ニ分割兄弟綺談・6
翌日、高橋家は穏やかな朝を迎えていた。
キッチンでは史浩が、トーストとハムエッグと簡単なサラダを作っていた。
通いの家政婦はまだやって来る時間ではなく、兄弟二人はキッチンに立つ様子もなく、なんとなく史浩
が作る羽目になってしまっていた。
涼介と啓介はというと、四人掛けのテーブルセットにそれぞれ座っていた。しかし向かいに座るでもな
く隣に座るでもなく───一番遠い斜め向かいに座っていた。
以前は正面に向かい合って座っていたのに、それを知る史浩には妙な光景だった。
そうこうするうちに朝食は出来上がり、史浩はテーブルの上にそれらを並べた。
「涼介、出来たぞ」
「ああ。ありがとう」
けれど涼介は出された朝食にすぐには手をつけず、新聞を読むのに熱心だった。
「啓介」
「サンキュー」
こちらは空腹だったのか、旺盛な食欲で早速トーストにかぶりつき始めた。
それを横目で眺めながら、史浩は食後用のコーヒーを淹れていた。
何で俺は人の家でコーヒーなんぞ淹れているのか? ……今に始まった事ではないが、寝不足な頭でそ
う思う史浩だった。
史浩がコーヒーを淹れ終わり席についた時、啓介はちょうど食事を終えたところだった。
「あ−あ。今日も掃除かよ〜」
心底ウンザリした口調で啓介はつぶやいた。
「言っておくけどな。そうぼやきたいのは俺だぞ。自分の部屋を自分で片づけるのは同然だろ」
「そうだけどさ……」
史浩に言われて、啓介は納得しつつも口を尖らせていた。渋々といった様子でコーヒーに口をつけた。
「涼介は今日はどうする?」
史浩は涼介に話をふった。兄弟二人、お互いに会話をしようという様子がないからだった。
涼介はようやく新聞を置いて、食事に取りかかるところだった。
「俺はやる事があって忙しい。手伝ってる暇はない」
その言葉に、啓介はわずかに表情を強張らせた。
もともと啓介は喜怒哀楽がすぐ顔に出る質だ。史浩には啓介の、「あんたなんかに期待してねーよ」と
いう内心の声が聞こえるようだった。
けれど啓介は涼介に突っかかっていく事もなく、表面上は涼介を無視していた。
「じゃあ、先に始めてるから。史浩も早く来てくれよ」
「お、おう……」
啓介は言いたい事だけ言って、さっさと二階の自分の部屋へ上がっていってしまった。
涼介はそれを気にする風もなく、黙々と食事を続けていた。
キッチンのテーブルの上には食器がそのまま残された。
後片付けも俺の仕事なのか……。まるで専業主婦のように、どことなく悲しく思う史浩だった。
そんな史浩の耳に、不意に涼介のつぶやきが届いた。
「……よく付き合っていられるな」
「え?」
史浩は顔を上げて隣の涼介を見た。
涼介は史浩を見ようとはせず、トーストを一口かじっていた。
「啓介の事か」
「…………」
涼介からの返事はなかった。史浩は涼介から答えを引き出す事を諦め、仕方なく涼介の疑問に答えた。
「だって放っておけないだろ。あいつも大変なんだし。手伝える事があったら手伝いたいじゃないか」
そうでなければこんな、高橋家に泊り込みなどしていない。
そう話す史浩を、涼介はやけに真剣な眼差しで見つめていた。そしてようやく口を開いたのだが、それ
は史浩をちょっと驚かせるものだった。
「お前の方がよっぽど兄弟らしいよ」
「おい、涼介」
何を言ってるんだと、史浩は驚いた。
しかし涼介の口調は静かに語りかけるようで───明らかに本気だった。
「一つ聞きたいんだが」
「何だ?」
「父さんや母さん、もちろんお前にもそう言われたが……俺とあいつは仲がよかったのか」
「ああ、そうだぜ」
それこそ普通の兄弟では考えられないほどの仲だった───とはさすがに言えなかったが、史浩は頷い
た。
しかしそう言われても、涼介は納得できないようだった。史浩に向けていた視線をスッと外した。
あまり感情を面に出さない涼介の、その眉間がわずかだけれど曇っていた。それで史浩は気づいた。
高橋クリニックの病室に二人でいた頃から、涼介は居心地が悪そうだった。啓介と別部屋になる事を望
んでいた。退院がこれほど早まったのも、涼介のたっての申し出だったからだ。
そして先程の朝食の時。
涼介と啓介は互いに近づかず、一言も話そうともしなかった。
そこで史浩はある結論にたどり着いた。
まさかとは思ったが昨日の啓介の発言もある。それを確認すべく、恐る恐る口を開いた。
「……お前もしかして、啓介が……嫌いなのか?」
「──────」
史浩の言葉にも、涼介はしばらく無反応だった。けれど食事をする手を止め、それからゆっくりと史浩
を見た。
「……嫌いっていうか、よく分からない。あいつの事は」
それは史浩にとって、耳を疑うような言葉だった。
「俺とはタイプも違うみたいだし、なんだか苦手だ。何を話せばいいか分からないしな」
「そんなの考えなくたっていいじゃないか。自然にしていれば」
「話したいとも思わないし」
「りょ、涼介……?」
啓介だけでなく涼介からもそんな事を言われて、史浩の頭はパニックだった。
これは本当に、あの涼介の言葉なのだろうか。
確かに彼らの関係は一見啓介から行動を起こすのが主であったが、だからといって啓介からだけの一
方的なものではなかったのだ。
本当に本気で嫌なら、涼介はそんな事を許す性格ではない事を史浩は知っていた。
考えるのも恥ずかしいが、確かに両想いだったのだ。
しかし史浩の動揺を余所に、涼介は淡々と言葉を続けた。
「兄弟だからって、昔そうだったからって……無理して仲良くする事もないだろ」
それは史浩に聞かせるというよりも、自分に言い聞かせるような口調だった。
食後のコーヒーを飲み干すと、涼介は席を立った。
「美味かった、史浩。ありがとな」
「お、おう……」
そして涼介はキッチンを後にした。言いたい事を言って気が楽になったのか、その足取りは妙に軽やか
だった。
後には一人、史浩と───そして三人分の食器だけが取り残された。史浩の皿の上にはまだトーストが
半分残っていたが、すでに食欲はどこかへ消え去っていた。
しばらく史浩は呆然としていたが、習慣で自然と身体が動いた。食器を重ね流し台に持っていき、史浩
はジャブジャブと皿洗いを始めた。高橋家の流し台の横には自動食器洗い機が据えつけられていたが、な
ぜだかそうしたい気分だった。
一枚一枚、皿を洗っていくうちに、混乱していた史浩の思考回路も少しずつ落ちついてきた。
昨日の晩からずっと考えていた事だった。
どちらか片方の気持ちだけならともかくも、二人ともそういう気なら話は早い。お互い苦手に思ってい
るのならいっその事このまま、あまり仲の良くない兄弟でいてもらってうのもいいのではないか。
いや、これは千載一遇のチャンスだった。
いつか二人が記憶を取り戻し、ただの兄弟に戻っている事を驚くかもしれない。史浩を恨むかも知れな
い。しかし、それが世のため人のためだ。
何より本人たちのため、高橋家の未来───以前のままでは絶対生まれないだろう子孫のためにも、
史浩の決意は固まった。
「すまん、涼介、啓介……。お前たちのためなんだ───!」
恋人同士だった事は知らせずに、ただの兄弟に戻ってもらう事を史浩は決意した。
史浩ってば余計な事を…(^^;)
ちなみに私、原作でも二度ほど、そう思った事があります〜(ーー;)
どこかというと、それは……あそこですよ、あそこ(^^;)
うええぇ〜ん(><)
2003年こそは兄弟ツーショをたくさん見たいなあ…(^^)