シャングリラの極めて日常的なある一日
その日、シャングリラ船内の中庭の片隅で、三人のミュウの少女が顔を突き合わせて何やらヒソヒソと話
をしていた。
年の頃は14歳前後といったところか、女性というにはまだまだ幼さの残る、ニナ、ルリ、そしてカリナの三
人だ。
三人は一枚の紙を囲んで、芝生の上に座っていた。
「ニナはどっちにする?」
「あたしはもちろんジョミーよ!」
活発な性格のニナはルリの質問に元気よくそう答えると、持っていたペンで紙に何やら書き込んだ。
そして視線を隣のカリナへ向けた。
「カリナは?」
「私は……」
「ジョミーでしょ」
「ニナ!」
「分かってるって、ジョミーに一票……っと」
ニナはさっさとカリナの分を書き込んだ。
カリナは強引に話を進めるニナに戸惑ってはいたけれど、結局それを取り消しはしなかった。
「ルリは?」
ニナが残ったルリに問うと、ルリは迷うでなく答えた。
「私は……ソルジャー・ブルー」
「えーっ、ルリそうなの!?」
知らなかったとニナもカリナも大騒ぎだ。
そんな三人は話に夢中で、自分たちに近づいてくる者にも気がつかなかった。
「楽しそうだね、何の話だい?」
突然頭上から声をかけられて、三人が顔を上げた。そして───。
「「「ソルジャー・ブルー!!」」」
驚きの声が三人同時に上がった。
そこに立っていたのは今まさしく話題にしていた、ソルジャー・ブルーその人だった。
ソルジャー服を身に纏い、三人を優しく見下ろしてくる優しい眼差し。その煌めくような紅い瞳も、輝くような
銀色の髪も、秀麗な顔立ちも───たった一人しか持ちえないものだった。
「どうしてここに……」
驚きにニナがつぶやいた。
ブルーは普段、青の間からほとんど出る事はない。
「今日は体調が良くてね。ちょっと散歩をしていたら、君たちが楽しそうにしていたから」
ニナにそう答えたブルーは、三人の隣に軽やかに腰を下した。
「で、それは何なんだい……?」
「───」
ニナとカリナは顔を見合わせ、ルリは頬を真っ赤に染めたまま、言葉もなく固まっていた。
「えっと……、これはその───」
「ソルジャー、怒りません?」
カリナとニナの言いよどむ様子に、ブルーはおやと瞳を丸くした。
「僕が怒るような事なのかい?」
「ソルジャーは大丈夫だと思うけど、長老たちが知ったら怒るかも……」
「大丈夫。誰にも言わないし怒らないよ」
ブルーの優しい言葉に安堵したのか、カリナとニナは頷きあい、秘密ですよと前置きしながら話し始めた。
「これは、ソルジャー・ブルーとジョミーの人気投票なんです」
きっかけは些細な事で、若者たちが集まった時にふと、どちらのソルジャーが好きかという話になったのだ。
ある者はソルジャー・ブルー、またある者はジョミーと言い、人数も一人二人三人……と芋蔓的に増え、いつ
の間にかソルジャー二人に対する人気投票になってしまったのだ。
けれどそれが長老たちに知られたら、君たちは何をやってるんだと怒られるに決まっている。
だからこの人気投票は若者たちの間でだけ秘密裏に行われていた。
「面白い事をしているね」
「これが今の投票結果です」
カリナがブルーに一枚の紙を差し出した。そこにはソルジャー・ブルーの名前とジョミーの名前がそれぞれ書
いてあり、その下にそれぞれに投票された印が書き込まれていた。
その数はざっと数えてそれぞれ100票ほど───正確にはややジョミーの方が優勢だった。
ミュウの中でブルーを慕わない者はいなかったが、ジョミーは年若の者たちには特に親近感を持たれており、
若者たち限定となると票を集めていた。
楽しそうに投票結果を眺めていたブルーは、不意に顔を上げて問いかけてきた。
「僕も参加していいかな?」
「「ソルジャーがですか!?」」
ニナとカリナが驚いたが、ブルーはそれに意外そうな顔をした。
「いけないかい?」
「そういう訳じゃないですけど……」
若者たち限定で投票していたが、きっちり何歳までと決めていた訳ではない。
「それとも年齢制限でダメかな」
「ソルジャー・ブルーならいいです!」
それまで真っ赤になったまま押し黙っていたルリが、唐突に口を開いた。
「ありがとう、ルリ」
許可をもらったブルーはニナの手からペンを借りると、迷う事なくジョミーの名前の下に一票を書き加えた。
それを目の当たりにした三人、特にルリは驚いた。
「ソルジャー、いいんですか……?」
「もちろんだよ。だってジョミーは僕が選んだ者なんだから、当たり前だろう?」
「でも───」
抗議をするつもりはないが、それではブルーとジョミーの票差がますます開いてしまう。
ルリがそう言おうとしたまさにその時───その声が中庭に響き渡った。
「ブルー!!」
ブルーとニナたち三人が声のした方を見ると、ジョミーが走ってくる姿が見えた。
「よかった、やっと見つけた…!」
ブルーの傍らに立ったジョミーは、よほどあちこち走りまわっていたのか、荒い息のまま怒ったように問いか
けてきた。
「こんなところで何やってるんですか? 無理したらまた身体が───」
「君も皆も心配症だね。大丈夫だよ」
「貴方が楽観的すぎるんです」
どこか苛立ったようなジョミーに対して、ブルーはどこまでも平静だった。
自分の事に関してだけはどこまでも楽観的なブルーに文句を言いかけて───ジョミーはブルーの手の中
の一枚の紙に視線を留めた。
よく見ようとして、ジョミーは片膝をついてブルーの隣に腰をおろした。
「それは何?」
「君と僕の人気投票だそうだ」
「人気投票?」
「あのね、ジョミーそれはね───」
ニナが嬉しそうに説明役を買って出た。
ブルーが聞いたのと同じ説明を受けたジョミーは、顔をほころばせた。
「へえ、楽しそうだね」
明るい性格のジョミーは、こういったイベントやお祭り騒ぎ的な事が大好きだ。
「じゃあ僕はブルーに一票!」
ブルーの手からさっさとペンを取ったジョミーは、止める間もなくブルーの名前の下に一票を書き入れた。
三人の少女たちはどこかで見たような光景だなと思いながら黙っていた。
しかしブルーだけはそうはしなかった。
「ジョミー」
「なんですか?」
「大切な一票は自分のために使いたまえ」
「だからブルーに入れたんだよ」
「しかし───」
「ちょっと待って、ブルー」
言い争いかけた二人だったが、ふとブルーの頬がほのかに赤く染まっている事にジョミーは気がついた。
ジョミーは持っていた紙とペンをニナに手渡した。
そしてブルーの前髪をかき上げると、いきなり自らの額をコツンと合わせた。
ジョミーとしては長手袋を外すのが面倒で、何よりブルーの体温を正確に知りたいが故の行為だったが、突然
顔を突き合わせた二人のソルジャー達に三人の少女たちは驚いた。
そんな少女たちの動揺には目もくれず、ジョミーは眉を顰めた。
「……ちょっと熱い。熱が上がってきたのかも」
「大丈夫だ」
「ブルー、青の間に戻りましょう」
「本当に大丈───」
ジョミーはブルーの言葉を待たずに、ひょいとブルーを横抱きに抱き上げて立ち上がった。
「ジョミー!!」
ブルーも驚いたが、ニナたち三人も驚いた。
そんな皆を一向に気にせず、ジョミーはブルーの身体を苦もなく抱き上げていた。
「ジョミー、おろしてくれ!」
「ダメです」
「僕は一人で歩ける」
「信用できません。これ以上体調が悪くならないように、僕が連れて行きます」
ブルーはなんとかジョミーの腕から逃れようとしたが、ジョミーにそのつもりはないらしい。強い力で、ブルーの
身体をまるで拘束するように抱いていた。
「だったらテレポートで───」
「それは僕はまだ、訓練中なんで」
「なら僕が───」
それでは意味がないのだ。ブルーの体調を思いやってのことなのに、ここでサイオンを使わせてしまったら元
も子もない。
ジョミーは険しい視線のまま、ブルーの補聴器をつけた耳元に唇を近付けた。
「そんな事したら……」
囁きの後半部分は接触テレパスにした。
『今ここでキスしますよ』
「───!」
ブルーの抵抗がピタリと止んだ。
ジョミーは満足そうに笑うと、ブルーの身体をしっかりと抱き上げなおした。
落されないように、ブルーは慌ててジョミーの肩に手をまわした。
「じゃあね、みんな」
「じゃ、じゃあ……」
晴れやかに挨拶するジョミーとは対照的に、気まずそうに挨拶するブルーだった。
そんなブルーを抱き上げたまま、踵を返すとジョミーは青の間に向かって悠然と歩き出した。
「ジョミー、もっと早足で歩いてくれ」
「貴方の身体に障りますから」
「ジョミー……」
二人の会話が段々と遠くなる。
残された少女たちは、ただただ茫然とするばかりだ───。
しばらくして、まるで夢見心地のような口調で、カリナがぽつりとつぶやいた。
「……今のは何だったのかしら」
「あー、バカバカしい」
ニナは投票内容を書き込んでいた用紙を破り捨てた。
「ソルジャー・ブルー……」
ルリ一人だけが、久しぶりにブルーに会えた喜びに浸ったまま、ときめいていた。
〈END〉
40000の申請がなかったので、39999を踏んで下さったCさんのリクエストで書きました。
でも最初にあやまっておきます。ごめんなさい、Cさん!
きっとリクエストしてくれたのは、もっとラブラブな内容だったのではないかと思うのですが、「人前で」というハードル
の前に、私が書けるのはお姫様抱っこが精一杯でした……(><)
どうも私の書くブルーは恥ずかしがり屋で、300歳を超えてるのにそれってどうなの?とは思うんですが。
きっとこの後、青の間に戻ってから、二人はもっといちゃいちゃラブラブをしたんじゃないかと……(^^;)
リクエストありがとうございました!
2007.10.27
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