神の愛
ここ数日、シャングリラの船内は重苦しい空気に包まれていた。
照明が故障した訳でもない、集団で病気になった訳でもない。
そしてジョミーの部屋の前で、数人の若者がひそひそと話し合っていた。
「リオ、お前が行けよ」
『僕が?』
いきなり担ぎ出されてリオは躊躇した。
「この中ではお前が一番、ジョミーと親しいだろ」
『そうかもしれないけど……』
その場にいる全員がじっとリオを見つめて、問題を解決しろと促している。
シャングリラ船内の空気が、どうしようもなく重く暗い理由───それはジョミーが原因だった。
テレパシー
何が理由かは分からないが、ひどく落ち込んでいるジョミーの思念波が、船全体に影響を及ぼしていた。
各個人の部屋には思念波バリヤが張られ、各自がリラックスし、また他人に思念波で影響を及ぼさない
ような設備が整えられていたが、何しろジョミーの力は強すぎた。
成長著しいとはいえ、まだまだ自分の気持ちをコントロールする術を習得中のジョミーだ。気持ちの浮
き沈みがすぐに船中に伝わってしまっていた。
それでも何が原因かまでは皆に伝えずに、ただ暗い雰囲気を伝えている分だけ、ジョミーも少しは成長
しているのかもしれない。
しかし、先日のジョミーの状態が曇り空だとすると、今はまるでブラックホールだった。
その理由が何となく想像できてしまうリオは、どうしても及び腰だ。
しかし仲間たちに半ば押し出され、仕方なくリオはジョミーの部屋の呼び鈴を鳴らした。
部屋の中からの反応はない。
もう一度呼び鈴を鳴らしたが、それでも反応は何もなかった。
『ジョミー、リオです。お話したい事があるんですが……』
思い切って思念波で呼びかけてみたが───やはり同じだった。
ダメかと思いかけたその時、リオの目の前でいきなりドアが開いた。
返答は何もないが、入れという事らしい。
チラリと背後を振り返ると、仲間達がジョミーの部屋の中を指さして、行け行けとリオをせっついてい
た。
微かにため息をついたリオは、ジョミーの部屋の中に入った。
部屋の中は大多数のミュウたちと同じ作りで、簡素なものだった。
小さな机と椅子が一組。壁に作り付けられたクローゼットと、そしてベッド。
そのベッドの上にうつ伏せて、ジョミーは寝ころがっていた。顔の下で両手を組んで、いかにも落ち込
んでいるといった感じだ。
天井で照明こそ煌々と灯ってはいたが、部屋の中の空気は恐ろしく暗い───正にブラックホールの中
心だ。リオの息も詰まりそうだった。
『ジョミー』
リオはベッドの脇に立ち、ジョミーに呼びかけた。
『このところ、元気がないようですが……どうかしたんですか?』
ジョミーからの返事はない。
けれど部屋に入れてくれたからには、話す気はあるのだろうと、リオは辛抱強く待った。
ジョミーはしばらく黙り込んでいたが、ようやく───うつ伏せのままつぶやいた。
「……ブルーに───」
『ソルジャー・ブルーに?』
案の定、リオの予想通りの名前がジョミーの口から出てきた。
ジョミーはひどく落ち込んだ声で、ぽつりぽつりと言葉を続けた。
「ブルーに告白して、……ダメだった」
『やっぱり……』
「やっぱりって何だよ!?」
その一言にジョミーは瞬時にベッドから飛び起きると、リオに詰め寄った。
落ち込んでいてもやっぱりジョミーは元気だなあと、リオは内心苦笑した。
『すみません。でもジョミーが落ち込む理由が、ソルジャー以外には考えられなかったものですから……』
「う……」
そんな風に言われては、ジョミーもそれ以上は怒れない。
ジョミーはベッドに座りなおした。
リオも勧められて、椅子に腰を下ろした。ジョミーはリオと向かい合い、事の顛末を少しずつ話し始め
た。
子供たちが見舞った時、そのままの言葉を返していたブルー。
でもなぜかジョミーにだけは、そうではなかった。
子供たちが引き上げた後に、ジョミーは思い切ってそれはどうしてなのかとブルーに聞いてみた。
けれどブルーからは、疲れたから少し眠りたいと言われた。そう言われてしまっては、ジョミーも引き
下がるしかない。
結局あれから気まずくて、またも青の間には行けなくなってしまった。
何をどうしてこの状況を変えられるのか───もしくは諦めればいいのか。
ジョミーにはまったく分からなかった。
この間、リオと話した時は、ジョミーはブルーに気持ちを告げるつもりなどなかった。
けれどうっかり思念波で伝えてしまった。
それまでは、ブルーのために役立てればいい、彼を地球に連れていきたい、そのために頑張ると思って
いただけだったのに。
いざ気持ちを知られてしまったら、相手の気持ちを知りたくなる。
好かれたい、愛されたいと願ってしまう───。
けれどそう思ってしまう気持ちをどうしても抑えきれず、結果、落ち込んでいる。
そんな自分の気持ちを、ジョミーはリオに話した。
ジョミーの言葉は饒舌ではなく、考え考え、つっかえながらだったが、リオは静かにそれに耳を傾けた。
「ダメだな、僕は……。すごい自分勝手だ」
『あなたはまだ14歳でしょう? それが普通ですよ』
成人こそしたとはいえ、そんな物事を達観できるような年齢ではないだろう。
リオがそう言っても、ジョミーの表情は沈んだままだった。
『でも、ソルジャーは、「好き」と言わなかっただけで、別にあなたのことを「嫌い」だと言ったわけで
はないでしょう?』
「そうかもれない、けど……」
リオはそう言うけれど、でも「好き」だと言って応えてもらえないのは、ほとんど「嫌い」と同じでは
ないのか。
ジョミーがそう言うと、リオはかぶりを振った。
『ソルジャーが誰か個人を嫌いだなどと、僕は一度も聞いた事はありません』
「一度も?」
『はい』
「そりゃあ、長だから、そうなのかもしれないけど───」
誰をも愛するなんて、ジョミーには想像がつかない。
けれどきっとブルーは、ミュウの仲間たちの事を心から愛しているのだろう。一人一人、それこそすべ
てのミュウを───。
「……まるで、神様のようだね」
ジョミーはふと、そうつぶやいた。
「ミュウの皆にとって、ブルーは神様みたいだね」
ブルーが皆に向ける愛とは、正に神様の愛だとジョミーは思った。
『そうかもしれません』
リオも、ジョミーの言葉に同意した。
『この船にいる者のほとんどは、ミュウだと判断され、排除されるところを助け出されています。我々も索
敵班を作りユニヴァーサルの動きを監視していますが、やはりソルジャーがいち早く気づいて助け出した
者が少なく有りません』
「どうやって?」
『思念体を飛ばしているんでしょう。一人でも多くのミュウを救えるように。あなたの時もそうでした』
そういうリオも、ソルジャー・ブルーの事は心から尊敬し、また崇拝していた。
『そんな者たちからすると、正にソルジャーは神様のような存在でしょうね』
「そうか……」
僕だけじゃなかったんだ。
当たり前の事実を改めて認識して、ジョミーはまた一段と落ち込んだ。
ブルーに助けられ、次期ソルジャー候補と言われ、ブルーの後を継ぐべく頑張っていたけれど、いつの
間にか自分でそれを特別だと思い込んでしまっていたのかもしれない。
ブルーがミュウを大切にするのは、当たり前の事なのだ。そういう意味では、きっとジョミーの事も大
切に思ってくれているだろう。
まるで神様がすべての者を平等に愛するように、ブルーもミュウの仲間たちを愛している。
もしかしたら自分たちを排除しようとする人間までも、愛しているのかもしれなかった。
でも、ふと───ジョミーは疑問を感じた。
神様は皆を平等に愛している。
皆もまた神様を愛し、尊敬し、崇拝している。
でも、ブルー自身のことは?
神様でもない、ソルジャーでもない───ブルー自身。
そもそもジョミーは、本当のブルーを分かっているのだろうか。
「…………」
黙り込んでしまったジョミーを気づかって、リオが励ますように声をかけた。
『ジョミー、あなたはこの船の太陽のような存在です。他の者にも影響が大きすぎる。すぐには無理かも
しれませんが、元気を出してください』
ジョミーは俯いた顔を上げて、リオを見た。
「ああ……。ありがとう、リオ」
『皆、あなたが大好きなんですから』
リオの慰め、励ましは、とても真摯で有り難かった。
ジョミーの気持ちも少しだけ上向いた。
そしてジョミーは、ある事を考え込んでいた───。
ブルーのXデーは過ぎました。
何をのほほんと書いているんだろうと思いつつ、せめて同人では、今は幸せなのを書きたいです。
なんとなく続いてしまったこの話も、あと3話で収拾がつきそうです。
2007.08.01
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