ニ分割兄弟綺談・10



   こそ。
   こそ。
   こそこそこそ。
   深夜、啓介は涼介の部屋へ忍び込んだ。
   部屋は真っ暗で人の気配はない。主の涼介といえば先程帰宅して、今は風呂に入っていた。
   ドア横にある電灯のスイッチに触れ、明かりをつける。本当はつけたくはなかったが、こう暗くてはお
  いそれと探し物ができないからだ。
   啓介の目的はたった一つ、涼介のケータイだった。


   大学に復帰した涼介は、問題なく過ごしているらしかった。
   らしい、というのは本人から聞いた訳ではなく、史浩の口からそう伝え聞いただけだから。勉強も講義
  も差し障りなくこなしているそうだ。
   相変わらず記憶は思い出せないそうだが、特に支障はないらしい。
   最近は史浩とともに帰りが遅い。峠に行っているらしい。
   啓介は記憶をなくしてからはまだ行ったことはなかった。
   それよりも気になる重大事項があったからだ。
   涼介と自分の関係───その疑惑を晴らしたかった。
   結局、自分の部屋では何も見つけられなかった。かつての啓介は日記はもちろん、手帳さえもつけてい
  なかったらしく、以前の生活を確認できるものはなかった。
   証拠というか、関係を疑わせるものは啓介のケータイの中にあるメールだけだった。
   しかし、どうしてもどうしても信じられなかった。
   その疑惑を晴らしたい一心で、涼介の帰宅が遅くなるのをこれ幸いと、啓介は涼介の部屋に何度も忍び
  込んだ。
   しかし、涼介の部屋のどこを探しても何もなかった。
   机の中、本棚、目についたあらゆる所───。
   挙げ句の果てにはパソコンを起動させてその中身までさんざん調べたのだが、あるのは色恋沙汰とはか
  け離れた、車のデータや難解な論文ばかりだった。
   なさぬ仲だったという証がないのには一安心だったが、かといってただの兄弟だったという証もなかっ
  た。
   いっそ涼介が彼女とデートの約束でもしているような痕跡とか、ツーショット写真でもあれば啓介の疑
  惑もきれいさっぱり晴れたのだが……。
   残るはたった一つ、涼介のケータイだけだった。
   もしかしたらその中に何か、二人の関係を決定づけるものがあるかもしれない。というかそれが、啓介
  の最後の希望だった。
   最近の涼介はよく峠へ行っているらしい。
   深夜に帰宅し、まず自分の部屋に一度上がってくる。それからすぐに一階に降りて入浴。
   それがここ最近の生活パターンだった。
   この日もそうだった。
   涼介が浴室へ向かったのを確認し、啓介は部屋に忍び込んだ。


   部屋に入って明かりをつけると、椅子の背もたれに涼介が脱いでいった上着がかけてあった。
   状況からして、今日着ていた服に違いなかった。
   そのポケットを探る───と案の定、目当てのケータイが指に触れた。
   喜び勇んで取り出した次の瞬間、啓介はげんなりした。
  「マジかよぉ……」
   取り出したケータイは、啓介の持っているものと同じ機種だった。
   さすがにまるっきり同じではなかったが、啓介のがブラック、涼介のがシルバーの色違いとう代物。
   まさか……、まさかこれはいわゆる、ペアとかいうやつだろうか……?
   恋人同士ならともかく兄弟でそんなのを持つなんて、どう考えても怪しすぎた。
   しかしその怖い想像を脳裏から無理やり消して、啓介は涼介のケータイと向き合った。
   そして目的のEメールを開いた。
   開いた、のだが───……。
   啓介はしばらくの間、声もなく固まった。
   受信ボックスには何もなかった。真っ白だった。
   第三者からのはもちろん、かつて啓介が送っただろうメールも何一つ、一件も残ってはいなかった。
   慌てて今度は送信ボックスを開いたのだが、なんとそちらも同じ有り様だった。
   涼介が自分で送っただろうメール。啓介のケータイに残っているメールはもちろん、誰に送ったメール
  も残っていなかった。
   啓介の探していた潔白の証拠も、疑惑の証拠も、そこにはなあんにもなかった。
   これはいったいどういう事なのだろうか。
  「なんだあいつ……。なんでこんな事───」
  「何してる?」
   思わずつぶやいた啓介の背後から、冷たい声がした。
   瞬間、啓介の身体は凍りついた。
   恐る恐る振り向くと、そこには風呂上がりの涼介が立っていた。
   上気した頬。しっとりと濡れた髪。白いパジャマを着込み、その襟元から覗く肌もほんのりとした色に
  染まり、いつもとは違う風情だった。
   しかし視線は鋭く、そして真っ直ぐに啓介を睨んでいた。
   涼介は啓介に近づくと、その手から自分のケータイを取り返した。
   その動作はいかにも事務的で、冷たく───逆に啓介の方が動揺してしまった。
   手にしたケータイを涼介は一瞥したが、興味がないのかすぐに二つ折りのそれをパチンと閉じた。
   そして視線を再び啓介へと向けた。
  「何をしてるかと聞いてるんだ」
  「なに、って───」
   問われて啓介は言葉に詰まった。
   まさか言えない。とても言えない。
   もしかして自分たちがただの兄弟ではなかったなのかもしれないなんて。
   白黒ハッキリつけたくて、その証拠を探していたなんて───。
   黙り込む啓介に、涼介はため息をついた。
  「俺は、お前の事も覚えてないんだが」
  「…………」
  「まさか泥棒だったとは思いもしなかったぜ」
  「泥棒じゃねーよ!」
   あまりな言われ様に咄嗟に啓介は言い返した。
  「じゃあ何だ」
  「───」
   鋭い視線に、けれど答える事はできなかった。
   啓介の沈黙は涼介を思いやって故だったのだけれど、当の涼介はさも胡散臭そうに啓介を見てきた。
   そんな視線で見られて、だんだん啓介は腹が立ってきた。
   こっちはいろいろと悩んでいるというのに───。
  「なんだよ。人の気も知らないで……」
   一人平然としたその細面を見ていたら、何だか無性にムカムカしてきた。
  「こっちだってあんたなんか知らねーよ! この冷血漢!!」
  「なに?」
   突然叫んだかと思うと、啓介は涼介の部屋を飛び出した。
   そして自分の部屋に飛び込み、叩きつけるようにドアを閉めた。
   事実がどうだろうと、もうあいつなんか関係ない。
   関係ないという事に決めた!
   苛立った気分のまま、啓介は自分のケータイを手にした。
   涼介のアドレスを削除するためだった。今までは嫌な奴と思いながらも、それでも昔の自分が残したも
  のだと思い、そのままにしていたのだ。
   アドレス帳を開き、涼介のアドレスを指定する。
   そして削除キーを押そうとしたまさにその時、手にしたケータイからいきなり着信音が鳴り響いた。
  「うわ!」
   あまりのタイミングに啓介は驚いた。
   咄嗟に操作を止めて、画面の表示を確認した。
   そこに表示されていたのは、まったく知らない名前だった───。


久しぶりの更新です(^^)
ですが、兄弟は相変わらず……。タイトルからして、こーゆー兄弟を書きたかったのですが、早く兄弟が仲良く
なるのを待ってくださる方が多いです。
も少しだけお待ちください。いつかはきっと。た、たぶん仲良しに……なるのかなあ?(−−;)