「…………」
   涼介は驚いて隣に立つ啓介を見た。
   京一は啓介の言葉に、初めて考え込む素振りを見せた。
  「そうだな……。確かにお前らの分が悪すぎるな」
   わずかに考え込んだ後、京一が口にしたのは一つの提案だった。
  「一度だけチャンスをやろう。俺のランエボとそいつのFDでバトルして、そいつが勝っ
  たら言う通りにしてやってもいいぞ」
  「……本当だろうな」
  「啓介……!」
   京一のその言葉を聞いた瞬間、啓介の表情が走り屋のそれに変わった。
   けれど逆に涼介は、それまでも悪かった顔色をさらに無くした。
   しかし涼介には構わず、啓介と京一はバトルを決めた。
   日時は土曜の夜、場所は赤城山で下り一本勝負───。
  「万が一こいつが俺に勝ったら……『涼介』、お前の望みをかなえてやってもいいぞ」
  「京一……」
   これで涼介も諦めがつくだろうと、京一は内心ほくそえんだ。
  「絶対にありえないがな」
  「何だとぉ!?」
  「啓介!」
   気色ばむ啓介を涼介が止めた。京一は余裕の表情で、高橋家の門柱の前に停めてあった
  ランエボに乗り込むと走り去った。
   京一が去るのを待って、涼介は啓介に向き直った。
  「啓介、どういうつもりであんな事───」
  「……だったらどうすればよかったんだよ!」
   啓介は驚いて、そして怒った。涼介を助けようとしたのに、逆に涼介に非難されるとは
  思ってもいなかった。
  「勝手に話決めたけど、俺は涼介さんのこと賞品みたいに思ってる訳じゃねーよ」
  「それは……わかってる」
   けれど涼介の表情は晴れなかった。このバトルに涼介が反対なのは、充分過ぎるほどに
  啓介にも伝わってきた。
  「じゃあ何だよ。俺が負けると思ってんのか」
  「違う。だけど……京一は速い」
   涼介は京一が嫌いだった。けれど先日、ランエボに乗って峠に連れて行かれて、その走
  りを間近で見て目を見張るものがあった。
   啓介が負けるとは思っていない。けれど必ず勝てるとも思えなかった。
   黙り込んでしまう涼介に啓介は触れようとして、けれどやめた。代わりに先ほど聞いて
  いて気になった事を一つ、問いただした。
  「……あいつが言ってた涼介さんの望みって何だよ」
  「……人間に、なりたいんだ」
   この世界にいられる事が当たり前な、啓介の傍にいるのが当然な、人間の女性になりた
  かった。
   それは啓介が初めて知る事だった。
  「そんな事───」
   涼介が人間でなくても構わない。天使のままでいい。そう言おうとして、けれど啓介は
  言うべき言葉を途中でなくしてしまった。
   その不安は、啓介の心の奥底にわずかだが確かにあったものだから───。
  「……とにかく俺は、絶対に負けねーよ」
   涼介の顔を見ないまま、啓介はつぶやいた。けれど俯いたままの涼介からは何の返事も
  ない。
   それが無性に悲しかった。
   半年前、涼介が初めて地上にやって来た当初、啓介は涼介と話をする事ができなかった。
   天使である涼介は、人間の言葉を理解できはしても、「声」自体を持っていなかったか
  らだ。だから啓介は涼介の名前を呼ぶ事もできなかった。
   けれど───と啓介は思った。
   話もできなかったあの頃の方が、よほど気持ちが通じていたような気がした。

  



「人間の女性になりたい」という希望について。
やっぱり啓介が男性なんだから、そう考えるのが自然だと思うんです。
この話の涼介さまは性別ないし。
逆に、男になりたいと思う方が不自然だよなと思いまして。

もちろん、パラレルじゃない普段の話では、涼介さまはしっかり男性なので。
どうぞどうぞご容赦ください(^^;)


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