B meets B
19





 「えー、もう帰らなきゃいけないの?」
 「ごめんな、緒美」
  平日だというのにやって来て、ちゃっかりと夕食までごち
 そうになった緒美は、家まで送るという涼介に不満をもらした。
  けれどこの後、涼介は啓介に勉強を教える約束だった。だ
 から緒美を隣町の家まで送っていくというのだ。
  両親は今日出かけていた。父はいつものごとく病院に、義
 母はめずらしく残業で、まだ帰ってきていなかった。
 「ほら、さっさと支度しろよ」
 「え、まさか啓兄も来るの!?」
 「当たり前だろーが」
  涼介と二人きりになりたい緒美は、唇を尖らせた。
 「いいよ、啓兄は来なくても」
 「お前を送るんじゃねーよ。涼介さん一人じゃ危ないかもし
 れないだろ」
 「それはそうだけど……」
 「……そうか?」
  頷く緒美とは逆に涼介は首を捻った。しかし啓介は絶対に
 ついていくつもりだった。
  このご時世、何が起こるかわからない。涼介が緒美を心配
 なように、啓介も涼介が心配だった。
 「でも緒美、つまんないよ……」
  週三回の家庭教師。その勉強日には遊びに来ても、すぐに
 帰るしかなかった。だったら空いている日に来ればいいのだ
 けれど、緒美の方も用事があったりしてうまくかみあわなかっ
 た。だからといって土日まで待つなんて、とてもじゃないが
 我慢できなかったのだ。
 「それとも緒美も一緒に勉強するか?」
 「ダメ!!」
  寂しそうないとこに対しての涼介の精一杯の思いやりを、
 しかし啓介が拒否した。
 「え……、ダメなのか?」
 「うん、ダメ! そんなの俺の気が散る」
  頑固に言い張る啓介に、緒美も気分を害したようだった。
 「涼兄、啓兄に勉強教えて効果あるの?」
 「おい!」
 「大丈夫。こう見えても啓介は呑み込みが早いんだ」
  緒美の言葉に涼介はにこやかに答えた。
 「な、啓介」
 「う、うん……」
  微笑む涼介に啓介は頷いたが、何だか引っかかるものがあっ
 た。
  こう見えても……って、どう見えているんだろう───。
  少なくとも勉強好きには見えない自覚はあるけれど。
  でも最近は少し勉強が楽しく感じる時があった。わからな
 かった問題が解けた時は、けっこう気分がよかった。
  何よりその時間は涼介を独占できるのが一番いい───最
 近になってようやく勉強慣れした啓介は、そう思っていた。
  そんな啓介を余所に、涼介は緒美の頭を優しく撫でた。
 「心配してくれてありがとな、緒美」
 「…………」
  心配、してる訳じゃないのだが───緒美と啓介はそろっ
 て思ったが、涼介の誤解を解くのもためらわれた。
 「じゃあ、そろそろ支度しよう」
 「……はーい」
  大好きな涼介に促されて、渋々ながら緒美は帰り支度を始
 めた。


  二人して緒美を家まで送り届けて、いつもより少し遅い時
 間から今日の勉強は始まった。
  最近は学校の授業の復習と予習。そして来るべき期末テス
 ト向けの対策をやっていた。
  しかしずっと教えてもらっていれば啓介も、自分がどこが
 どんな風にわからないのか───そんな事もきちんと話せる
 ようになってきた。
 「涼介さん、この方程式って───」
  啓介は涼介を呼んだが、返事がなかった。
 「涼介さん……?」
  いぶかしんだ啓介が振り返ると、涼介は本棚の前に立って
 いた。
 『げ』
  一瞬慌てた啓介だったが、浮かしかけた腰をすぐに椅子に
 下ろした。見られて困るような本は、見つからないように本
 棚からクローゼットの奥へと移していた。まあ、元々大した
 冊数はないけれど。
  しばらく無言で本棚を眺めていた涼介であったが、しばら
 くしてポツリとつぶやいた。
 「……多いな」
 「え?」
 「車の雑誌」
  本棚から一冊の本を手に取ると、涼介はそれを開いた。
 「……チューニング……。ドリフト……?」
 「ああ、それ」
  それは啓介が毎月買っている車の雑誌だった。
  とはいっても峠を速く走るのが目的の、いわゆる走り屋た
 ちの車を取り上げた雑誌だった。雑誌には様々な車と、その
 ドライバーたちが載っていた。それだけではなく、どんな風
 に車をいじれば速く走るのか、様々な記事も載っていた。
 「啓介はこういう車が好きなのか?」
 「うん、すげえ興味ある」
 「へえ……」
  涼介の視線は本に釘付けになった。啓介がそんなに車が好
 きだなんて、今までまったく知らなかった。
  啓介は立ち上がって涼介に近寄ると、その手の中にある雑
 誌を同じように覗き込んだ。
 「高三になって免許取れるようになったら、速攻で取りに行
 くんだ」
  教習所には十八歳の誕生日の半年前から通える筈だった。
 「でも免許取っても、学校に提出しなきゃいけないんじゃな
 いのか」
 「それでもさ」
  瞳を輝かせて啓介は言った。
 「取っときゃすぐに乗れるようになるだろ。それで卒業まで
 に金貯めて、中古でいいから車買うんだ」
  そこまで嬉しそうに言って、けれど啓介はちょっと苦笑し
 た。
 「でもまだ四年もあるんだよなあ……」
  中学生にはまだまだ、気が遠くなるような長い時間だった。
 「涼介さんは免許取るの?」
 「免許……」
  群馬でも高崎辺りはそう田舎という訳じゃない。けれどや
 はり生活するのに車は必需品だった。
 「そう。再来年には取れるんだろ」
  高校を卒業する時に、大概の生徒は教習所へ通っていた。
 でも涼介は考えた事がなかった。
 「……どうかな。今のところは取るつもりはないけど」
 「えー、勿体ない」
 「そうか……?」
 「そうだよ。俺だったらすぐに取っちゃうよ───」
  そこまで言って、はたと啓介は気づいた。
  涼介は一体どんな運転をするのだろうか。
  ……想像がつかなかった。
  でも世のため人のため、交通安全のため───取らない方
 がいいかもと啓介は思った。
 「で、でも取りたくないのに、無理に取る事もないよな」
  だから慌てて言葉を継ぎ足した。
 「……そうだな」
  涼介は何を考えているのか、雑誌を開いたまま一心にそれ
 を見つめていた。
 「……涼介さん?」
 「あ、ごめん。勉強だったよな」
  我に返った涼介は、本を閉じて棚に戻した。


  それからしばらく勉強を続けてから、二人は一休みした。
  その時を待っていたかのようにまた本を手にし、涼介は車
 の事を色々聞いてきた。
 「FR……?」
 「FRってのは、後輪駆動の事で───」
  今まで啓介は涼介と、車の話などした事がなかった。
  その涼介とこんな話をしているなんて、不思議な感じだっ
 た。それでも勉強しているより、啓介にはよっぽど楽しい時
 間だった。
  いつか涼介を車に乗せて、一緒にドライブでもできたらい
 いなあと思いながら。
  秋の夜は穏やかに更けていった───。


 
  


たまには少ぉしぐらいは車の話も(^^)
原作で啓介が車に乗るきっかけはまちがいなく涼介さまの影響でしたが、
逆、というのもちょっとおもしろいんではないかと……(^^;)
パラレルですからね、パラレル。





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