慟哭・7 〜地の底にて〜



   人類が聖地と呼んでいるその星は、想像を絶する無残な姿を晒していた。
   地表を覆うのは鉛色の空。疲弊し汚染され、砂漠化した大地。見渡す限りに連なる、まるで墓標の
  ように林立する廃墟群。
   放射能レベル、大気中の窒素酸化物───すべての数値が生物の生存可能範囲を超えていた。
    テ ラ
   地球の再生を掲げるユグドラシルはその中で、殊更に異様な毒々しさをもって存在していた。


   停戦が結ばれた翌日、ユグドラシルでミュウと人類の会談が実現した。
   ミュウ側の代表はソルジャー・シン、長老たち、フィシス、トォニィ。
   人類側の代表は国家主席キース・アニアンを筆頭とする政府の者たち。
   しかし会談はどこまでも平行線を辿った。
                コンピュータ
   すべての判断をマザー機械に任せて生きてきた人類は、自らの判断でミュウと話し合う事などできは
  しなかった。
   苛立つミュウ達、戸惑うばかりの人類───会談は決裂するかと思われた。
   そんな時にキースが、ソルジャー・シンに対し突然、グランド・マザーに会わせてやると切り出してきた。
   ミュウも人間も、その場にいるすべての者が反対したが、それを振り切ってソルジャー・シンはキースと
  共に地の底へと向かった。


   高速エレベーターに乗っても、それでも長い時間がかかった。
   途中までは政府の人間が同行したが、これ以上は許可されていないと途中からはキースとソルジャー・
  シンの二人きりになった。
   エレベーターの中で無言のまま、ソルジャー・シンはキースの背中を見やった。
   昨日、この男の顔を目にした時の事を思い出す。
   ソルジャー・シンの胸に湧き上がったもの───それはやはり憎しみだった。
   炎のような熱いものではない。
   凍てついた、氷の刃のような憎悪だった。
   今すぐ、そうしようと思いさえすれば、この男を殺せる。
   キースの背後の立っていたソルジャー・シンは、その片手をついと上げた。
  「……!」
   サイオンを発しかけた指先に感じた───まるで静電気のような、微かな抵抗。
   キース自身は気づいていない。
   何者かの残留思念。
   死してさえなお、この男を守りたいという想い───。
   それが誰のものかは知る由もなかったけれど、ソルジャー・シンは多分トォニィが殺したというミュウな
  のだろうと推測した。
   なぜミュウが人間の中にいたのか。けれど死んでしまった以上それを確かめる術はない。
   タイプ・ブルーの力をもってすればたやすく、そんな思念ごとこの男の身体を引き裂く事が出来た。
   ただ、そこまでして守ろうとする価値がこの男にあるのか。
   殺す前に、ふとそれが気になった。
  「……君は、トォニィを憎んでいるか?」
  「誰だ、それは?」
   キースの背中に問うと、振り向かないまま返事があった。
  「君の部下を殺したミュウだ」
  「───……」
   一瞬の沈黙。                                      ガード
   その瞬間、ソルジャー・シンにはキースの心が垣間見えた。常に機械のような防壁を心に張っている
  キースだったが、それが一瞬揺らいだ。
   ───ミュウを殺し、人間を殺し、歩んできた血まみれの道。
   ───進化の必然としてのミュウの存在。人類の悪業。
   ───マツカの死。ミュウと人類の共存への迷い。スウェナへの通信。
   ───親友サムの死。血のピアス。トォニィが踏み壊したサムの形見。
   ───グランド・マザーの絶対命令。ミュウの殲滅。ソルジャー・ブルーの死。
                             レーゾンデートル
   ───S・D体制の保持。自らの存在意義。
   ───フィシスの遺伝子。血の繋がり。
   ───迷いと絶望と悲しみ。
   ───……深い、悲しみ。


   ソルジャー・シンは再びキースに問いかけた。
  「トォニィを殺したいと思っているのか」
  「……そいつを殺しても、マツカは戻らん」
   低い、どこか苦々しさを帯びた言葉をキースはつぶやいた。
  「私は軍人だ。そしてやっているのは戦争だ。一人でも多くの敵を殺した方が勝つのが戦争というものだ」
   キースは背後を振り向かないまま続けた。
  「誰かを殺したのなら、報復されても当然だ。……お前も私を殺したいと思っているのだろう?」
  「……ああ」
  「どうした? お前ならいつでもできるだろう」
   言いながら、その手が抵抗のために銃に伸ばされる様子はない。
   まるで殺されるのを待っているかのようでもあった。
   地下に下りていくエレベーターの中で、二人は再び沈黙した。
   長い時間の末に───ソルジャー・シンは、その手を下ろした。


   ……やはり、この男を赦す事はできない。
   どんな命令や理由があったにせよ、彼を殺したこの男を赦す事などできる訳がない。
   ただこの男は自分の罪を分かっている。殺されて当り前の事をし続けてきたのだと、充分すぎるほど自
  覚している。
   殺されても構わないと思っている。
   守りたいと、自らの命より大切にするものが違うだけで、この男はどこか自分に似ていた。
   ソルジャー・シン自身も、数多の人類を殺してここまで歩んできた。
   赦されたいとは思わない。
   そうしなければ彼との約束を果たせなかった。
   ただ───この男を、できるなら赦せたらと思った。


   そして、二人を乗せたエレベーターは、深い深い地の底へとついにたどり着いた。
   目の前の扉が左右に開いた。
   ソルジャー・シンは、グランド・マザーが待つその場所へと踏み出した。


   この憎しみに満ちた世界を終わらせるために。
   本当の敵を倒すために。
   望んだ未来を自らの手に掴むために───。 









今回キースについてあれこれ書きましたけど、これが今の私が書ける限界です〜(−−;)
もう少し時間が経ったらもっと違う形に書けるかもしれませんが。
17話を見た直後は本当にショックで、「もうキースの出てくる本は買わ〜ん!」と間違った方向に怒りまくる始
末(^^;)>
さすがに今はそんな事はないですが、一時期は本当にキースの顔を見るのも辛かったです。
もしもキースを理解できれば赦せるようになるかなあと思っていましたが、まだまだ理解が足りないみたい。
24話のキースは、自分を二度も殺そうとし、マツカを殺したトォニィを赦していたみたいだけど、私には無理です。
ただ、赦せないけど、赦せたらいいのに……とは思います。

マツカについて。
もしかしたらキースにとってのマツカの存在こそが、ミュウと人類の未来を変えたのではないかと、最近思ったり
します。
なんで22話のエンディングは、マツカ特別編じゃなかったのかなとちょっと残念。
ブルーはもちろんですが、シロエの死の際にもああいうエンディングを作ってくれたなら、マツカもありだと個人的
には思うんですけどね。

さて、次がラストです。
ベタなシーンになりますが、よろしければもう少しお付き合いください。


2007.12.19





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