ニ分割兄弟綺談・13



   乗り込んだFCの助手席は、FDのそれよりも幾分広く感じられた。
   啓介はドアを力を込めて思いっきり締め、次いでートベルトを締めた。隣の運転席では涼介が、同じよ
  うにシートベルトをしていた。
   エンジンはかけたままだったので、FCはいつでも走り出せる状態だった。
   車体の横、助手席の外には、心配そうな表情の史浩が立っていた。
  「啓介」
  「?」
   コンコンとガラスを叩かれ、啓介は窓を開けた。途端に凍てついた空気が車中に流れ込んでくる。
   史浩の顔色は青かった。しかし、寒さのだけとも思えない顔色の悪さだった。
  「いいか啓介、耐えられなくなったら言えよ」
  「はあ?」
  「我慢なんてするなよ。遠慮なく途中で止めてもらえ」
  「何言って───」
  「いくぞ」
   運転席の涼介が短くつぶやいた。
   慌てて史浩はFCの車体から離れた。不思議に思いながら啓介も窓を閉めた。
   ───と、同時にFCは急発進した。
  「!!」
   一瞬、啓介の息がつまった。
   見る間にスピードを上げたFCは、そのまま第一コーナーに飛び込んだ。
   グイ!! とかかるG。とても冬の峠を走るスピードとも思えない。
   そのまま───史浩たちの視界から、あっと言う間に白のFCは夜の赤城へと消えていった。
   見送った面々は、半ば唖然とそれを見送った。
  「行っちまったな……」
   心配そうに史浩がつぶやく。
   その後ろ、ケンタたちレッドサンズのメンバーもどこか不安げだった。
  「いきなり涼介さんのFCの横はキツいんじゃないのか」
  「そんな事ないよ。だって啓介さんだって速いんだから」
  「でも記憶ないんだろ? ……案外、スピード恐怖症になったりして」
   あははは、と笑いあって───しかしその笑いは途中で途切れた。
   それがあながち冗談にならなさそうで、とてもとても怖くなったメンバーたちだった。


   数分後、白のFCは赤城山の麓の駐車場に停まっていた。
   その助手席から啓介は降り立った。
   かろうじて立ってはいたが、実はけっこう膝がガクガクきていた。それを隠すために、咄嗟にFCの車
  体に寄り掛かった。
   運転席から降り立った涼介が不振そうにそれを見た。
  「おい?」
  「……あんた、いったいどーゆう───」
   まさに疲労困憊といった風に、啓介は切れ切れの声で涼介に問いかけた。
   凍った路面。暗い視界。自殺行為一歩手前ではなく、自殺行為そのものとしか思えないスピード。
   峠を下った短い時間の間に、啓介はもうダメだと何十回思ったかしれなかった。
   しかし啓介の口から叫び声は発せられなかった。
   正確には叫び声を上げる余裕もなかったからなのだが、そのせいでFCは途中で停車することなく赤城
  の峠を駆け抜けた───。
  「あんたさ、ずっと走り込んでたのか?」
  「いや」
  「どのくらい?」
  「……一週間」
  「一週間でこれかよ───」
   啓介は驚いた。
   たった一週間。それだけでこんな運転をしてしまうのか。
   きっと覚えていなくても、記憶をなくす前からの積み重ねがあるのだろう。
   自分にもこんな運転ができるだろうか───。
  「……どうする?」
  「?」
   いろいろ考え込んでいたら、涼介の方から啓介に声をかけてきた。涼介の方から声をかけてきたのは初
  めてかもしれなかった。
  「お前も峠を走っていたんだろ。……もう嫌になかったんじゃないか」
  「冗談じゃねえ。俺も走るぜ」
   啓介がそう言い切ると、涼介は訝しげな顔をした。
  「何だよ。文句あるのかよ」
  「文句はないが、……怖くなかったのか?」
  「そりゃ怖……ちょっとは怖かったけど、でもおもしろかったぜ。すっげードキドキした!」
   言いながら思い出したのか、途中から啓介の口調は興奮したものになった。
   それに、ケンタに誘われて出てきた啓介だったが、来てみれば峠の雰囲気は驚くほど自分の肌に馴染ん
  だ。
   自分は確かにこの場所を知っていた───。
   思い出せた訳じゃないけれど、不思議とそう感じた。
   素直にそう思って、その気持ちは自然と涼介にも向いた。
  「あんたの事、冷たくてすかしててヤな奴と思ってたけど───……すげーな」
   心から啓介はそう思った。
  「すげぇよ、あんた」
   しかし、これには言われた涼介の方が驚いた。
   わずかに───けれど確かに涼介の表情が揺れた。
  「何だよ」
  「……いや」
   啓介に問いかけられて、それでも涼介は結局何も言えなかった。
   初めてだった。この男の笑顔を見たのは───。
   なんとなく居たたまれなくて、涼介はさっさとFCの運転席に乗り込んだ。
  「……もう、行くぞ。史浩たちが待ってる」
   しかし啓介は続かない。
   峠の空気を感じ足りないのか、興奮した気持ちを静めたいのか、FCの横に立ったままだ。
   もう車体に寄りかかってなどいない。しっかりと自分の足で立っていた。
  「おい」
  「───」
   涼介が何度声をかけても、啓介は返事をしなかった。
   しばらくして不意に涼介の声が途切れた。怒らせたのかと啓介は思ったのだが───。
  「……啓介?」
   その言葉に───今度は啓介が驚いた。
   振り向いてFCの運転席を見れば、涼介も啓介を見ていた。真っ直ぐに視線が交わった。
   初めて、名前を呼ばれた。
   こんな風に呼ばれていたのかと思った───。
 


やっと和解?への足掛かり〜(^^;)
14ではもっと話を進めたいです。あくまで希望ではありますが(^^;)