ニ分割兄弟綺談・19
涼介と啓介は向き合ったまま、廊下に立ち尽くしてしまった。
「そう……なのか───?」
「あんたも疑い深い奴だな」
啓介の言葉に、それでも納得していない風の涼介だった。だから啓介は繰り返した。
「両想いだったんだよ、俺たち。でなきゃそんな関係になる訳ねぇよ」
啓介も思い出せた訳ではない。けれどきっとこの人が好きだったのだと、それだけは確信していた。
正直いって今、涼介に対する感情が何なのかよくわからないけれど───。
でも無視されると辛くて痛いから、きっと嫌いじゃないんだと思う。
「…………そうだ!」
それをはっきりさせるためにも、啓介はある事を思いついた。
「そんなに言うなら試してみようぜ」
「何をだ?」
「俺と前みたいにやって───」
ボスッ。
啓介が言いかけたのと同時に、涼介の拳が腹に一発入った。
「てっ!!」
「ふざけるな!!」
咳き込む啓介を残して、涼介は踵を返し再び部屋に籠もろうとした。
ドアを閉めようとする涼介の手を、咄嗟に啓介は掴んだ。
途端に涼介の鋭い視線が浴びせられた。
「離せ」
「嫌だ」
涼介に睨まれても、啓介は掴んだ手を離さなかった。
「ふざけてなんかねぇよ。マジだって」
「なんでお前と俺がそんな事をしなきゃならないんだ」
「それでどう感じるかで、少しはなんかわかるかもしれねーだろ」
「──────」
きっと昔はしていた事なのだ。
今はどう感じるのか、それがわかればきっとお互い気持ちがハッキリするだろう。
「どうする?」
「──────……」
「……どうする?」
「………………キスだけだぞ」
長い長い逡巡の末に───涼介も啓介の提案を承諾した。
しかし同意したといっても、いざ見つめあうとどうにも居心地が悪かった。
「それ以上はしないからな」
「ちょっとは黙れよ!」
そして、色っぽい雰囲気とは程遠いまま二人はキスをした。
啓介の唇は涼介に一瞬だけ触れ、驚いた様に離れて───また重なってきた。
こんな風に触れあった記憶などない。けれど涼介はそれを懐かしいと感じた。
確かに覚えがある気がした。それとも気のせいだろうか……?
「……!」
しかし涼介のそんな考えも途中で打ち切られた。啓介のせいだった。
涼介は啓介の身体を押しやったが、啓介の腕は涼介の身体にしっかりとまわされ、離れなかった。
仕方なく、啓介の足を思いっきり踏んだ。
「いってえ!!」
その痛みに、さすがの啓介も唇を離した。
「い……い加減にしろ!」
僅かに荒い息のまま、涼介が苦情を訴えた。
「舌まで入れるな!」
「ゴメン、つい───」
そこまでする気は啓介もなかったのだが、触れたら止まらなくなった。そうしたら自然としてしまった
のだ。
脱力したように啓介は涼介に身体を預け、涼介はそれにゆるく腕をまわして支えた。
「やべ……」
「?」
「俺、ヤバいかも」
涼介の顔に顔を埋めたまま、啓介はつぶやいた。
「なに?」
話が見えなくて涼介は啓介の顔を覗き込んだ。
熱でもあるのか、啓介はほのかに赤くなっていた。どこか苦しいのか、縋り付くように涼介に抱きつい
てきた。
「……俺、大丈夫かもしれねぇ」
「何が大丈───……!」
言いかけて、涼介も気づいた。
抱きしめられて触れた啓介の身体は、熱くなっていた。
何しろ記憶を失ってから今日まで、禁欲生活を続けていたのだ。
しかし涼介の顔からは啓介とは逆に血の気が引いた。
「そこまでつきあえるかっ!!」
「ちょ、ちょっと待てよっ!」
涼介は今度こそ啓介から離れようとした。このままじゃとんでもない事態になりかねない。
キスして嫌悪感を感じなかったからといって、そこまで一足飛びには考えられなかった。
何とか史浩の居る一階に行こうと、目の前の啓介を押し退けた。
しかし啓介は啓介で、涼介から離れたくなかった。もう少しだけでいいから触れていたかった。
逃すまいとする啓介と逃れようとする涼介の間で、諍いが起こった。
取っ組み合いとまではいかないが、はたから見たらケンカの一歩手前といった風だ。
二人の位置はジリジリと、廊下から階段へと近づいていた───。
「……お前ら、何してんだ?」
と、階段下から突然声が聞こえた。史浩だった。
物音を聞きつけて、心配になって二人の様子を伺いに来たのだ。
思いがけない声に驚いて、啓介は涼介の身体にまわしていた腕を離した。しかし涼介と啓介がもみあっ
ていたのは階段の途中だった。
啓介から離れようとしていた涼介だったが、急に手を離された反動で階段上から落ちかけた。
「うわ!」
「おいっ……!」
咄嗟に啓介は腕を伸ばした。
「涼介! ……啓介っ!!」
史浩の悲痛な叫びが響いたが、二人の耳には届かなかった───。
イチャイチャといっていいものかどうか。
私なりにはがんばったんですけど〜(^^;)