Bitter & Sweet



    日付の変わる頃、ようやく自宅にたどり着いた啓介は、FDから降りるなりまっすぐ兄
  の部屋へと直行した。
  「なんで先に帰っちまうんだよ!!」
   ドアを開けると同時に怒鳴りながら、手にしていたコンビニの袋の一つを涼介に向かっ
  て投げつけた。
   しかしそれは振り返った涼介に、あっさりとキャッチされてしまった。
  「用が済んだんだから帰るに決まってるだろう」
   先に帰り着いていたFCのエンジンは既に冷めかけていた。とっくにパソコンに向かっ
  ていた涼介は、椅子に座ったまま啓介を見た。
   ようやく帰ってきた弟は、怒りに顔を紅潮させていた。
  「だからって置いてかなくたっていーだろ!」
  「そんな事はしてない」
  「置いてったじゃねーか!」
  「お前が追いついて来なかったんだろう」
  「う……」
   冷たい一言はでも事実でもあって、啓介は咄嗟に二の句が継げなかった。反論しようと
  したが思いつかずに、疲れたようにベッドにドサリと座り込んだ。もちろん涼介のベッド
  にだ。啓介が持っていたもう一つの袋も、同じようにベッドの上に放り出された。
   それを確認した涼介は、投げつけられた袋をパソコンの脇に置くと、再びパソコンに向
  かった。
   部屋の中には涼介がキーボードを叩くカタカタという音だけが響いた。しばらくそんな
  時間が続いたが───不意に啓介が口を開いた。
  「……なんか、罰ゲームみてぇだった」
  「罰ゲーム?」
   相変わらず背中を向けたまま、それでも涼介は啓介に答えた。
   それに縋るように、啓介は言葉を続けた。
  「気がつきゃコンビニの店員にはジロジロ見られてるし、なんでかアニキは機嫌悪いし、
  チョコはへし折られるし、置いてきぼりにされるし……」
   もっと甘いイベントを期待していたのにと、ポツリと啓介はつぶやいた。
   その寂しげな口調は、涼介の胸を僅かに軋ませた。
   啓介の言いたい事はわかっている。二人でこういった関係になったのだから、もっと恋
  人らしく過ごしたいと。
   けれど涼介にとって、啓介はやはり弟なのだ。兄弟という意識はどうしても拭えない。
  拭える訳がない。
   敢えてパソコンに向かいながら、涼介は口を開いた。
  「俺を相手にそんな事を期待するな」
  「なんで」
  「……そんなに楽しくイベントを過ごしたいなら、相手を間違っている」
  「俺は、アニキがいいんだよっ!」
   啓介は大声で叫んだ。
   驚いて涼介が振り向くと、睨むような啓介の強い視線とぶつかった。
   しばらく無言で見つめ合っていたが、目を逸らしたのは啓介の方だった。怒ったような
  不貞腐れたような顔をしたまま、涼介のベッドにうつ伏せに寝ころがった。拗ねたのかも
  しれなかった。
   そんな啓介をしばらく見つめていたが、動く様子は一向にない。そのままで寝入ってし
  まわれるのも困るので、仕方なく涼介はパソコンを終了させた。
   そして先程投げつけられた袋を手に取ると、啓介の傍ら───ベッドに座り込んだ。
   啓介は寝ころんだまま、顔を上げようともしない。
   自分が怒らせたのだけれどそれを諌めるように、涼介は啓介の頭を撫でた。
   啓介はでも逃げようとしないでそれを甘受している。本気で怒ったのなら嫌がるだろう
  から、やはり拗ねているのだろうと涼介は判断した。
   しばらく啓介の頭を撫でた後、涼介はコンビニの袋を再び手に取った。
   啓介に買わせた板チョコ。袋からそれを取り出すと包装を開けて、一かけらのチョコを
  割って口に入れた。
  「…………」
   咄嗟に涼介は口許に手の甲を押し当てた。
   甘い───。ビターチョコでも、それでも甘い。
   でも、決して嫌な甘さじゃない。
   それとも啓介からのものだから、そう感じるのだろうか。ぼんやりと涼介はそんな事を
  思った。
   そんな気配を傍らで感じ取ったのか、啓介がそろりと顔を上げて、涼介を見た。
  「……再提案したいんだけどさあ」
  「なんだ」
  「せめて夜だけでも、甘く過ごさねえ?」
  「お前……」
   まだこだわっていたのかと、涼介は驚いた。
   でもちょっとやそっとの事では挫けないのが、啓介のいいところの一つだった。時々は
  呆れる事もあるけれど。
  「バレンタインはもう終わったぞ」
  「俺はアニキとだったら、一年中バレンタインだっていいぜ」
   つれない涼介ではあったが、言葉ほど語調は冷たくはなかった。それを敏感に察して、
  啓介は勢いよく身を起こした。
   すっかり機嫌を直した様子の啓介に、涼介はもう苦笑するしかなかった。
  「……一年中チョコなんて御免だ」
  「まあまあ」
   交わしたキスは、チョコの味。
   でもそれだけではなく、甘かった───。


                                          〈END〉


                                  


やっぱり最後は少しは幸せに。
えーと、ちなみに飲んではいませんので。そこまでは想像しないで下さいませ〜(^^;)



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