ジョミーの思念体を作る訓練は日々上達していた。
   ヒルマンに止められていたから誰にも話しはしなかったけれど、数日でシャングリラ船内を誰にも気づ
  かれずに歩き回れるほどになっていた。
   元々ジョミーのサイオン能力は強大だ。ちょっとしたコツさえ掴めば、春の若芽のようにぐんぐんと力
  を伸ばしていく。
   その日の訓練を終えたジョミーは、今日も真っ直ぐ自室へと戻った。
   戻った部屋は静まり返って、ジョミーを待っていた。
   ジョミーの肩に乗っていたナキネズミがぴょんと飛び下り、一足先に部屋へと足を踏み入れた。
   青の間に寄っていた時は、こんな味気ない気持ちを感じた事はなかったのに。
  「……やってみるか」
   ジョミーはため息をつきながらそうつぶやくと、部屋に入り乱暴にベッドの上に腰掛けた。
   ナキネズミが訝しげに隣にやってきたが、構わずにジョミーは瞼を閉じた。
   呼吸を静め、意識を集中させていく。
   そして、しばらく訪れていなかったその部屋へと思念体を飛ばした───。


   青の間はジョミーの記憶にある通り、相変わらず静寂に包まれていた。
   けれど、そこに居るのは主のブルー一人ではなかった。
  『……差し出た事を言って申し訳ありません、ソルジャー・ブルー』
  「……いや、構わない。続けてくれ」
   ブルーが横たわるベッドの傍らには、リオがいた。     テレパシー
   ブルーに促されたリオは、気まずそうな顔をしながらも、思念波で話を続けた。
  『ジョミーとちゃんと話をしてもらえないでしょうか』
  「心外だな」
   ブルーは紅い瞳でリオを見つめ、肉声でこそ話しているが、ベッドから身体を起こしていない。
   体調が悪いのかとも思ったが、最後に会った時からそう変わりはないようだった。
   ベッドに臥せった姿はそれでも、相変わらず美しい。
   真紅の瞳を彩る長い睫毛も、白皙の肌も、銀の髪も、細い身体も───ブルーを形作るすべてが美しい
  と感じられた。
  「ジョミーがそう言ったのかい?」
  『いいえ、そうではありませんが───』
   そのブルーを前にしても、リオは臆せずに話を続けた。きっとリオはジョミーのようにブルーを意識し
  た事はないのだろう。
   護衛のような役目もしているし、きっと長い付き合いがあるのだと、ジョミーにはそれが少し羨ましかっ
  た。
  『どうか誤魔化さずに、ソルジャーのお気持ちをジョミーに話していただきたいのです』
  「…………」
   リオの言葉に、ブルーは珍しく押し黙った。
   言葉をなくすというよりも、何事か考え込んでいる風だった。
  『私は別に、ジョミーの気持ちに無理に応えて下さいと言っている訳ではないのです』
   瞳を閉じて沈黙したブルーに、リオは真摯に話し続けた。
   どうにかしてジョミーの力になりたいと思っていたからだ。
   それがもしかして辛い結果を招くかもしれないけれども、今の中途半端なままよりはよほどいいのでは
  ないかとリオは思っていた。
  『ジョミーにはジョミーの想いがあるように、ソルジャーにはソルジャーのお気持ちがある。それに相違
  があっても、それは仕方のない───ある意味では当たり前の事だと思っています』
   人はそれぞれ一人だ。どんなに想っても、例えお互いに想いあっていたとしても、それが100%同じ
  である事などあり得ない。
  『ソルジャーがジョミーの気持ちに応えられなくても、ジョミーはそれですべてを放り出すような者では
  ありません』
  「そうだな……。それは僕もよく知っている」
   ジョミーを選んだのは他ならぬ自分なのだからと、微笑むブルーはどこか幸せそうでもあった。
  『でしたら何故?』
   そんな表情を見せられると、リオはますますブルーの気持ちを図りかねた。
  『今まで、ソルジャーはどんな事にも答えを出してきたではないですか』
   それがどんなに辛い状況でも、ブルーは常に決断を下していた。
   けれどジョミーに対するブルーの態度は、リオが今まで知っていたブルーの姿とは違っていた。
  『お願いです、ソルジャー。中途半端に答えを濁して、ジョミーを苦しめるのはだけはやめて下さい』
  「…………」
   ブルーは再び沈黙した。
   リオも今度は無言で、ブルーの言葉を待った。
   長いこと押し黙り───どれだけの時間が過ぎたのか。ブルーはようやく閉じていた瞳を開いた。
  「……いつか───」
   ブルーの紅い瞳はリオではなく、青の間の天井に向けられていた。
   言葉もどこか独り言めいていたが、それは確かにブルーの答えだった。
  「いつかきっと、ジョミーは僕を憎むようになる」
    テ ラ 
   地球への道は遠く───厳しく、険しい。
   ブルーが辿ってきた道とは別の道が、ジョミーの前にはあるだろう。
   けれど地球を目指す以上、その道は困難を極めるに違いない。
   傷つき血を流し、大切な者たちを失って涙する事もあるだろう。
   そんな目にあった時に、自分をその道へと導いた者を恨まずにいられるだろうか。
  「愛した者を憎むのは辛い事だ」
  『ソルジャー、ジョミーはそんな───』
   予想もしなかったブルーの言葉に驚いたリオは、すぐにそれを否定しようとした───その瞬間。
  「!!」
  『!?』
   生木を引き裂くような音とともに、青の間に衝撃が走った。
   惑星アルテメシアの上空に浮かぶシャングリラ船内ではあり得ない事だが、まるで地震のように部屋全
  体が振動し、壁に幾筋かの亀裂が走った。
   しかしそれも一瞬のことで、すぐに衝撃は収まった。
   青の間に再び、静寂が訪れた───。
   青の間のほぼ床一面に満たされた水だけが、衝撃の名残を伝えるようにゆらゆらと揺らめいていた。
  『今の衝撃は、いったい……』
   状況を把握できないリオは、ブルーの横で僅かに身体を緊張させていた。
   ブルーは瞳を閉じ、思念を集中させていた。
   しばらく青の間の周囲を探査したブルーは、その場に残るサイオンと残留思念に気がついた。
  「──────ジョミー……?」
   ブルーが感じたその名前を呼んだ。
   けれどそれに応える声も、それをジョミーが耳にする事もなかった───。








久しぶりにブルーが書けて嬉しいんですが、自分の文章力のなさが情けない〜(−−)
ブルーの美しさを表現するための最大限の賛辞を!と思うのですが、語彙が足りませんね。
    
ろくろくび
次回は轆轤首ジョミーです(^^;)


2007.08.27





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