Bitter & Sweet
2
日付の変わる頃、ようやく自宅にたどり着いた啓介は、FDから降りるなりまっすぐ兄
の部屋へと直行した。
「なんで先に帰っちまうんだよ!!」
ドアを開けると同時に怒鳴りながら、手にしていたコンビニの袋の一つを涼介に向かっ
て投げつけた。
しかしそれは振り返った涼介に、あっさりとキャッチされてしまった。
「用が済んだんだから帰るに決まってるだろう」
先に帰り着いていたFCのエンジンは既に冷めかけていた。とっくにパソコンに向かっ
ていた涼介は、椅子に座ったまま啓介を見た。
ようやく帰ってきた弟は、怒りに顔を紅潮させていた。
「だからって置いてかなくたっていーだろ!」
「そんな事はしてない」
「置いてったじゃねーか!」
「お前が追いついて来なかったんだろう」
「う……」
冷たい一言はでも事実でもあって、啓介は咄嗟に二の句が継げなかった。反論しようと
したが思いつかずに、疲れたようにベッドにドサリと座り込んだ。もちろん涼介のベッド
にだ。啓介が持っていたもう一つの袋も、同じようにベッドの上に放り出された。
それを確認した涼介は、投げつけられた袋をパソコンの脇に置くと、再びパソコンに向
かった。
部屋の中には涼介がキーボードを叩くカタカタという音だけが響いた。しばらくそんな
時間が続いたが───不意に啓介が口を開いた。
「……なんか、罰ゲームみてぇだった」
「罰ゲーム?」
相変わらず背中を向けたまま、それでも涼介は啓介に答えた。
それに縋るように、啓介は言葉を続けた。
「気がつきゃコンビニの店員にはジロジロ見られてるし、なんでかアニキは機嫌悪いし、
チョコはへし折られるし、置いてきぼりにされるし……」
もっと甘いイベントを期待していたのにと、ポツリと啓介はつぶやいた。
その寂しげな口調は、涼介の胸を僅かに軋ませた。
啓介の言いたい事はわかっている。二人でこういった関係になったのだから、もっと恋
人らしく過ごしたいと。
けれど涼介にとって、啓介はやはり弟なのだ。兄弟という意識はどうしても拭えない。
拭える訳がない。
敢えてパソコンに向かいながら、涼介は口を開いた。
「俺を相手にそんな事を期待するな」
「なんで」
「……そんなに楽しくイベントを過ごしたいなら、相手を間違っている」
「俺は、アニキがいいんだよっ!」
啓介は大声で叫んだ。
驚いて涼介が振り向くと、睨むような啓介の強い視線とぶつかった。
しばらく無言で見つめ合っていたが、目を逸らしたのは啓介の方だった。怒ったような
不貞腐れたような顔をしたまま、涼介のベッドにうつ伏せに寝ころがった。拗ねたのかも
しれなかった。
そんな啓介をしばらく見つめていたが、動く様子は一向にない。そのままで寝入ってし
まわれるのも困るので、仕方なく涼介はパソコンを終了させた。
そして先程投げつけられた袋を手に取ると、啓介の傍ら───ベッドに座り込んだ。
啓介は寝ころんだまま、顔を上げようともしない。
自分が怒らせたのだけれどそれを諌めるように、涼介は啓介の頭を撫でた。
啓介はでも逃げようとしないでそれを甘受している。本気で怒ったのなら嫌がるだろう
から、やはり拗ねているのだろうと涼介は判断した。
しばらく啓介の頭を撫でた後、涼介はコンビニの袋を再び手に取った。
啓介に買わせた板チョコ。袋からそれを取り出すと包装を開けて、一かけらのチョコを
割って口に入れた。
「…………」
咄嗟に涼介は口許に手の甲を押し当てた。
甘い───。ビターチョコでも、それでも甘い。
でも、決して嫌な甘さじゃない。
それとも啓介からのものだから、そう感じるのだろうか。ぼんやりと涼介はそんな事を
思った。
そんな気配を傍らで感じ取ったのか、啓介がそろりと顔を上げて、涼介を見た。
「……再提案したいんだけどさあ」
「なんだ」
「せめて夜だけでも、甘く過ごさねえ?」
「お前……」
まだこだわっていたのかと、涼介は驚いた。
でもちょっとやそっとの事では挫けないのが、啓介のいいところの一つだった。時々は
呆れる事もあるけれど。
「バレンタインはもう終わったぞ」
「俺はアニキとだったら、一年中バレンタインだっていいぜ」
つれない涼介ではあったが、言葉ほど語調は冷たくはなかった。それを敏感に察して、
啓介は勢いよく身を起こした。
すっかり機嫌を直した様子の啓介に、涼介はもう苦笑するしかなかった。
「……一年中チョコなんて御免だ」
「まあまあ」
交わしたキスは、チョコの味。
でもそれだけではなく、甘かった───。
〈END〉
やっぱり最後は少しは幸せに。
えーと、ちなみに飲んではいませんので。そこまでは想像しないで下さいませ〜(^^;)
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