DATE with an ANGEL・2




   史浩の車に乗って二人が向かったのは、高崎市内のとある居酒屋だった。
   店内はカップルや男女のグループが多く、男の二人連れというのはかなり虚しかったが、
  構わず向かい合って席に座った。
   しかし史浩は何も啓介に問いただしも、説教くさい事も言わなかった。
   ケンタも誘ったが用事があるからと断られたとか(実は最近の啓介の様子に怯えて逃げ
  られたのだが)、大学の事とか、当たり障りのない話ばかり続けた。
   啓介は口数少なく、ただ杯を重ねていった。
   そして店に入って一時間ほどが過ぎた頃───酔いが回ってきたのか、啓介は自分から
  避けていた話題を口にした。
  「なんか俺、くやしいな……」
  「何が?」
  「だって俺、涼介さんの事なんにもわかってねーからさ……」
   少しこぼした弱音は、酔いもあってか止まらなかった。
   それに本当は誰かに話したかったのかもしれない。聞いてもらいたかったのかもしれな
  かった。
  「涼介さん、人間になりたいんだって。俺、そんな事全然知らなかったけど、あの京一っ
  て奴は……知ってたんだ」
   啓介は更に酒をあおった。
  「俺はまだ、半年ぐらいしか一緒にいないけどさ……。だから涼介さん、俺には何にも話
  してくれなかったのかな」
   考えてみれば、啓介は地上に来てからの涼介しか知らない。
   それに比べて京一は、きっとずっと涼介と一緒にいたのだ。
   涼介の望みなんて───人間になりたがっていたなんて、啓介は全然知らなかった。気
  づいてもやれなかった。
   普段の啓介は飲めば明るく騒ぐタイプだ。けれど今日の啓介は飲めば飲むほど落ち込ん
  でいく。その様子を見かねて、史浩はようやく助け船を出した。
  「お前だから、話せなかったんだろ」
  「俺はそんなに頼りねえのかよ」
  「絡むなよ」
   ムッとする啓介に、史浩はやれやれと思いながら続けた。
  「そうじゃなくてだな……じゃあこの際だから言っちまうけど」
   酒で喉を湿らせて、史浩はそれを告げた。
  「お前最近、あいつの羽を見るの嫌だったろ」
  「!」
   史浩の言葉に、啓介は飲んでいた酒を吹き出しそうになった。
   何とかそれはこらえたが、わずかに酒が気管の方に入ってしまって、ゴホゴホと激しく
  咳き込んだ。
   ようやく咳は治まったが、顔を上げた啓介は涙目になっていた。
  「な……何で」
  「何となくな。見てりゃわかる」
   史浩は顔色も変えず、平然と飲み続けた。
   啓介の家に遊びに行った折、事情を知っている啓介と史浩しかいないにも関わらず、い
  つも涼介は羽を隠していた。
   堅苦しいんじゃないのかと史浩が促しても、涼介は困ったように微笑むだけだった。そ
  んな時、啓介はいつも不自然に話題を変えるのだ。
  「涼介も多分、気がついているんじゃないか」
  「……マジで!?」
  「マジ」
   先ほどから驚いてばかりだったが、今度こそ啓介は心底驚いた。
   啓介は涼介の白い羽が大好きだった。純白の柔らかなそれは、涼介にとてもよく似合っ
  ていた。
   けれどいつの頃からか、それを目にするのが苦しくなった。
   いつか天国に帰ってしまうのではないかと……。
   そんな事はないと何度も自分に言い聞かせてはいたけれど、何度否定してもその不安は
  啓介の心から完全に消え去る事はなかった。
   でもそれを、史浩はもちろん涼介にも気づかれていたとは夢にも思っていなかった。
   黙り込んでしまった啓介を、史浩は見つめた。
   こういった事は第三者から見た方が、案外本当の事が見える時もあるんだなあと史浩は
  内心つぶやいた。
  「……バカだなあ、お前」
  「どうせバカだよ」
   そういう意味じゃなくてと、史浩は続けた。
  「あのな、あいつは帰ろうと思えばいつでも帰れたんだぞ」
  「……!」
   羽を怪我している訳でもない。帰る気になれば、いつだって帰れたのだ。
   でも涼介は帰らなかったではないか。
   史浩に言われて、啓介は初めてその事実に気づいた。
   そういえばいつの頃からか、涼介は羽を出す事をしなくなっていた。外ではもちろん、
  啓介と二人だけの家の中でさえもだ。
   啓介の不安な気持ちを察して、涼介は羽を隠していたのではないか。
  「それに人間になりたいだなんて、理由はお前しかないじゃないか」
  「……そうか」
  「そうだろ」
   史浩の言葉に、啓介はようやく素直に頷いた。
  「……うん───」
   胸の奥にあった暗い物思い。啓介がどれだけ奮い立とうとも力を奪っていったそれは、
  史浩のお蔭でようやく消え去った。
   啓介は感謝の気持ちで、目の前に座る友人を見た。
  「サンキューな、史浩……」
  「あれ、お前───」
   その時、店の奥から帰ろうとした一団が、啓介と史浩のテーブルの脇で足を止めた。
   ジロジロと無遠慮な目つきで啓介を見つめると、何事かをひそひそと囁きあっている。
  はっきり言って感じ悪かった。
  「啓介、知り合いか?」
  「全然知らねえ」
   史浩も啓介に聞いてきたが、啓介には何の面識もない奴らだった。
  「おい、お前」
   啓介に話しかけてきたのは、長く伸ばした黒髪を後頭部で一纏めに縛っている男だった。
   がっしりとした身体は胸板が厚く筋肉質で、腕も太い。顔は強面で、はっきり言って色
  男というには程遠かった。
   後ろにいる奴らも、似たタイプばかりだった。
   何だかあの京一って奴に似ているなと、啓介は眉を寄せた。
   長髪の男は、史浩ではなく啓介に話しかけてきた。
  「お前、土曜に赤城でバトルする人間だろ。こんな所で酒飲んで、随分余裕あるじゃねー
  か」
  「何だよ、お前。あいつの知り合いか?」
  「俺か?」
   啓介が睨み付けると、ニヤリとした笑いが返ってきた。
  「知り合いっていうか……そうだな。俺はお前の所にいる奴の同僚だ」
   啓介と史浩はその言葉を咄嗟には理解できなかった。
   啓介の所にいるのは───涼介しかいない。けれど、という事は……。
  「……て、お前も天使か!?」
  「嘘だろ!」
   あまりの驚きに、啓介も史浩も大声を上げて立ち上がった。
   しかし居酒屋の店内は騒がしく、その声は他の客たちの賑わいに紛れ込んだ。
  「この間、ランエボで赤城に行った。俺たちは車からは降りなかったがな。お前の話も聞
  いてるぜ───無謀な人間だってな」
   どう見ても目の前の奴は男に見える───が、天使というなら男ではないのだろう。
   目の前の長髪の天使は、呆然とする啓介たちには構わず、饒舌に喋りつづけた。
   しかし啓介には、目の前の天使の言葉はまったく耳に入らなかった。
   ここにいる天使たちは、あまりにも涼介とは違い過ぎる。いや、もしかしたら涼介の方
  が天国では稀なタイプなのかもしれない。
   そこまで考えて、唐突に啓介は笑いだした。
  「お……おい、啓介?」
   突然の出来事に店中の視線が集まった。何より史浩は、目の前の天使たちの反応が怖かっ
  た。天使たちは最初はあっけにとられていたが、段々と眉を寄せていった。
   理由はわからないまでも、自分たちが笑われているらしいと気づいたからだ。
   けれど啓介の爆笑は止まらなかった。肩を震わせて、テーブルにうつ伏せて笑い続けた。
   京一が涼介にこだわる理由が、少しだけわかった気がしたからだ。
   こんなごつい天使ばかりいる天国など、さぞかしむさ苦しい事だろう。
   京一の真意はそれだけではないかも知れないが、もう啓介にはどうでもよかった。
   大切なのは啓介自身の気持ちと───そして涼介の気持ちのはずだ。
  「何だよ、こいつは───」
  「おい清次、いいからこんな奴放っとこうぜ。あんまり遅くなるとまずいだろ」
   他の天使たちから清次と呼ばれた天使は、さすがに腹が立ってきたのか啓介に掴みかか
  ろうとした。
   しかし他の天使たちに止められて、渋々ながら怒りをおさめた。
  「あんまり俺たちをなめてんじゃねーぞ。首洗って土曜日を待ってるんだな」
   捨て台詞を残して、天使たちは店を後にした。
   しかし強面の天使の一団が去っても、啓介の笑いはまだ止まらなかった。完璧にツボに
  はまってしまっていた。
   史浩はやれやれとため息をついたが、元気を取り戻した啓介の様子に安堵もしていた。


   しばらく史浩と飲んだ後、ケンタに迎えに来させて啓介は帰宅した。
   そのままケンタの車は史浩を送り届けるために走り去った。それを見送りながら、啓介
  は外から家の二階を見た。
   涼介の部屋の明かりはまだ灯っていた。
   日付こそまだ変わっていなかったが、もう深夜といわれる時間だった。もしかして待っ
  ていてくれるのかなとも思う。
   家に入ると、啓介はまっすぐ涼介の部屋へ向かった。
   コンコンとドアをノックすると、すぐに涼介の返事があった。
   啓介が部屋に入ると、涼介は向かっていた机から顔を上げた。
  「……ただいま」
  「おかえり。……どうしたんだ? FDを置いていったい───」
   涼介が問いかけてきたが、構わず啓介は椅子に座ったままだった涼介を背中から抱きし
  めた。久しぶりに感じる涼介の温もりだった。
   涼介の抵抗はない。けれどいささか唐突な抱擁に驚いたようであった。
  「……啓介?」
  「…………」
  「酔ってるのか?」
   啓介は無言で涼介を抱きしめていたが、しばらくして少し身体を離すと、涼介の顔を覗
  き込んだ。そして思う。
   半年前、啓介の元に来てくれたのが涼介で、本当によかったと思う。
   それに涼介でなければ───涼介だから啓介はこんなに好きになったのだ。
  「どうかしたのか……?」
  「俺、土曜日のバトル、絶対勝つよ」
   涼介の疑問には答えなかったが、啓介は自分の決意を改めて口にした。
   自分のために、そして涼介のために絶対に勝つのだ。
   酔ってはいたが、啓介の目は本気だった。
  「だからFDをあのセッティングにするの、手伝ってくれ」
  「……ああ」
   涼介の返事に、啓介は笑顔を見せてまた涼介を抱きしめた。
   温かい啓介の抱擁に、啓介の腕の中で涼介も微笑んで目を閉じた。

  



今回出てきた天使たちはもちろん、清次を始めとするエンペラー軍団です。
この辺でちょっと、プロローグを読み直してもらえると、少し笑えるんじゃないかと……(^^;)
自分で書いといてなんですが、むさ苦しい天国だなあ。


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