B meets B
14
涼介は燃えていた。 静かに、しかし朝から燃えていた。 何に燃えているかというと───料理だった。 今日こそ啓介の役に立とうと思っていた。 夏休みに入ってから毎日三食、啓介に食事を作ってもらって いた。 啓介の料理は美味しいし作ってもらうのは嬉しかったが、 毎日毎食ともなるとさすがの啓介も大変そうだった。 だからせめて一食だけでも涼介が代わりに食事を作って、 啓介の負担を減らせればと思ったのだ。 以前、おにぎり作りに失敗してから、何故だか啓介は涼介 に料理をさせてくれようとしなかった。 しかし今日、ちょうど啓介は出かけていた。夕食の時間ま でにはまだ四時間以上ある。これ以上ないいい機会だった。 そんな訳で涼介は、キッチンで料理の本をめくっていた。 何を作ろうか決めようとしていたのだが───。 「……トルティーヤ……。ダメだ、にんにくがない。……ふ ろふき大根……。……落とし蓋ってどんな蓋だ……?」 良さそうなメニューがあっても、材料が足りなかったり調 理法が分からなかったりして、何を作ろうかなかなか決まら なかった。 もっと簡単で、もっと確実に美味しく作れるものはないだ ろうか。 世間一般的にはおにぎりも充分簡単に作れるものだろうが、 涼介は世間一般とはレベルが違っていた。 ついに涼介は中学校の生活科の教科書を引っ張りだしてき た。その中には調理実習用に、何種類かのレシピがのってい た。 パラパラとめくり───その中のあるページに涼介の目は とまった。 「……これだ」 「ただいま」 夕方、啓介は帰宅した。玄関から二階に直行したが、そこ に人の気配はなかった。 「あれ……?」 母親と義父は二人とも仕事だが、でも涼介がいるはずなの だが───。 何も聞いてはいないが、もしかして出かけたのだろうか。 夕食までには帰ってくるだろうけど───と考えて、啓介 は夕食の支度をしなければいけない事を思い出し、思わずた め息をついた。 料理は嫌いではないが、こう毎日毎日作らなければいけな いとなると、レパートリーも尽きてしまった。 世の中の専業主婦は偉いなあと、最近しみじみと思う啓介 であった。 とりあえず今日も何か作るかと、啓介は一階にあるキッチ ンへと降りていった。 そしてキッチンの扉を開けようとして、啓介は気づいた。 扉の向こうから人の気配がした。 ……まさか、泥棒? それならともかく、万が一にも涼介がいるのではないとい いのだが。 恐る恐る扉を開く、と───そこには恐れていた通りに、 涼介の姿があった。 「……涼介さん?」 「ああ、お帰り啓介」 声をかけると涼介が、にこやかに振り向いてくれた。 涼介はガス台の前に立ち、そのガス台には小鍋が一つ火に かけられていた。 「……何してんです?」 「ああ、夕食を作ったんだ」 「ええっ!」 驚いた啓介は涼介の元にかけよった。 「大丈夫!?」 咄嗟に涼介の両手を手にして目の前まで持ち上げたが、幸 いにも涼介の指には一つの傷もなく、指も10本とも無事だっ た。 「啓介……?」 いぶかしむ涼介に、慌てて啓介は手を離した。 「な、何でもない。それよりそんな事しなくていいのに。食 事は俺が作るから」 「もう作ったよ」 「え?」 「もう作った」 慌てる啓介に、涼介は静かに答えた。 言われて啓介はキッチンを見回したが、テーブルの上もま な板の上も綺麗だった。もっと目茶苦茶になっているかと思っ ていたのに、意外だった。 インスタントラーメンでも作ったのかなと思ったが、ふとあるも のに啓介の視線は釘付けになった。 それは流し台の三角コーナーだった。 生ゴミを入れるそれが、生ゴミ自体にこんもりと埋まっていた。 「…………なに作ったの?」 恐る恐る啓介は問うた。 「味噌汁」 啓介とは正反対に、涼介の声はあくまで平然としていた。 「……涼介さんが味噌汁作ったの?」 「ああ」 言われてみれば確かに、小鍋からは味噌汁らしい香りが漂っ ていた。 「何でまたいきなり」 「啓介に食べてもらいたかったんだ」 「え……」 思いがけない嬉しい言葉に、啓介の胸は高鳴った。 「涼介さん……」 「だって啓介には毎日ご飯作ってもらってるし」 「そんなの気にしなくていいのに」 そう思ってくれる気持ちだけで充分だった。 「口にあうか分からないけど……食べてくれるか?」 「そりゃもちろん」 「よかった……!」 啓介の言葉に涼介も微笑んだ。 笑ってもらえると、啓介もますます嬉しい気持ちになった。 「ほら、これなんだけど───」 「…………!!」 しかしそんな幸せな気持ちも、涼介が鍋の蓋を開けた途端、 吹き飛んだ。 テーブルにつき、味噌汁のお碗を前にし───しかし啓介 は固まってしまっていた。 涼介が作った味噌汁だが、まず具が凄まじかった。 まず目につくのはジャガイモ、ニンジン、ゴボウ───と いった根菜類。けんちん汁かと思って箸をつけてみたが、他 にもほうれん草やワカメ、エノキダケにナス、キャベツに豚 肉、などなど……。探せば探すほど、新しい具が見つかった。 極めつけにはウィンナーやゴーヤ、そして納豆まで入って ていた。 それらがすべてが、これでもかというほどグツグツと煮込まれ ていた。 「こ……こりゃまた、たっぷり入って……」 「冷蔵庫に入ってるので、美味しそうなの全部入れてみたん だ」 「全部?」 「ああ。啓介に食べさせたくて」 その気持ちは涙が出るほど嬉しいのだけれど、いったい何 種類の具が入っているんだか。 しかし聞いてもきっと涼介も把握してはいないだろう。 そう思い、まず味噌汁の汁を一口、口に含んだ。 しかし───。 「───!!」 危うく啓介は味噌汁を吹き出しかけた。 涼介の作った味噌汁は、一言では言えない妙な───様々 な味がした。雑多とういか、まとまりがないというか……。 しかし肝心の味が欠けていた。 もちろん味噌の味はする。しかしだしの味がまったくしないの だ。 はっきり言って、だしの味がしないのはキツかった。 具がアサリやシジミならまだそこからだしも出ただろうが、 ゴボウやニンジンではそれも出ようがない。 しかし果たして味噌汁のだしを忘れるものなのだろうか。 「…………涼介さん」 「ん?」 「どーやって作ったの、これ?」 「どうやってって───」 啓介の質問に、涼介は少し不思議そうな顔をしたが素直に 答えてくれた。 「ジャガイモ切って、ニンジン切って、ゴボウ切って、……とに かくいろいろ切って……。それから鍋でお湯沸かしてそれをみ んな煮込んで、そして味噌入れて……」 「……だしは?」 「だし?」 「煮干しとか鰹節とかだしの素とか、お湯を沸かす時に入れ なかったの?」 「必要なのか?」 思わず啓介はテーブルに突っ伏してしまった。 その様子に、涼介の表情が少し曇った。 「だって、だし入り味噌ってあったから、その味噌使えばだ しはいらないんじゃないのか?」 「そ、そっか……」 言われてみれば確かに、キッチンにある味噌のパッケージ にはだし入りとあった。 でもだし入りといったからってだしの味がする訳ではない のだ。 そういえばだし入り味噌が発売され始めた当時、啓介も同 じような失敗をした事があった。 昔を思い出し、啓介は苦笑してしまった。 そんな啓介の様子をどうとったのか、涼介は表情を曇らせ た。 「……口にあわないか?」 「大丈夫! だしさえ入れれば美味しく食べられるようにな るって!」 沈んだ様子の涼介に、啓介は慌てて言い募った。別に涼介 を咎めたい訳でもなんでもないのだ。 「本当に?」 「本当だって!」 「……じゃあ、これ───」 そう言って涼介が差し出したのは、さっきガス台の上にのっ ていた小鍋と───もう一つ、直径30センチ高さが15セ ンチはある大鍋が差し出された。 まさか、と思いつつ恐る恐る大鍋の蓋を開ければ、その中 身も小鍋とまったく同じ味噌汁だった。 「──────これ……?」 何でまたこんなに大量に。 涼介が言うには最初は小鍋で作りはじめたのだが、具を入 れるうちに納まりきらなくなって、仕方なく一部を大鍋に移 したのだそうだ。 しかし、これが一部といえる程度のかわいい量だろうか。 おまけに季節は夏だ。火を通して冷蔵庫に入れておくとし ても、何日もつのか。 「啓介?」 「だ、大丈夫だって! 俺が全部食べるから!!」 内心の不安を押し隠し、啓介は敢えて明るく言った。 味噌汁は親たちにはもちろん不評だった。 これでもか! というくらいにだしの素をたっぷりと入れ たのだが、それでも味はまとまらなかった。 作った涼介自身もあまり箸が進まなかったほどだ。 それでも啓介は約束通り一日三食それを食べて、二日間で 間食した。 なんといってもあの涼介が啓介のためにと作ってくれたもの であったから、捨てるなんて事はとてもじゃないができなかっ た。胃腸が丈夫でよかったとしみじみ思った啓介だった。 ちなみに涼介が作ったのは味噌汁だけであったので、結局 おかず等は啓介が作る羽目となった。 啓介の負担が減ったかどうか───それは敢えて追求しな い。 |
今回は書き下ろしです。
久しぶりに「涼介さん」と呼ぶ啓介を書きましたが、なんか新鮮でした。
前に原稿してた時は最初こそ違和感を感じてましたが、何話も書くうちに
麻痺してきて普通に書いてたのですが(^^;)
そして涼介さまのこの性格も、久しぶりでした……(^^;)
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