B meets B
18





  秋晴れの空が広がる日曜日───。
  休日である筈の中学校はやけに賑わっていた。
  今日、啓介の通う中学校では毎年恒例の文化祭が開催され
 ていた。
  文化祭は土日の二日間開かれる。土曜日は生徒たちだけで、
 そして日曜日には外部へも開放される。もっともやって来る
 のは生徒の家族や卒業生といった、学校に縁のある者ばかり
 だった。
  そして次の月曜日が振り替え休日になるのだ。
  そんな賑わう校内で、啓介は落ちつかない様子で昇降口に
 いた。
 「なんだ高橋、こんな所にいたのかよ」
 「おう」
  啓介の姿を見つけて声をかけてきたのは、悪友ともいうべ
 き一人の友人だった。
 「何やってんだ?」
 「待ってんだよ」
 「誰を?」
 「……涼介さん」
  友人の質問に、啓介は躊躇いがちに答えた。
 「涼介さん……って、ああ。お前の義理の兄さんか」
  通り過ぎるかと思った友人は、そのまま啓介の所で足を止
 めた。
 「今日、来るのか?」
 「文化祭だって言ったら、どうしても見に来たいって」
 「物好きだな」
 「中学校の文化祭なんかおもしろくないって言ったんだけど、
 どうしても見てみたいんだってさ」
  言いながら啓介は昨日の夜を思い出す。
  普段あまり物事に固執する事のない涼介なのに、やたらと
 来たがっていた様子が不思議だった。
 「ふーん。ま、いいや。俺も待ってていい?」
 「えぇ?」
 「だって暇だし。お前が色っぽいって言ってた人、見てみた
 いしよ」
 「余計な事、覚えてるな……」
  そういえばこの友人の前で、啓介はぼやいた事があったの
 を思い出した。
 「名字も同じだったし、名前も一字違いだっけ?」
 「ああ」
 「なんかホントの兄弟みたいだな」
 「…………」
  友人の言葉にふと啓介は考えた。
  本当の兄弟ならだったら、こんな風に涼介を好きになった
 りしなかっただろうか。
  それはどう考えてもわからない───答えの出ない問いだっ
 た。


  しばらく昇降口で待っていたが、やって来るのは見知らぬ
 他人ばかりで、涼介の姿は一向に現れなかった。
 「来ねえなあ……」
 「うん」
 「何やってんだよ、お前の義兄さんは」
  日曜の今日、高校が休みの涼介は、啓介が家を出る時はま
 だ眠っていた。
  でもここには一緒に史浩も来る約束で、だからきちんと起
 きてくる筈だった。
  待ちくたびれた啓介たちは、ついに正門前まで行ってみた。
  けれどたくさんの来訪者で賑わうその場所に、涼介の姿は
 なかった。
  しばらくそこで待ち続けたが、やはり待ち人の姿は現れな
 かった。
 「やっぱ昇降口で待ってよーぜ」
 「ああ……」
  友人が踵を返し歩き出す。啓介もそれに続こうとした時───。
 「……あ、来た!」
 「え、どこだ?」
 「ほら、あの人───」
  史浩と一緒に涼介がやって来た。ちょうど正門を通った所
 で、啓介は涼介を指さした。
  その先に視線を向けた友人は……眉をしかめた。
 「……なんか、ずいぶん老けてるな」
 「へ?」
 「ホントに高校生かよ。どっかのオヤジじゃねーの」
 「……お前、誰見てんだよ」
 「え、だってあの人だろ?」
  友人が指さしたのは、涼介の隣に居る史浩だった。
 「違う! その隣だよ」
 「えー?」
  こそこそと話し合う啓介たちの前に、待っていたその人は
 歩み寄ってきた。
 「啓介」
 「涼介さん」
 「遅くなってごめんな」
 「悪い、啓介。出掛けに直が騒いで、遅くなっちまった」
 「史浩」
  二人と挨拶を交わし、啓介は隣の友人を二人に紹介した。
 「あ、こいつ俺の友達」
 「こんにちは」
 「───」
  涼介が挨拶をしたが、けれど友人の反応はなかった。
 「?」
  不思議に思った啓介が隣を伺うと、友人は目の前で微笑む
 涼介を惚けたようにただ見つめていた。
 「おい!」
  啓介は慌てて肘で友人の腕をつついた。
  そうして友人がつぶやいたのは、正直すぎる感想だった。
 「……高橋の兄さん、美人……」
 「え?」
  涼介に聞き返されて、さすがに友人も我に返った。
  慌てた友人は啓介に、大声で頓珍漢な事を言い放った。
 「高橋、似てねーなあ!」
 「……当たり前だろ!」
  照れ隠しからか騒ぎ立てる友人の頭を、啓介は殴りつけて
 やった。


  やってきた涼介は、まず啓介の教室を見たがった。
  けれど啓介のクラスはつまらない展示しかしていない。
  生徒は交代で受付に立っているだけ。だからこそ啓介もこ
 うしてブラブラとしていられるのだ。
  けれどそう言っても、涼介の希望は変わらなかった。
  仕方なく啓介は、自分の教室に涼介と史浩を案内した。
 「……ここが、啓介の教室か」
  教室の前に立った時、涼介は瞳を輝かせた。
  そして受付を通ると、片づけてある机や椅子、そして黒板
 に見入り、それから壁にベタベタと張ってある展示物に目を
 やった。
  啓介のクラスの展示物は、この土地の地質を調べたものだっ
 た。
  でも本に載っている事を大判の紙に書き写して張り出した
 だけの、本当に大した事のないものだった。
 「こんなの全然おもしろくないのに……」
 「いいじゃないか、涼介が見たいんだから」
 「そりゃそーだけど」
  涼介と一緒についてきた史浩に、思わず啓介はこぼしてし
 まった。
 「それに涼介が見たいのは、お前の学校なんだから」
  ぼやく啓介に、史浩は笑って穏やかに答えた。
 「え」
 「だからわざわざ来たんだろうが」
 「……マジ?」
 「他に理由があるか?」
 それは確かに史浩の言う通りで───けれど思いがけない
 理由に、驚くしかない啓介だった。


  それから啓介の案内で、涼介と史浩は校内のあちこちを見
 てまわった。
  しかし三人の後にはぞろぞろと、人だかりがついてまわっ
 ていた。
  啓介の義兄が来ているという噂を聞きつけた者たちと、そ
 して涼介の姿に見惚れてついてくる赤の他人たち───。
 「何なんだよ、一体……」
  異様な雰囲気に啓介は何度も背後を振り返ったが、史浩は
 その肩を慰めるように叩いた。
 「気にするな、啓介」
 「……史浩は落ちついてんのな」
 「そりゃあいつとは長い付き合いだ。こんな事はしょっちゅ
 うだぞ」
  史浩の言葉に、そういえば───と啓介は思い返した。
  実は初めて会ったレストランでも、映画に行こうとした時
 も、涼介はやたらと周囲の視線を集めていた。
  本人はまったく気づいていないようだが、街を歩けばすれ
 違う人が振り返る。駅で迷った時も、駅員の方から声をかけ
 てきたそうだ。
  そりゃあこんな印象的な美形が困った様子でいたら、声を
 かけない奴はいないだろう。
 「気持ちはわかるけどよ……」
  啓介は疲れたようにつぶやいた。
  涼介はそんな周囲にはまったく気づく風もなく、啓介の普
 段通っている学校を、嬉しそうに見てまわっていた。


  「たーかはしっ!」
 「……んだよ」
  火曜日、校内は文化祭の片付けで慌ただしかった。
  そんな中で啓介は、あちこちで友人はもちろん、顔見知り
 程度の知り合いにまで声をかけられていた。
  いま啓介を呼び止めたのは、去年同じクラスだった奴だっ
 た。
 「なあなあ。今度、お前んちに遊びに行っていいか」
 「ダメ」
 「えー、何でだよ?」
  キッパリ断る啓介に、それでもそいつは食い下がってきた。
 「つーか、お前は何で来たいんだよ?」
 「噂のお前の義兄さん見たくって。俺、日曜に見逃しちゃってさ
 あ───」
 「来るな!!」
 「えー、何でダメなんだよ」
  何をどう言われようと断り続ける啓介の背中に、今度はク
 クラスメートの女子が声をかけてきた。
 「ねえ、高橋ぃ。今度さあ───」
 「来んなって言ったら来るんじゃねー!!」
 「……何でわかったの?」
  まだ用件言ってないのにと、クラスメートは驚いた顔をし
 た。
  文化祭が終わった後、友人たちはやたらと啓介の家に遊び
 に来たがるようになった。もちろんお目当ては涼介だ。
  しかし啓介は断固としてそれを断り続けた───。


 
  


今時の文化祭は一日開催かもしれません……。
私が学生の頃は二日間だったのよーっ!(^^;)





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