慟哭・番外編 〜誓い〜
格納庫でトォニィと話をした後、アルテラはシャングリラの船内をあてもなくさまよっていた。
握った手の中には、渡せなかった差し入れの飲み物のコップが一つ。
生まれた時から一緒にいた、大切な───大好きな幼馴染み。
けれどアルテラはトォニィに対する想いを、いつも素直には伝えられていなかった。
せっかく持っていった差し入れも受け取ってもらえず、それどころか腹立たしさから憎まれ口をついてしまった。
トォニィの元にはまだ戻りたくなかったし、ナスカで生まれた仲間たちの顔もまだ見たくはなかった。
それくらい苛々としていた。
こんなに好きなのに。
トォニィだけが好きなのに、どうしてそれを伝えられないのか。
物思いにふけりながら艦内を歩きまわるうちに、アルテラは何人ものミュウとすれ違った。
それまで平然としていたミュウたちは、アルテラの姿を目にすると、一様に表情を強張らせた。
『いやだ、怖い……』
『化け物だ』
ミュウたちは揃ってアルテラを恐れた。
人類から化け物と呼ばれたミュウ。そんなミュウたちから、さらに化け物と呼ばれる自分たち。
本来ならまだ子供であるアルテラだったが、自らの意思でその身体を急激に変化させていた。
外見は既に18歳ほどに成長していた。
身体を成長させたのは、強いサイオンを使うため。
パパやママ、ジョミー、ミュウの仲間を守るため。
そしてそう願うトォニィを助けるために、アルテラは身体を大人に変えた。
けれどミュウたちは、そんなアルテラたちを見て戸惑い、脅えた。
人間たちを殺すのは、ミュウを守るためなのに。
ソルジャーの命令の元、他のミュウができない事を代わりにしているだけなのに。
たまらずアルテラはその場から駈け出した。
闇雲に走っていると、ふと通路に小さな影がよぎった。
なんだろうと思って足を止めると、そこにいたのはナキネズミのレインだった。
「レイン?」
レインはある扉の前の通路で、所在無げにうろうろとしていた。
「どうしたの? レイン」
アルテラが手を差し伸べると、レインは嬉しそうに腕の中に飛び込んできた。
思念波を扱えるこの小さな動物は、アルテラを少しも恐れなかった。
アルテラがその毛並みを優しく撫でると、嬉しそうにふわふわの尻尾を揺らした。
そのレインの無邪気な様子は、少しだけアルテラの心を慰めた。
「何をしてたの、レイン」
『じょみーガデテコナイノ』
「ここは……」
レインに言われて気づいたが、そこは青の間の前だった。
いつの間にかアルテラはこんな所に来てしまっていた。
先代のソルジャーの部屋。その主は今は無い。
けれど探れば、青の間には固いシールドが張り巡らされていた。
アルテラでもそう簡単には破れないだろう、強いシールド。
「ジョミー」
アルテラは中にいるだろう、そのシールドを張った者に無駄だと思いつつも呼びかけた。
「開けてよジョミー。レインが入りたいって」
けれど中からの返答はない。
シールドも緩まない。
青の間はただ、沈黙を守るだけだった。
地球への侵攻を開始してからのジョミーは、この青の間で一人過ごすか、ブリッジで戦闘の指揮をとっているか
のどちらかだった。
冷酷なミュウの長、ソルジャー・シンとして。
昔のようにアルテラたちの元にも訪れない。
アルテラたちに向けられるのは、非情な命令と冷たい眼差しだけだった。
「……そんなに後悔するなら、あの時捨ててしまえばよかったのに」
解けないシールドを前に、アルテラがぽつりとつぶやいた。
「ソルジャーの役目もミュウも捨てて、あの人のところへ行けばよかったのに」
ミュウの中でも一握りの者しか、タイプ・ブルーの力を有してはいない。
けれどどんな強い力を持っていても、所詮一人の者のできうる事など限られているのだ。
ジョミーは決定的な間違いを犯した。
大切な人の願いをかなえようと、その意思を守ろうとした。
その結果、自らの一番大切にするものを失ってしまった。
「あたしは間違えないわ……。ジョミーみたいな後悔はしない」
つぶやくアルテラの瞳には、強い決意があった。
失ったナスカの大地と同じ色の髪をした幼馴染み。
どうして彼の事がこんなに好きなのか、理由は分からない。
けれどそんなものは必要ない。
「何があっても、トォニィだけは死なせない。……守ってみせる」
アルテラに応える声はない。
アルテラ自身、そんなものを求めてはいなかった。
レインを抱いたアルテラが立ち去っても、青の間は沈黙したままだった。
そして、その後の戦いの中で、彼女はその誓いを守った。
最後まで愛しい者を守り抜いた。
その命を引き換えにして───。
<END>
「慟哭」本編を書き終えてずいぶん経ってから、ふと思いついた話です。
どうもテラでは後からちょこちょこ書きたい話が出てきます。いいんだか悪いんだか…。
アニテラを見てブルーやジョミーを好きになったのは言わずもがなですが、特に株が急上昇したのはトォニィと
アルテラです。
今さらですが、最近しみじみ思う事。
ひどい言い方を敢えてすれば、ジョミーもトォニィもそれぞれの大切な人を「見捨てた」のに、なぜにその後はああ
も違うのか。
ジョミーは冷酷なシン様と化したのに対し、トォニィは人としてよりいっそう成長し、幸福そうな笑顔さえ見せていた。
ある意味とった行動は同じなのに、なぜにああも違ってしまったのか。
個人的にはそれはやっぱり、大切な人の願いをかなえられたか否かなのかなと思いました。
ジョミーのトォニィに対する最後の望みは、メギドを破壊し地球を守り、そしてミュウを導けという事。
それをトォニィは見事にかなえた。
ジョミーは死んでしまったけど、だからトォニィに悔いはない。
ブルーのジョミーに対する最後の望みは、ミュウの同胞を一人でも多く助けてほしいという事。
それをジョミーは精一杯尽力した。
でもブルーの本当の、本当の望みは地球だったから……だからジョミーはシン様になっちゃったのかなあと。
そしてアルテラですが、彼女にも悔いはないんじゃないかと思います。
誰よりも大切なトォニィを守れたんだから。
彼女の死は悲しかったですが、ある意味では幸せであったのではないかと思います。
2008.06.22
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