B meets B
21
十二月も半ばを過ぎ、中学校も高校も終業式を迎えた。 渡された啓介の成績表は、一学期よりいくつか評価が上がっ ていた。 期末テストでかなり点数を上げはしたが、やはり中間テス トが悪かったのが響いたらしい。 けれど下がった教科は一つもなく、母親はとりあえず納得 したようだった。雷が落ちなかった事だけでも、啓介は安堵 した。 涼介の成績はもちろん相変わらずであった。 十二月は行事が立て込んでいる。 終業式の次といえばもちろん、クリスマス・イブだった。 クリスマスは本来、キリストの生誕を祝う日だが、日本で は宗教に関係なくパーティーが開かれていた。 高橋家もその例にもれず、ささやかながらもパーティーを 開こうという事になった。 「こんにちは。あ、おばさま、お久しぶりです」 「いらっしゃい、緒美ちゃん」 パーティーの用意も途中のキッチンに、しっかりと緒美が 姿を現した。 きっと涼介が連絡したのだろう。文句はないけど、ちょっ とおもしろくない啓介だった。 史浩も誘ったが、家でパーティーをするから行けないとの 返事だった。史浩の家みたいに小さな子供のいる家では、そ れは当たり前かもしれなかった。 啓介自身も友人たちからあちこち誘われたが、すべて断っ ていた。 だってそこには涼介はいないのだ。 せっかくのクリスマス・イブなら、好きな人と一緒に過ご したい。たとえ二人きりになれなくても───お邪魔虫つき であろうとも。 そのお邪魔虫───緒美は嬉しそうだった。 理由は簡単、涼介の家庭教師が終わったからだ。 「啓兄聞いたよ。涼兄との勉強、終わったんだってね」 「……だから何だよ」 「これからは一人で、頑張ってね!」 一人で、を強調して緒美は啓介を励ました。 「うるせーよ!」 「きゃ!」 怒鳴り返してくる啓介から逃げるように、緒美はリビング にいた涼介の元に走り寄った。 「涼兄も大変だったね」 「いや、全然。……気が抜けたくらいだよ」 腕に縋りついてくる緒美に、涼介は微笑みながら答えた。 涼介のどこか寂しそうな様子に緒美はおやと思ったが、そ れならと逆におねだりし始めた。 「ねえねえ。それじゃあ、今度は緒美の勉強見て」 「おい緒美!」 「何よ」 図々しい緒美のお願いに、黙って聞いていた啓介もついに 我慢ができなくなった。 「お前が見てもらう必要はねーだろっ」 「いいじゃない。緒美、勉強する気あるもん」 「だったら俺の方が切羽詰まってんだよ! 受験だってある し」 「えー。啓兄が行ける高校なんてあるの?」 「おい!」 啓介と緒美の口喧嘩は、放っておけばいつまでも続きそう だった。 さすがに涼介も、二人を止めようと妥協案を出した。 「二人とも、勉強なら幾らでも見てやるから。な?」 「でも緒美、啓兄と一緒じゃ嫌だもん」 「俺だって御免だね」 しかし啓介と緒美の意地の張り合いは、収まらないようで あった。 「ほらほら、皆じゃれてないで、さっさと用意終わらせちゃ いましょ」 「……じゃれてって……」 啓介が嫌そうな顔をして母親を振り返った。 しかし確かに三人のそれは、まるで兄妹のじゃれあいその ものだった。 「……あれ、おじさまは?」 そろそろきちんとパーティーの用意を手伝おうとした緒美 は、ようやくそこにいない者に気づいた。 「ああ、今日も病院なのよ」 苦笑して母親が答えた。 「医者って大変よね。クリスマスもお正月もないっていうん だから」 冗談半分で言った母親に緒美は驚いた。そして、ちょっと 不安そうに問いかけてきた。 「あの、おばさま。旅行大丈夫ですか……?」 「大丈夫よ!」 心配そうな緒美に、笑って母親は緒美の肩を抱いた。 「今日も電話があったし、旅行前には患者さんの容体も落ち つくだろうからって言ってたわ」 「あ、そうなんですか」 「今度こそ行きたいし……もう、多少の事は大目に見るわ」 折角のクリスマス・イブではあるけれど、何より旅行を最 優先に考えている母親だった。 ケーキにシャンパン、チキンにサラダ、サンドイッチにシ チュー、etc───。ケーキにシャンパン以外は、ほとん ど啓介が料理したものだった。 「じゃあ、カンパーイ!」 夕方になって用意も整い、四人はパーティーを始めた。 啓介の料理はもちろんの事、ケーキも美味しかった。けれ どそれは子供三人にとっての話。 シャンパンを飲める大人は母親だけだったが、飲むうちに 一人が寂しくなってきたようだった。しばらくして啓介はも ちろん、涼介や緒美にまでシャンパンを勧め始めた。 「ほーら啓介。あんたも飲みなさい!」 「母さん!」 普段から陽気な母親だが、シャンパンを飲んでさらに陽気 になっていた。 「涼介君も飲む? あ、緒美ちゃんも遠慮しないで」 「義母さん……」 「あ、緒美はジュースでいいです」 「あら、そうなの?」 本気で残念そうな母親を涼介たちから引き離し、啓介はそ の手からシャンパンの瓶を取り上げた。 「あーもう、酒なら俺がつきあってやるから」 「啓介」 心配する涼介に、啓介は笑って答えた。 「あ、大丈夫。俺けっこう母さんに鍛えられてるから」 ちょっと一人、癖のよくない酔っぱらいがいたけれど、そ れは啓介が引き受けて時間は過ぎていった。 パーティーといってもツリーもプレゼントもない、ただ皆 で集まって食事をするだけのものであったけれど───それ は楽しい一時だった。 そろそろお開きという頃、緒美はリビングのソファーで眠 り込んでしまっていた。 母親に勧められて飲んだシャンパンが効いたらしい。ほん の何口か、強いアルコール度数でもなかったのだが、やはり 小学生にはまずかった。 「どーすんだよ、母さん」 「仕方ないから今日は泊まってってもらいましょ。お家の方 には後で連絡しておくわ」 「まったく……」 啓介も何杯か飲んでいたが、小学生の頃から母親にやれビ ールだ日本酒だとつきあわされていたので、顔色も変わって いなかった。 そして、涼介はといえば───。 「……涼介さん、大丈夫?」 「……ああ」 緒美の隣で、辛うじてソファーに座っていた涼介は、赤い 顔をしていた。 一口だけと勧められて飲んだシャンパンで、酔ってしまっ たらしい。 「ごめん、母さんお酒好きだから……」 「……そうみたいだな」 母親はとうの昔にシャンパンだけでは飽き足らず、チュー ハイの缶やらワイン等を持ち出して、幸せそうに飲んでいた。 「水でも飲む?」 「うん……」 「ちょっと待ってて」 啓介は涼介のためにコップに水を汲んでくると、それを手 渡した。 「はい」 「ありがとう」 涼介はそれを半分ほど飲み干すと、蕩けたような視線なが らも落ちついた様だった。 涼介が一息着くのを待ってから、啓介は涼介に聞いてみた。 「今まではどーしてたんですか?」 「今まで?」 「そう、今までのクリスマス・イブ」 啓介が初めて涼介に会ったのは今年の春。 それ以前の涼介がどんな風に過ごしていたのか、啓介は知 らない。だから聞いてみたくなった。 涼介はしばらく考え込んでいたが、やがてのんびりとした 口調で話しだした。 「緒美の家に呼ばれたり、史浩の家に行ったり……」 「……ここに呼んだんじゃなくて?」 「ああ。俺が小さい頃から、この家でパーティーなんかやっ た事はなかったよ。父さんは病院があったし……」 そう言って涼介は、嬉しそうに啓介を見た。 「クリスマス・イブに、うちがこんなに賑やかなのは初めて だ」 頬をほのかに染めて、涼介は夢見るようにつぶやいた。そ れはシャンパンのせいだとわかっていたけれど───。 啓介は涼介を抱きしめたくなった。 辛うじて我慢したけれど、本気で抱きしめたいと思った。 |
ちょっと早いけどクリスマスの話です。
ここから年末にかけて、話は一気に進みます〜。
小説のページに戻る インデックスに戻る