慟哭・4 〜血〜



   ミュウの撲滅を掲げ、人類統合軍および国家騎士団からなる連合艦隊が組織された。
   その艦隊群は地球のあるソル太陽系の木星付近に布陣をしいた。
   ミュウたちは激戦の末に、その最終防衛ラインを突破し、連合艦隊は後退を余儀なくされた。
   そんな状況の中、地球を目指すミュウの母船シャングリラに、国家主席に就任したキース・アニアンから
  通信が入った。
   木星の大気圏上空に浮かぶ一つの施設───それは潜在的にミュウ因子を持っている事が判明した
  者たちを隔離した、強制収容所「コルディッツ」だった。
   ミュウがこのまま地球を目指すのなら、この強制収容所を木星の大気圏に落とすとキースは通告してき
  た。
   そうなれば収容所内の者たちは、一人残らず死を迎えるだろう。
   戦力的に不利な人間たちが、ミュウたちの足止めを狙ったものだった。
   案の定、ミュウたちは激しく動揺した。
   ミュウの優しく繊細な性質をよく理解していると、ソルジャー・シンは感じた。
   例え会ったことのない者でも、「ミュウ」というだけで皆は同胞を見捨てられない。
   キースが送ってきた通信には、強制収容所に収容された者たちの映像もあった。
   誰にも告げはしなかったが、その中にソルジャー・シンはよく知った顔を見つけていた。
   14年育ててくれた、養父母───……。
   けれどそれは地球へ向かうための足枷にしかならない。
   ソルジャー・シンはこの時すでに、断固たる進軍を決めていた。
   同じ時、キースの殺害を決意したミュウが一人、シャングリラから戦闘機で飛び立った───。

  いにしえ
   古の神の名前を冠する戦艦ゼウス───キースの乗船するその船に、トォニィは密かに潜入した。
   キースのいるだろう司令官室を目指す途中、トォニィは一人の軍人とすれ違った。
   驚いた事にその軍人はミュウだった。
   トォニィの存在を感知したミュウの前から姿を消し、トォニィは迷わずキースの部屋に侵入した。
   さすがは元メンバーズとでもいうべきか、トォニィの存在にすぐに気づいたキースは銃を発砲してきた。
   銃弾をすべてサイオンで防ぎ、逆にトォニィはキースの身体を壁に叩きつけた。
   軍艦に不似合いな玩具が床に一つ転がっていた。それを踏み壊し、トォニィは床に倒れたキースを見
  下ろした。
  「僕を覚えているか」
   こうしてキースに向き合うのは、ナスカ以来だった。
  「誰だ……」
   キースはトォニィがナスカで自分を殺そうとした子供だとは分からない。
   それも無理もないことかもしれなかった。
   あの時のトォニィはまだ幼く、力が足りなかったが、今度こそこの男を殺してやると決意していた。
   許せなかった。
   この男がママを殺した。ブルーを殺した。ナスカを破壊した。そして、アルテラを殺した───。
   それだけでは飽き足らず、今またジョミーを殺そうとしている。
   そんなことは決してさせない。苦しめて苦しめて、そして命を絶ってやる。
   怒りは───憎しみは、トォニィの胸の内からまるで無限に生まれてくるようだった。
   キースの首をサイオンで締め上げ、じわじわと息の根を止めてゆく───。
  「ク……ッ!!」
   キースの意識が薄れた一瞬、トォニィはキースの心に侵入した。
   そして、キースの記憶の中から、その瞬間を知った。
  『そんな……ブルー!』
   新たな怒りがわき、トォニィは更にキースの首を捩り切るような力で締め上げた。
  『……マツ……カ……!!』
   ついに意識を失ったキースに止めを刺そうとした時、指令官室の外から爆発が起こった。
  「キース!!」
   飛び込んできたのは先ほどすれ違ったミュウだった。
   そのミュウは敵である人間を───あろうことかキースを守ろうと、トォニィに立ち向かってきた。
  「お前がキースを───!!」
  「待て! お前はミュウだろ。なぜこんなところに居る。人間は僕たちの敵なんだぞ───」
   トォニィとミュウの二つのサイオンがぶつかった。。
   けれどタイプ・ブルーのトォニィに敵うはずもなく、そのミュウは壁に激しく弾き飛ばされた。
   トォニィは説得を諦め、ともかくキースに止めを刺す事を決めた。
   そうすればすべてが終わる。
  「死ね!!」
  『キース……!!』
   トォニィが憎しみのまま放ったサイオンは、殺そうとしたキースではなく、キースを守ろうとその身を呈
  したミュウの半身を無残に吹き飛ばした。
   ミュウの身体から噴き出した、真っ赤な───生温かい鮮血を、トォニィは全身に浴びた。


   逃げ帰るようにトォニィはシャングリラへと戻った。
   血でべとつく身体を、急いでシャワールームで洗い流した。
   殺してしまったミュウの、最後の想いがトォニィの胸を締め付けた。
   キースを守りたい。守りたい。殺させはしない、と───。
   それは対象が違うだけで、まるでトォニィと同じだった。
   初めて浴びたミュウの血。初めて殺した同族。
   真っ赤なそれは、今まで殺してきた人間の血とまったく同じ色をしていた。
   ミュウと人間が同じという事は、トォニィたちは今までミュウを殺してきたのと同じ事なのだろうか。
   けれど、トォニィは戦う事をやめるつもりはなかった。
   それを命じるジョミーを信じているから。
   そして知ってしまった記憶も、絶対にジョミーには伝えない事を決めていた。
   ジョミーがそれを知ってしまったら、今まで以上に悲しみ、苦しむ事が分かっていたからだ。


   シャワーを終え、服を着替え、自室へと戻ったトォニィを待っている者があった。
   けれどその姿がここにあるのが、トォニィにはすぐには信じられなかった。
   たった一人でミュウを率いている、その人。
  「グラン・パ……!」
   トォニィがいま一番会いたくて、そして会いたくなかった人だった。
  「どうしてここに……」
   ソルジャー・シンがトォニィの部屋を訪れるなど、初めての事だった。
   狼狽するトォニィに、ソルジャー・シンは冷めた眼差しで問いただしてきた。
  「報告はどうした?」
  「あ、……ごめんなさい」
   習慣としていたその行為を、トォニィは初めて後悔した。
  「キース・アニアンは殺したのか?」
  「───……」
   ソルジャー・シンが知りたかったのは、キースの生死だった。
   けれどトォニィに報告できる事はなにもない。
   押し黙ったままでいると、それだけでソルジャー・シンには、その生存が分かったらしかった。
  「そうか……。まあいい」
   そうつぶやくと、ソルジャー・シンはトォニィの部屋を後にしようとした。
                               ガード
   正直、ソルジャー・シン相手に、どこまで心を防壁していられるか、トォニィには自信がなかった。
   それに安堵しかけた一瞬、防壁が薄くなり、それにソルジャー・シンが足を止めた。
  「……トォニィ、何を隠している?」
   トォニィは今までソルジャー・シンに対して一度も心を防壁した事などなく、それがかえって不審を
  招いてしまった。
  「僕は、何も───」
  「見せろ」
   振り返ったソルジャー・シンの翡翠色の瞳が、冷たく険しく───トォニィを射た。
  「グラン───……!!」
   精神防壁を破られた衝撃で、トォニィは意識を失い、一人自室の床に倒れ伏した。
   トォニィが意識を手放す一瞬、ソルジャー・シンは、トォニィが胸の奥深くに隠したそれを見つけた。
   ───撃ち込まれる銃弾の雨。
   ───投げつけられる侮蔑の言葉。
   ───潰された紅い瞳。
   ───右目から流される血。
   ───爆発するメギド。
   ───ブルーの、最後───。
   そう知った瞬間、ソルジャー・シンの意識は炎と化した。


   激しい衝撃とともに、シャングリラの船体が揺らいだ。
   同時に警報音がけたたましく鳴り響いた。
   敵の接近などはまったく確認されておらず、衝撃は突然だった。
  「何が起こった!?」
   ブリッジのハーレイはオペレーターに状況を確認させた。
  「シャングリラを覆うサイオンデバイスが突き破られました! 船体一部破損!」
  「敵からの攻撃か!?」
  「いいえ、破られたのは内側からです!」
  「何だと───」
  「シャングリラから高速で飛来していく高エネルギー体確認! ……タイプ・ブルーです!」
   いったい何が起こったのか。
   ハーレイはともかくも長に報告と判断を仰ごうと、通信回線を開いた。
  「ソルジャー・シン!」
   彼がいるであろう青の間をコールした。
   しかし何度呼んでも、青の間からの応答はない。
  「応えて下さい、ソルジャー!!」









なんというか、どこまで流してどこまで書けばいいのか……難しいですね。
マツカの死については敢えてさわりだけに。
書くならもっとちゃんと、きちんと書かなければと思いますしね。

今回トォニィが記憶の橋渡しをしてくれましたが、公式イベントの17話の補完を知る前、私は何としても
どうしても、ジョミーにブルーの死に際の様子を知ってほしかったんです。
ブルーファンとしては、それなしでキースを赦されても、納得でき〜ん!というか…(^^;)
赦すなら全部知った上で赦せ!とかね、思っちゃった訳です。

とりあえず次で、書きたかったシーンの一つにたどり着きます。
よろしければ読んでやってください。


2007.11.23






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