慟哭・3 〜幻〜



   ソルジャー・シン率いるミュウたちは、惑星アルテメシアを制圧した。
   人類統合軍の抵抗はシャングリラがアルテメシアの成層圏に突入する前こそは激しかったが、制宙権を
  ミュウに奪われた後は無抵抗ともいっていい状況だった。
   アルテメシアの人間たちは、惑星に配備した戦力のほぼ全てを注ぎ込んでいるというのに、ミュウ側は
  たった7人しか戦っていない。
   ソルジャー・シンに匹敵するほどの強大な力を持つ、タイプ・ブルーの子供たち。
   その圧倒的な戦闘力の差に、人間たちは驚愕し───そして絶望した。


   アルテメシアの育英都市の一つ、アタラクシアに降り立ったソルジャー・シンたちを待っていたのは、意外
  にもいつも通りの生活を続ける一般市民と、ソルジャー・シンの幼馴染みのスウェナという女性だった。
   今はジャーナリストになっていた彼女は、真実を探していた。
   S・D体制の真実の姿を───。
   彼女の口から、国家騎士団のメンバーズエリート、キース・アニアンがサムの親友だと知った。
   そしてミュウが発した12年前の精神波攻撃にて、教育ステーションの多くの生徒達が精神汚染を受け、
  処分されたと聞かされた。
   正しくはそれは攻撃ではなくメッセージだった。
    テ ラ
   地球への道を、人間たちとの共存を願った年若きミュウの長からの───。
   けれど今更それを話しても何もならない。例え懺悔したとしても、処分された者たちの命が戻るわけでは
  ない。
   スウェナはソルジャー・シンを、かつて育ててくれた養父母に会わせようとしていた。
                   ガード
   口に出されずとも、思考を防壁する術を持たない人間の思考など、耳元で叫ばれているのと同じだ。
   けれどソルジャー・シンは会わなかった。
   今更会ってどうするというのか。
   あなた方が愛しんで育ててくれた子供は、今はミュウの長になり、人間の敵になったのだと知らせてどう
  なるのか。
   その間も、生き残った一部人間側の守備隊が抵抗を続けていたが、ソルジャー・シンはすべて殲滅させ
  た。

                                                                
   惑星アタラクシアを制圧し、ユニヴァーサル・コンピュータにアクセスしても、最重要機密事項である地球
  の座標にはプロテクトがかかったまま、その解除は困難だった。
   ユニヴァーサル・コンピュータを支配しているのは、テラズ・ナンバー5だ。
   地球の座標を手に入れるため、ソルジャー・シンはリオとトォニィを連れて、テラズ・ナンバー5の元へ向
  かった。その場所には心当たりがあった。
   アタラクシアの一般市民は、ミュウの存在におびえつつもいつもと変わらぬ日常を送っていた。
       プレイランド
   しかし遊園地にはさすがに人の気配はなく、廃墟のように静まりかえっていた。
   遊園地の遊戯施設の一つ、アンダー・グラウンド・コースター。
   一緒に行くというトォニィを置いて、ソルジャー・シンは一人その地下深くへと足を進めた。
   14歳になったあの日───ミュウとして生まれた場所へ。

                                         テレパシー
   岩肌の剥き出したコースターの通路に立った一瞬、何者かの思念波が触れてきた。
   敵意に満ちたそれに構わず、歩みを進める。 通路は灯りもなく暗闇に沈んだままだったが、サイオンを
  使えば歩くのに何の障りもない。
   けれどテラズ・ナンバー5が易々とそれを許す筈もない。
   ほどなくして目の前に立ち塞がった者があった。
  「ジョミー・マーキス・シン……」
   その姿を目にした瞬間、確かにジョミーの胸の鼓動が高まった。
   ジョミーを呼ぶ、懐かしい柔らかな声。
   凛として立つ姿。銀糸の髪、秀麗な顔立ち、そして何より印象的な紅い瞳。
   それはブルーの幻影だった。
   テラズ・ナンバー5が作り出した───ジョミーの記憶通りに、彼そのままの姿で作り出された幻。
   けれどその幻は、本当の彼だったら決して口にしない非情な言葉を繰り返すだけだった。
  「秩序を乱す者は排除される。ジョミー・マーキス・シン、戻りたまえ」
  「ブルーの姿を借りれば、僕がたじろぐとでも思っているのか……」
   幻の前に立ち、それを消し去ろうとして───ジョミーの手が一瞬、その幻に伸ばされた。  
   それでも、それさえもジョミーの心をどれほど揺さぶるのか。
   幻さえも愛おしい。
   けれどミュウの排除を謳う幻は、ジョミーが触れる前に衝撃波でジョミーを弾き飛ばした。
  「っ!」
  「不適格者は排除される。ジョミー・マーキス・シン、戻るんだ」
   幻はジョミーに、ためらうことなく続けざまに衝撃波を浴びせかけてきた。
   それをすべてその身に受けながら、ジョミーは本物のブルーを想った。
   そう、これは彼ではないのだ。
   決して彼ではない。本物の彼は、もういない。
  「ブルーは死んだんだ。僕たちのために、命をかけて───!!」
   ジョミーの身体を青いサイオンが包んだ。
   今までどれほど大勢のミュウと、そして人間の屍を越えてきたのか。
   だからこそ前に進むしかない。
  「本物のブルーの力はそんなものじゃない!!」
   叫びとともにジョミーは、ブルーの幻をサイオンで消滅させた。
   その力の爆発で、通路の一部も崩れ落ちた。
   ───そして、更に奥に進んだジョミーは、テラズ・ナンバー5も破壊した。
   衝撃波を受けながら、テラズ・ナンバー5の作り出す電磁バリヤに焼かれながら、ジョミーは想った。
   彼の最後はどんなものだったのか。
   少しでも安らかに逝けたのか。
   けれどジョミーにもうそれを知る術はない。
   消え去るブルーの幻だけは、涙に歪んだ視界の中で、よく見えなかった。


   育英都市アタラクシアの美しい夕焼け。
   テラズ・ナンバー5を破壊し、ユニヴァーサル・コンピュータのプロテクトを解除したミュウたちはついに地
  球の座標を手に入れた。
   切望していたそれを手に入れたというのに、しかしソルジャー・シンに喜びの色は少なかった。
   むしろその心は泣いていた。……叫んでいた。
   トォニィやリオにもその心は固く閉ざされていたが、側にいればそれでも察せられるものがある。
   夕日に赤く染まったジョミーの後ろ姿を見つめながら、トォニィはその緋色のマントと同じ色の瞳を持った
  人を思い出していた。
   トォニィの記憶の中に、先代のソルジャーであるブルーの思い出は少ない。
   けれど微かに覚えている。
   あのメンバーズの人間からトォニィを助けてくれた優しい手。
   そして同胞たちを救おうと、メギドシステムを破壊しに行く別れ際に、トォニィたちを愛しげに見つめてくれ
  た紅い瞳───その横顔。
   その彼を失ったジョミーの心の痛み。
   それを感じるトォニィは思う。
   彼は、死ぬべきではなかった。
   どんな理由があろうとも、それが同胞を守るためであろうとも、少なくとも一人で死地に向かうべきではな
  かった。
   これほどまでにジョミーを悲しませるのなら───。


   惑星アルテメシアを離れたシャングリラは、次いで首都惑星ノアを制圧した。
   キースは連合艦隊を率い、地球を目指すミュウたちを殲滅するために、地球のあるソル太陽系に最終防
  衛ラインをしいた。
   その激しい戦いのさなか、ナスカで生まれたタイプ・ブルーの力を持った3人がその命を落とした。
   その中にはトォニィに心を寄せていた少女───アルテラも含まれていた。
   トォニィを想い、トォニィのために生き、そしてトォニィを守ろうとして死んだ。
   アルテラの死にトォニィは初めて涙した。
   大切な者を失うということは、こんなに悲しいのか。辛いのか───痛い、のか。
   トォニィはジョミーの心に共鳴するだけでなく、初めて自らの痛みをもって、その傷を思い知った。
   けれどどれだけ嘆き悲しんでも、失われた命は二度と還ってこないのだ。


   生者の祈りも願いも、「死」という絶対的な扉の前にはすべて阻まれ───……届かない。








2をアップした後に知ったのですが、公式イベントで放映された17話で、ジョミブル的には嬉しい補完があった
そうで。
わーい! 私もすっごく嬉しいです!!(^^)
嬉しいけど、この話どうしようかと思いました。
けどまあ二次創作だからいいかと続けます(^^;)

ブルーの死について、今回うんぬん書いてはいますが、でもメギドを破壊しにいくブルーに不満がある訳ではあ
りません。
ある意味で、皆を救うためにあそこで行かないブルーはブルーじゃないような気がするし。
ただやっぱり悲しいだけです。

この話を書くために、集中して18〜24話を見ているのですが、見れば見るほどナスカチルドレンを書くのが辛
くなります。
私はブルーが一番大好きで、次いでジョミーの株が上昇中なのですが、だからといって二人以外はどうでもい
いと思っている訳じゃないんです。
でもまあ、予定通りに書きますが……。
あの、くれぐれも、トォニィたちナスカチルドレンが大好きな方がいたら、避けてもらった方が無難かと思います。
私、本当にジョミ×ブルしか書けないんです。


2007.11.17






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