けいすけ物語・4


   啓介が買ってきた、けいすけのための品物の数々。
   どこへ置こうか───つまりはけいすけの部屋をどこにしようかという話になって、涼介と
  啓介の意見は分かれた。
  「俺の部屋でいいだろう」
  「絶対反対っ!」
  「なんでダメなんだ」
  「なんでって……とにかく俺は嫌なの!」
   本当は理由はあった。只でさえ邪魔者のけいすけに、涼介の部屋を根城にされてしまっては
  たまらないからだ。
  「おかしな奴だな……」
   涼介は膝の上に乗せていたけいすけの頭を撫でながら、しばし考え込んだ。
   けいすけは撫でられて嬉しそうに、くるりと丸まった巻き尾をパタパタと振っていた。
  「じゃあお前に部屋にするか?」
   言われて啓介はまた渋い顔をした。
  「それも嫌だ」
  「どうしてだ」
  「つ−かさ、俺の部屋は犬を飼えるような環境じゃね−よ」
  「片づければいいだろう。お前も過ごしやすくなるぞ」
   いま現在、啓介は自分の部屋では寝るだけで、普段から涼介の部屋に入り浸っていた。
   床には車の部品や雑誌、服や灰皿、とにかくいろんな物が足の踏み場もないくらい一面に散
  乱していた。
   そこにプラス犬までなんて───考えたくもなかった。
  「大体、部屋が片づくまで一ヶ月はかかると思うぜ」
  「偉そうに言うな」
   二人の会話を聞いていたのかいないのか、不意にけいすけが涼介の指先をペロリと舐めた。
  「けいすけ?」
  「クウーン、キュウーン」
  「……そうだな。お前もあんな部屋じゃ嫌だよな」
  「アン!」
   まるで会話を交わしているかのような涼介とけいすけ。
   つぶらな瞳に見つめられて、涼介の表情はとろけそうなぐらい優しい。
  「なーんかムカつくな……」
   そんな一人と一匹を見ながら、啓介はおもしろくなさそうに呟いた。


   話し合った末に、けいすけのトイレは廊下に、食器やおもちゃはリビングに置いた。
   なんとなくリビングがけいすけの部屋になりそうだった。
  「ほら、けいすけ。お前の食器だぞ」
  「ワン!」
   目の前に食器を出されて、それが自分の物だとわかるのか、けいすけは嬉しそうに尻尾を振っ
  た。
   と、涼介が差し出した食器の底をペロペロと舐め始めた。
  「ああ、食事か。ちょっと待ってろ」
   そういえばそろそろ食事の時間だった。
  「啓介、ドッグフ−ド」
  「はいはい」
   言われた啓介はけいすけの皿を手に、キッチンに置いたドッグフードの袋の元へ歩み寄った。
   10sもする重い袋を開きかけて、ふと啓介は気がついた。
  「アニキ、こいつってもう固形のドッグフード食べられんのかな」
  「……そういえばどうなんだろうな」
   昨日までは牛乳ばかりで、固形物の食事は与えていなかった。
   涼介は袋の中から二、三粒だけ取り出すと、掌に乗せてけいすけの前に差し出してみた。
  「けいすけ、食べられるか?」
   けいすけは鼻先を寄せてしばらく匂いを嗅いでいたが、すぐにパクリと口に含んだ。
   カリカリと軽やかな音を立てながら食べ、吐き出す気配もなかった。
  「……大丈夫そうだな」
  「食べられそう?」
  「ああ。念のためミルクもかけてくれ。犬用ミルクも買ってきてあったよな」
  「ああ、バッチリ」
   啓介はドッグフードの傍らに置いてあった犬用ミルクを手に取った。
   人間用の牛乳もけいすけは喜んで飲んでいたが、やっぱり犬用とあるからにはこちらの方が
  いいのだろう。
   皿に固形ドッグフードを入れ、そこにミルクを注ぎながら、ふと啓介の視線がとまった。
   犬用ミルクってどんな味なんだろう……。
   啓介がパッケージを手にまじまじと見つめていると、涼介が肩ごしに覗き込んできた。
  「お前も飲むか?」
  「飲まねーよっ!! アニキ、俺と犬と一緒にすんなよな!」
  「飲んだらどんな味だか教えてくれ」
  「だから、飲まねーってば!」
  「わかったわかった」
   啓介の手から皿を取ると、涼介は足元で待っていたけいすけの目の前に置いた。
  「ほら、けいすけ。ご飯だぞ」
  「ワン!」
   けいすけは皿に顔を突っ込むような勢いで、旺盛な食欲で食べ始めた。
   涼介と一緒に啓介もそれを見守った。
   けいすけは正に、一心不乱になって食べていた。
  「……いい食いっぷりだなぁ、お前」
   いっそ惚れ惚れするような食欲だった。
  「もっと飲むか?」
   啓介はミルクのパックを手に取り、けいすけが食べている皿にミルクを注いでやろうとした。
   なのに───。
  「ガウッ!!」
  「うわ、何だよ!」
   けいすけは毛を逆立てて啓介を威嚇してきた。
   しばらく唸っていたが、啓介が一歩後ろに引くと安心したのかまた食べ始めた。
  「おっかねぇー……。なんだよこいつ」
   ちっちゃくてもやっぱり獣だ。
   まだ心臓がドキドキしたままの啓介に、涼介が話しかけた。
  「お前に取られると思ったんだろ」
  「んなもん取るかよ」
  「食事中に手を出されたら、誰だってそう思うだろ」
   そんなものなのだろうか。
   眉をしかめる啓介の隣で、涼介はけいすけを抱き上げた。
  「なあ、けいすけ」
  「ワン!」
   抱っこされた啓介は尻尾をふりふり。涼介の胸に抱かれてご機嫌だ。
   しかし皿の中にはまだドッグフードが残っていた。
  「食ってる途中じゃねーのかよ……」
   何となく納得のいかない啓介だった。
  「可愛くねー奴」
  「そうか? こんなに懐いてるのに」
  「懐いてんのはアニキにだろ!」
   啓介にはそれが何より気に入らなかった。
   ただでさえ多忙な涼介なのに、これでは啓介が懐く時間が更に減ってしまうのではないだろ
  うか。
   それが何より気掛かりな啓介だった。

                




  犬用ミルクは、どんな味なんでしょうね。
  気になるけどやっぱちょっと飲めません(^^;)




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