希望の星
ミュウの母船「シャングリラ」の一室───天体の間。
部屋には巨大な天体望遠鏡、そして小さなターフルが一つ。そのターフルの上にはタロットカードが広
げられ、長い金髪を床まで伸ばした美しい女性───フィシスが、カードをめくっていた。
めしい
彼女は占い師の女性だ。盲目の彼女の瞳は決して開かれる事はないが、彼女の占うタロットは、どんな
予知能力を持つミュウよりも的確に未来を予言するという。
彼女が居るこの天体の間は、ソルジャー・ブルーの部屋の他にもう一つ、ジョミーがよく立ち寄る場所
だった。
椅子に座りタロットカードをめくるフィシスの前、ターフル越しにジョミーは立っていた。
けれどその顔色は冴えなく、言葉も少ない。いつも明るく、生き生きとしているジョミーらしくない、
沈んだ様子だった。
「どうしました? ジョミー」
「うん……」
フィシスは手を止めて、見えない瞳でジョミーを見つめた。
無言で促されて、ジョミーはようやく重い口を開いた。
テレパシー
「……思念波を操る訓練が上手くいかないんだ」
思念波はミュウの持つ力の基本中の基本だった。
他人と気持ちを通わせるのはもちろん、他人から意志を隠すのにも必要な力だった。
けれどジョミーはそれを操るのがとにかく下手で、周りの皆に心を読まれるなど日常茶飯事だった。
ソルジャー・ブルーの後を継いでミュウの長になるためにも、もっともっと力を磨かなければいけない
のに、それを上手く操れないというのは、ジョミー自身とても悔しく歯がゆかった。
こんな気持ちのままソルジャー・ブルーの前に立ったら、きっとあの優しい人を心配させてしまう。
だから今日は真っ直ぐブルーの部屋に向かうのではなく、天体の間に寄ってみたのだ。
ジョミーの言葉を聞いて、フィシスは微笑んだ。ジョミーはなんと真っ直ぐな気持ちの持ち主なのだろ
うかと、微笑ましく思った。
「でもあなたは毎日頑張っているじゃありませんか。ソルジャー・ブルーもとても喜んでいますよ」
「そりゃあもちろん、頑張ってはいるけど……」
フィシスの励ましにもジョミーの表情は晴れなかった。
この程度ではまだダメなのだと、とてもブルーの代わりにはなれないのだと、それを自分自身が痛いほ
ど実感しており、けれどすぐにはどうする事もできない現実。
常に太陽のように明るいジョミーだったが、今日はいつになく気持ちが沈んでいた。
よほど今日の訓練は、納得のいかない出来だったらしい。
そこでフィシスは一つ、妙案を思いついた。
「ジョミー、今日は思念波で私の記憶を覗いてみませんか?」
「え?」
ジョミーは時々、フィシスに昔話を聞いていた。
迫害する人間たちの元から逃げてきた時の事、ミュウたちの事───そしてソルジャー・ブルーの事。
講義で教えられるよりも、フィシスの口から彼女が体験した事として聞く方が、ジョミーにははるかに
現実味をもって感じられた。
ガード
「私は心を防壁しません。それをあなたが思念波で読むのです」
「え、でも……」
「私とソルジャー・ブルーがどんな話をしてきたか、知りたくはないですか?」
「ブルーと?」
ジョミーは思念波で心を読まれるのをどうしても快くは思えない。それを人にするのも気が引けた。
けれどブルーの名前を出されて、俄然やる気になった。
ジョミーは緊張した面持ちで、改めてフィシスに向き合った。
天体の間───。
どれくらい前の記憶なのだろうか、部屋の様子は今とほとんど変わらない。
そこにフィシスがいた。今と同じようにターフルに向かい、タロットカードをめくっていた。
長く伸ばした金髪だけが、今より少しだけ短いだろうか。それでも髪は床につくかつかないかくらいの
長さを誇っていた。
そして───ソルジャー・ブルーがいた。
『ブルー……!』
ジョミーの意識が喜びに震えた。
ブルーは今とまったく変わらない様子だった。
白みを帯びた銀髪も、白い肌も、そして紅い瞳も、ジョミーが知るブルーそのままだった。
それでも少しだけブルーが元気そうに見えるのは、今のブルーを知るジョミーの意識のせいだろうか。
ブルーはジョミーのようにターフルの前に立ち、フィシスのめくるカードを黙って見つめていた。
部屋を包む静寂と沈黙だけが、今とまったく変わらなかった。
「まあ……!」
フィシスがカードを捲る手を止めて、小さな驚きの声を上げた。
「どうした、フィシス?」
「素晴らしいですわ、ソルジャー」
タロットが指し示すミュウの未来───ターフルの上に、今までにない兆しが表れていた。
「我らミュウの希望が生まれました」
「希望……?」 テ ラ
ミュウ達は人間たちの手から逃れ、この船を奪い───そして地球を想った。
和解しようと何度も試みて、拒絶された。迫害、された。
それは気が遠くなるような長い長い時の果て───希望など時に消えてしまいそうだった。
フィシスはブルーと共に長い時を過ごし、それをよく知っていた。
「大きな力───……目覚め、獅子の目覚めです。我らを地球に導くであろう、大きな希望です」
けれどそのフィシスがこれだけ喜びを露にするのである。よほど素晴らしい兆しが表れたのだろう。
そして何よりも、彼女には予知能力がある。
「それは一体何なんだい?」
「そこまでは分かりません。けれど生まれたのです、希望の星が」
ブルーの問いかけに、フィシスの答えは具体的ではなかった。
けれどブルーは、それを否定はしなかった。
「希望……か」
カードの一枚を手に取り、ブルーはつぶやいた。
「もしもそれが船や武器なら、僕はそれを手に入れよう」
それがどんな困難な事だろうとも、決して諦めずに。強い決意がフィシスに、そしてジョミーにも伝わっ
てきた。
「もしもそれが人だったら、僕は───……」
ブルーは微笑んだ。
「早く会いたい」
「ソルジャー……」
フィシスは知っていた。
ミュウの長として、たくさんの仲間を守り導いてきた彼だけれども、そんな彼が想うのは地球だけ。
焦がれるように、恋するように、想うのはただ地球だけ───。
「会いたい……早く」
ブルーはまるで地球を想う時のように、とても優しい瞳をしていた。
気がつけばジョミーは、フィシスの前に立っていたままだった。
我に返り、息を一つ深くはいた。
「見えましたか? ジョミー」
「ああ……」
ジョミーの脳裏にははっきりとフィシスの記憶が見えた。そして、そこにいたソルジャー・ブルーも。
まるで過去のものには思えない鮮やかさだった。
「素晴らしい集中力でした、ジョミー。これだけ思念波が操れるのなら、何も心配することなどありませ
ん」
フィシスの励ましに、ジョミーはふと思いついた疑問を口にした。
「これは……いつの話?」
「今から14年前でした」
「──────」
フィシスの答えに、ジョミーは口をつぐんだ。
それではジョミーが生まれた頃だろうか。
フィシスの占いがジョミーを指し示していたのなら、それをブルーが喜んでいてくれたのなら、どんな
にか嬉しい事だろう。
押し黙ったジョミーだったが、けれどその胸の内は明るく澄んでいた。
それがフィシスにも伝わってきて、フィシスはジョミーを促した。
「さあジョミー、そろそろ行って下さい。ソルジャー・ブルーがきっと待ちくたびれていますよ」
「ありがとう、フィシス」
ジョミーはフィシスに礼を言うと、ブルーの部屋に向かうべく踵を返しかけた。
けれど一瞬、フィシスを見つめた。
「いいな、きみは……」
「え?」
「何でもない、じゃあまた」
ジョミーは今度こそブルーの部屋に向かい、歩きだした。
「ジョミー……」
その後ろ姿を見送りながら、フィシスは感じていた。ジョミーの心を。
『いいな、きみは……50年もブルーと一緒にいられたんだから』
「ジョミー、あなたこそ……」
つぶやきかけて、それをフィシスは口にするのを止めた。
それはジョミーに心を開いた時にも、たった一つだけ、心の奥底にひそめた想い。
私が本当になりたかったもの。
未来を占い、希望を与えるだけでなく、あなたを地球へ連れていける者に、私はなりたかった───。
フィシスが出てきますけど、私の話は基本ジョミ×ブルです。
私的にはフィシスは、ブルーに恋していた部分もあったのではないかと思ってます。
でもそれだけではなく、憧れであり同胞でもあり、……とにかく一番大切な人。
キースはまた別かな。
しかしジョミ×ブルを書くのはけっこう楽しいです。自己満足ではありますが、やってみてよかった。
でも幼い頃の私は「地球へ…」を読んでも、フィシスに憧れるだけだったんですけどね。占いなんかできないのにタロットカード買ったり。
まさかカップリング萌えをする日がこようとは……(ーー;)
2007.07.09
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