ニ分割兄弟綺談・14



   赤城での一件からどうなる事かと史浩は心配していたのだが、以外にも高橋家には平穏な日常が戻って
  きた。
   ずっとお互いを避けていた涼介と啓介であったが、ぎこちないながらも話をし、食事も一緒にとるよう
  になった。もちろん史浩を交えての三人でだが、以前はそれもなかったのだから大変な変化だった。
   共通の話題は車だった。記憶をなくしてもさすがは走り屋というべきか、車に対する情熱が図らずも二
  人の関係を円滑にさせる役割を果たしていた。
   史浩が大学から高橋家へ戻ると、二人がガレージで一緒に車をいじっている事さえあった。
   兄弟二人の関係が良好になってきたのは喜ばしい。けれどそうなったらそうなったで、史浩には別の不
  安があった。
   あんまり仲良くなられて、また昔みたいな関係になられたら───という心配だった。
   せっかくそれを忘れているのだ。ぜひともこのまま二人にはまっとうな道を歩んでもらいたい。それが
  友人としての、史浩の切なる願いだった。
   しかし史浩のそんな心配を余所に、二人はごく普通に過ごしていた。
   その様子にそんな心配は杞憂かと、とりあえず史浩も安心した。
   安心していたのだが───……。


  「教えろよ」
  「……───何をだ?」
  「とぼけんな。さっさと吐け」
   大学から帰ってきた史浩は、高橋家のリビングで啓介に捕まった。
   涼介はまだ帰ってきてはいない。家政婦ももう帰宅して、家には啓介と史浩の二人きりだった。
   啓介の表情はマジだった。そんな啓介に詰め寄られて史浩は焦った。
   しかし表面上はおくびにも出さず、史浩は落ち着いた口調で啓介と向き合った。
  「だから、いったい何の話だ?」
  「俺とあいつの事だよ!」
   あくまでとぼける史浩に焦れて、啓介は叫んだ。
   やっぱり気づいていたのかと史浩は眩暈を感じたが、あくまでとぼけ続けようと決めていた。
   それが何より二人のためなのだから───。
  「お前と涼介がどうした。またケンカでもしたのか?」
  「違うよ! ……俺たちがどーゆー仲だったか、お前知ってんだろ?」
  「どういう仲って……兄弟だろう、お前たちは」
  「ただの兄弟じゃねーだろ」
   啓介はそう言って史浩の眼前に自分のケータイを突き出した。
  「この中に証拠が残ってた。俺があいつに送ったメールとかあいつからのメールで、そーゆー仲だったっ
  てあったぜ。お前だけは知ってるって事もな」
   実は啓介の言葉は半分はハッタリだった。啓介自身、いまだに確証を得た訳ではなかった。
   けれど、涼介と話すようになって───たぶんそうなのだろうと思った。昔の自分はこの人の事を好き
  だったのだろうと、直感でそう思った。
   自分と同じく過去を忘れてしまった涼介には聞けない。聞いても答えは得られない。
   けれど史浩なら、こいつなら知っていると思ったのだ。
   啓介に問い詰められて、史浩は嫌ぁな顔をした。
   まさかケータイの中にそんなメールが残っているとは夢にも思っていなかった。事故の後のどさくさに
  紛れて、隠していたらよかったのだろうか。
   しかし今さら何をどう後悔しても何にもなりはしない。
   苦虫を噛み潰したような表情で、史浩は深い深いため息をついた。
   そんな史浩の態度に、啓介はやっぱり、と確信した。やっぱりそーゆう関係だったのだ。
   ショックを感じながらも、それでも啓介はそれを受け止めた。
   ずっと疑っていた事であったから、ショックはショックだが僅かにすっきりした気分もあった。
  「……それで?」
  「?」
  「……お前と涼介があらぬ仲だったとしたら、お前はそれを聞いてどうするつもりなんだ?」
  「どうって───」
   逆に史浩に聞き返されて、啓介は動揺した。
   問われた事を自分の胸に問う。それを聞いてどうしようかなんて、何も考えてはいなかった。
  「……どーもしねーよ」
  「じゃあ何でそんな事にこだわる?」
  「それは───」
   気になるからだ。
   別に、啓介だってまた涼介とどうにかなりたいと思っている訳ではない。
   涼介の事だって大っ嫌いだったのが、そうでなくなってきたというだけで、別に好きとか言うわけでは
  ない。……ないと思う、たぶん。
   けれど自分たちの関係はどんなものだったのか。
   ただの兄弟であるならそれに越した事はなかったが、付きあっていたのなら……それはどういうものだっ
  たのか。兄弟で信じられないが、もしも身体の関係まであったのだとしたら───。
   しかし、聞きづらい。腹をくくった筈なのに、さすがの啓介もやはり聞きづらかった。
   口ごもる啓介に、史浩は疑惑の眼差しを向けた。
  「お前、まさか涼介の事を今でもそーゆー目で見てるのか……」
  「見てるかっ!!」
   見てないと思う。そりゃあ、男にしとくには惜しいくらいの美形だと思った事はあったが。
  「だから、そうじゃなくて───」
   意を決して、啓介は口を開いた。
  「…………俺とあいつってさ、どっちが抱いてたんだよ?」
  「!!」
   平たく言えばどっちがヤってたのか、ヤられてたのか。
   それだけがどうしてもどうしても気になって仕方がなかった。
   赤面しながら啓介に聞かれて、しかし聞かれた史浩の方も赤面した。まさかそんな事を聞かれるとは夢
  にも思っていなかった。
  「そんな事を気にするな!」
  「気になるだろ!!」
   仮に相思相愛だったとしても、やっぱり啓介も男だし、男にヤられるのは遠慮したい。
   だったらヤってるならいいのかといえば───なかなか究極の選択だった。
  「だって男としたらやっぱ気になるだろ!? でも俺もあいつも記憶ないし、まさか親にも聞けねーし、
  だったら史浩に聞くしかないだろ」
  「聞くなっ!! お前と涼介の濡れ事まで俺が知るかっ!!」
  「だってお前にだったら何でも話してそうだし」
   それは確かにそうだった。涼介はともかく啓介にあれこれと聞かされて、史浩は何度うんざりした事か。
   それに二人の会話───主に啓介の発言から、どちらがどうなのか薄々史浩は察していた。
   でもだからって、口にできる事とできない事があった。
   黙り込む史浩に、啓介は頼み込んだ。
  「それだけ教えてくれよ。そしたらもう何も聞かねえからさ。俺があいつヤッてたのか、それともあいつ
  が俺を───」
   と、啓介の言葉尻に重なって、バサッという音がした。
   その音はリビングの扉の向こう側から聞こえてきた。
   啓介と史浩は顔を見あわせた。
   もしかして今、とんでもない事態が起こっているのではないだろうか───。
   啓介が扉を指さしたが、史浩は青くなって顔を横に振った。仕方なく啓介がそろそろと扉に近づいた。
   そっとドアを開けると───そこにはここにはいない筈の人物が立っていた。
   立っていたその人は顔色が良くなかった。何よりそれはそれは険悪な表情をしていた。
   切れ長の目は鋭い光を宿し、啓介と史浩を見つめていた。
  「やべ……」
  「りょ……涼介」
   啓介と史浩は熱くなって言い争うあまり、FCのエンジン音も涼介の帰ってきた音も耳に入っていなかっ
  た。
   冷たく───重い沈黙がリビングを支配した。
   そんな中、最初に動いたのは涼介だった。
   その足元には涼介が手にしていたらしい本が一冊落ちていた。
   身を屈め、それを拾いながら───涼介が口を開いた。
  「……何、だって?」
   本を手にして、それからリビングに踏み込む。しかし啓介も史浩も、蛇に睨まれた蛙のように、その場
  から一歩も動けなかった。
   そんな二人に、涼介は改めて問いかけた。
  「誰と、誰が、…………何だって?」

   


あ〜、ようやくここまでたどり着きました。やれやれって気分です(^^;)
15では涼介さま側から話を進めたいです。やれやれ…(^^;)