ニ分割兄弟綺談・18



   帰宅した涼介は真っ直ぐ自分の部屋へと向かった。
   リビングには史浩たちがいたが、挨拶をしただけで涼介は足も止めなかった。
   二階の自室に入ると同時にドアの鍵を閉める。
  「おい!」
   涼介がパソコンの前の椅子に座ると同時に、部屋の外から涼介を呼ぶ声がした。
  「出てこいよ! 話があるんだよ!」
   ……啓介の声だ。
   涼介はその声に応えなかった。
   するとドンドンとドアを叩かれたが、それをも涼介は無視した。
   このところずっと無視していた。腹が立ったからだ。
   ようやく少しは兄弟らしく過ごせるようになったと思っていたのに、あろう事か自分たちがつきあって
  いたなどと言い出したからだ。
   過去に何があったのかは知らない───覚えていない。記憶は相変わらず戻る気配がなかった。
   涼介は、そうは言われても兄弟でそんな事はなかっただろうと思っていた。
   もしも百歩譲ってそうだったとしても、過去は過去だ。現在とは関係ない。
   けれど過去はともかくとして、啓介にそんな目で見られていたのはショックだった。顔も見たくなかっ
  た。だから無視していた。
   しばらくそうしていると、ドアを叩く音がやんだ。
   どうやらあきらめたらしい。
   涼介は安堵のため息をついた。いくら鍵をかけているとはいえ、騒がしいのは好きじゃない。
   ───と、ホッとしたのも束の間、ケータイが鳴った。
   メールの着信音だった。
   ケータイを開いて見ると、それはなんと啓介からのメールだった。涼介は困惑した。
   読むべきか、それとも読まずに削除するべきか───。
   しばらく迷った末に、涼介はそのメールを開いた。削除するなら読んでからでもいいだろうと思ったか
  らだ。
   何を言ってきたかと思いきや、送られてきたメールはたった一言。
  『逃げるなよ』
   ───それを目にした瞬間、涼介は席を立っていた。


   勢いよく開けたドアの前には、啓介が頭を押さえて座り込んでいた。
  「何すんだよ!?」
   振り向いた啓介は怒っていた。
   ドアが開いた事を喜ぶよりも、頭をぶつけられた怒りの方が大きいらしかった。
   けれどそんな怒鳴り声にも涼介は怯まなかった。
  「何の用だ?」
  「何の用じゃねえ!」
   そんな涼介の前に、啓介は立ち塞がった。
  「何でそんなに俺の事避けるんだよっ!」
  「顔を見たくないからだ」
   きっぱりと言い切られて、さすがの啓介も一瞬怯んだ。
  「な、なんでだよ……」
  「…………」
   涼介は答えない。けれど鋭い視線を真っ直ぐに啓介に向けていた。
   負けじと啓介もそれから視線を逸らさなかった。
  「何でだって聞いてんだよ! 俺が何かしたかよ!!」
  「……腹が立ったからだ」
  「ああ?」
  「ろくな根拠もないのに妙なことを言い出して、妙な目で俺を見てたかと思うと、腹が立って仕方がない
  からだ」
   涼介の声は冷たい。たぶん心底怒っているせいだろう。
   しかしその涼介のあまりの言い様に、一瞬で啓介の頭に血が上った。
  「被害者ぶるなよ」
  「なに?」
  「一人で被害者ぶるなって言ってんだよ!」
   涼介は眉を顰めた。啓介が何を言いたいのか把握しかねていた。
   訝しむ涼介に向かって、啓介は言葉を続けた。
  「だいたい俺たちが付きあってたのだってなあ、別に俺が無理強いした訳じゃねーだろ!!」
  「何でそう言い切れるんだ?」
  「あんたが俺に無理やり色々されて、おとなしく従うタマかよ!?」
   ………………確かに。
   兄弟でそんな関係になる事自体考えにくいが、そうだと仮定して涼介は考えた。
   体格にもそう大きな差はないし、仮に押し倒すか押し倒されるかしても、無理やり───というのはか
  なり大変な行為だろう。そしてそれを継続的に行うには、かなりの労力が必要だ。
   大体、強制的にそんな関係や行為に及ばれて、おとなしく従う事など思考の範囲外だった。
   何より弟である啓介よりも、兄である涼介の方がどう考えても立場が強い。
   そこまで考えて、ますます涼介はわからなくなった。
  「……じゃあ何だって言うんだ」
  「好きだったからだろ!!」
   ますます困惑した涼介に、啓介は言った。
  「お互い好きだったから、兄弟でもそうなったんだろ!」
  「そうなのか……?」
  「当たり前だろ!」
   言われて涼介は目の前の啓介を見つめた。


   好き?
   俺は、こいつを好きだったのだろうか……?


ちょっと短めですけど今回はここまで。
次回こそは少しは兄弟イチャイチャ?を……(^^;)