けいすけ物語・3


  
   啓介は市内の大型ホームセンターへとやって来た。
   入り口の自動ドアを通り、店内へと足を踏み入れながら、ポケットから一枚の紙を取り出し
  た。
   メモには端正な文字で、沢山の商品名が書かれてあった。
   それは涼介が犬のけいすけのために選んだ犬用生活品の買い物リストだった。
   買い出しを仰せつかった人間の啓介は、気乗りしないままここホームセンターへとやって来
  たのだった。
  「なんで俺が……」
   ブツブツと不満をこぼしながら、啓介は買い物カゴをショッピングカートに乗せた。
   涼介が選んだ商品はA4のレポート用紙いっぱいに書き出してあったからだ。買い物なんて
  ただでさえ疲れるのに、これから大量の荷物を抱えなければならないのはひどい苦痛だった。
   そりゃ確かにあの小犬を拾ったのは啓介だったが、拾いたくて拾ったんじゃない。家の前に
  転がっていて邪魔だったからだ。
   それを「お前が拾ってきたんだろう」の一言でこんな買い出しまでしなきゃいけない羽目に
  なってしまった。
  「まったく厄介なもん拾っちまったぜ」
   不貞腐れたまましばらく店内を歩き回り、啓介はようやくペットコーナーを見つけた。
   普段はまったく近寄らないコーナーだ。
   ペットなんか飼った事がなかったからだ。
   小さい頃に一度くらいは犬を飼いたいと思った事もあったが、両親から許してもらえなかっ
  た。
   だからといって今更興味もないし、飼いたいとも思わなかったのに、まったく人生何が起こ
  るか分からないものだった。


   ペットコーナーは店の一角を占めていた。壁一面と、二つの棚の両面に商品がずらりと並べ
  られていた。
   犬用以外にも熱帯魚やウサギ、猫用の商品などが置かれていたが、なんといっても多いのは
  犬だった。棚数でいえばほぼ三つは犬用の商品が置かれていた。
  「すげー……」
   初めて見る啓介には、ちょっと目まいがするほどの商品数だった。
   ケージ、トイレ、食器、首輪、リード、おもちゃ、そしてペットフードなど、その他いろい
  ろな商品が棚一杯に並べられていた。
   首輪などざっと見ても30種類、リードは50種類ぐらい、様々な物が揃えられていた。
   中でも豊富なのはペットフードだった。
   よくあるドライフードから缶詰、レトルトまで。よく見れば幼犬用と成犬用、挙げ句の果て
  には肥満用なんて物もあった。
   メニューはもっと豊富だった。主に鳥肉と牛肉が多かったが、中には羊の肉もあった。
   おまけにただの肉という訳じゃなく、例えば鶏肉でもささみとか、また野菜入りやらチーズ
  入りなんてのもあった。
   ミルクやビスケット、ビーフジャーキーなんてのもあり、犬用とはいえひどく美味そうだっ
  た。
   食べ物に関しては、涼介のメモにはミルクと幼犬用ペットフードとある。問題はペットフー
  ドで、幼犬用だけでも10種類はありそうだ。
  「……どれ買ってけばいーんだよ」
   啓介が選びかねて視線を逸らした時、ふとある物に視線が釘付けになった。
   見ればペットコーナーの壁の一角がガラスになっており、中が小さく区切られていた。
   小部屋というには小さすぎる、ガラスの向こう側の空間の大きさは50cm3ほど。
   その中に子犬や子猫が何匹も売られていた。
   一匹だけでいるのもいれば、二〜三匹で入れられているのもある。
   元気良く動き回っているものも何匹かいるが、ほとんどは眠っていた。それとも眠るしかな
  いぐらい疲れているのか───。
   啓介はなんとなく嫌な気分になった。
   こんな狭い所に閉じ込められて、自分だったらきっと耐えられないだろう。
   ふと思いついて涼介からのメモを見直した。たくさんの買い物リストの中に、ゲージの記述
  はなかった。
   確かに、あの小犬を狭い所に押し込めるなんて可哀相だ───。
   よくよく考えてみればあいつは半ば行き倒れていたのだ。でも、もしかしたら捨てられたの
  かもしれない。
   そう考えれば少しは優しくしてやろう───なんて思えてくる。
   啓介は少し気持ちを新たにし、真剣に棚から商品を選び始めた。


   結局、買い物を終えるまで一時間以上かかってしまった。
   FDの助手席だけでは納まらず、後部座席いっぱいに商品を満載して、啓介は帰ってきた。
   家のガレージには涼介のFCがあった。急ぎのレポートがあると言っていたから、どうやら
  出かけていないらしい。
   早く会いたかったが、何しろ買い込んだ品物の量が半端じゃなく多かったので、啓介は車と
  玄関の間を三回行き来しなければならなかった。
   ようやく全部の品物を家の中に運び終えて、啓介はやれやれと一息ついた。
  「ただいま……」
  「おかえり」
   習慣でつぶやいたのだが、意外にも返事があった。
   涼介の声だったが、その声はリビングから聞こえてきた。てっきり二階の部屋にいると思っ
  ていたのだが。
  「アニキ?」
   啓介がリビングを覗くと、そこには確かに涼介の姿があった。
   涼介はソファーに座り、静かに本を読んでいた。
  「なんだ、レポート終わったの?」
  「ああ」
   答える涼介の声は小声だった。なぜか啓介の方を振り返ろうともしない。
   しかし啓介は気にせず、自分から涼介の元に歩み寄ると、その肩に腕をまわし背中に張りつ
  いた。
  「聞いてくれよアニキ、買い物に行った店でさあ───」
  「小声で話せ、啓介」
   さっき店で見た動物たちの事を話そうとしたのだが、なぜか涼介にたしなめられた。
  「アニキ……?」
  「けいすけが起きるだろ」
  「え?」
   言われて啓介は抱きついた涼介の肩ごしを覗き込んだ。
   そこにはすやすやと眠りこけている生き物がいた。もちろんけいすけだった。
  「てめーっ! どこで寝てんだよっ!!」
  「うるさいぞ啓介」
   涼介に叱られたが、それでも啓介の怒りはおさまらなかった。
   ソファーの上とかならともかく、けいすけはあろう事か涼介の膝の上で寝ているのだ。
   涼介の膝枕なんて、啓介だってそうそうしてなんかもらえないのに。
  「こら、どけよお前!」
   しかし啓介が怒鳴ろうとも、手を伸ばして体を揺すろうともけいすけは起きずに眠り続けた。
  「起きろってば!」
  「いい加減にしろ」
   なんとか起こそうとした啓介だったが、けいすけに伸ばしていた手を涼介に叩かれた。
  「だって、アニキ……」
  「子犬の頃は眠るのが仕事なんだ。いいから眠りたいだけ眠らせてやれ」
   言いながら涼介は優しくけいすけの背中を撫でてやった。けいすけはわずかに尻尾を揺らし
  たが、起きようとはせずに幸せそうな顔で眠り続けた。
   そんな様子を見ていると、啓介の心にはまた新たな怒りがわいてきた。
   こんな図々しい犬、可哀相でもなんでもねぇ!
   先ほど思った事はどこへか吹っ飛び、やっぱりゲージを買ってくればよかったと啓介は激し
  く後悔した。



                  

                         Illustration by ももさま





  ホームセンターに行ってみましたが、ペットフードはとても美味しそうでした。
  猫用缶詰はレアすぎてダメだけど、犬用なら人間も食べられるとか聞いた事がありますが、本当か
  しら……。
  いえ、もちろん私は食べたりしませんけどね!(^^;)




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