おにいちゃんといっしょ
〜初めてのキス〜
毎年、夏休みには隣町の花火大会やら映画館に遊びに行くのが、シンとブルーの恒例行事だった。
それだけではなくほぼ毎日、シンはブルーと遊んだり、勉強を見たりしてくれていた。
会社勤めのブルーの母親の夏休みはせいぜい一週間弱。彼女はなにくれとなく我が子の面倒を見てくれる隣家の大学
生に心から感謝し、信頼して我が子を預けていた。
時に恐縮するブルーの母親に、大学の休みは長いから何の負担もありませんとシンはいつも答えた。
もっとも例えどんな用事があろうとも、シンはブルーと過ごす時間を最優先にさせていた。
ブルーも毎日、朝から晩までシンと一緒にいられるのをとても喜んでいた。
そして今日、二人は市内の映画館にやって来た。
大学生になったシンは、あと数週間で二十歳になろうとしていた。
すっかり大人びて、どこから見ても立派な青年に成長していた。
ブルーは小学六年生だが、身長は同じクラスの子供たちの中でも小さい方で、まだまだ可愛らしかった。
二人は傍から見れば、まるで歳の離れた兄弟のようだ。
そんな二人が毎年観るのは、夏休みに子供向けに公開されるアニメ映画だった。
それはもちろんブルーのためだった。
今年もやはり子供向け映画は公開されており、シンは窓口でチケットを二枚買おうとしたのだが、その腕をブルーが引っ
張った。
「どうかした?」
「僕、こっちがいい」
チケット売り場の上に張り出された複数のポスターの中で、ブルーが指さしたのは洋画のポスターだった。
それは主人公が大冒険を繰り広げる、話題の映画だった。
この映画館は常時何本もの映画を上映しており、近隣の映画館の中では割と大きな施設だった。
「これ? ……珍しいね」
ブルーが洋画を観たがるなんて、初めてだった。
しかしシンはためらった。
「でもブルーにはまだ早いかもしれないよ」
「どうして?」
シンが渋い顔をするので、ブルーは不安げに見上げてきた。
「この映画、日本語吹き替え版の上映がない。字幕の映画は初めてだろう? きっと疲れるよ」
「字幕だって大丈夫だもん!」
ブルーはどうしてもこの映画が観たいと言い張った。
シンたちの後ろには何人もの人が既に並んでおり、仕方なくシンはブルーの観たいと言った洋画のチケットを2枚買っ
た。
場内の座席は半数以上埋まっていたが、平日という事もありたやすく座れた。
しかしブルーのような小学生の姿は少なく、やはり大人や中高生の姿が多かった。
ブルーはシンに買ってもらったキャラメルポップコーンを美味しそうに食べていた。
「ブルー、どうしてこの映画を知ってたんだい?」
「同じクラスの子がおもしろかったって言ってたの。だから僕も観たくって」
上機嫌なブルーはシンに答えた。
それでかとシンは思った。
シン自身は子供向けのアニメ映画よりも、もちろん人気の洋画の方がよかったが。
しかしブルーにちゃんと字幕が追えるだろうか。
そんなシンの心配を余所に、隣の席に座ったブルーは無邪気にシンに聞いてきた。
「ジョミーも食べる?」
「じゃあ一口」
ポップコーンは好きでも嫌いでもないが、小さな手が差し出してくれるそれを、シンは美味しそうに食べた。
そのうち、上映を告げるベルが鳴った。
上映にあたっての注意事項と、近日上映予定の映画の予告などがひとしきり流れた後、場内は暗くなり映画が始まっ
た。
映画を見終わった後、二人はファミレスで遅い昼食をとった。
向い合せに座り、メニューとにらめっこするブルーをシンは微笑ましく見つめていた。
しばらく迷った末に、ブルーはメニューに載っている写真の一つを指さした。
「僕、オムライスにする」
「お子様ランチは?」
「そんなのもう食べないよ!」
顔を真っ赤にしてもう子供じゃないと言い張るブルー。
「でも来年はブルーも中学生だろう? そしたらもう注文できなくなるよ」
「え……。でも、いいよ!」
「わかったよ」
キッズメニューの注文は小学生までだ。
お子様ランチに未練を残しつつ、子供じゃないからいいと言い張るブルーは可愛かった。
そしてシンはクラブハウスサンドイッチとアイスコーヒー、ブルーはオムライスとアップルジュースを注文した。
お子様ランチもオムライスもあまり変わりないんじゃないかとシンはこっそり思ったが、黙っていた。
食べながら、二人は今観てきたばかりの映画の話をした。
「ブルー、字幕でも大丈夫だった?」
「う、ん……。大体だけど」
やはりすべては追いきれなかったらしい。
映画館の暗がりの中でシンが時々ブルーの様子を伺えば、大きな瞳をさらに大きく見開いて、必死で画面を追っていた。
「ジョミーはおもしろかった?」
「ああ。時々誤訳が気になったけど、充分面白かったよ」
「ごやく?」
「間違った意味で字幕が書かれる事だよ。所々にあったね」
シンは昔から特に苦手な教科はなく、特に英語が好きだった。
「え? どこどこ」
「それより、ブルーはどこか印象に残ったシーンはあった?」
「えーっとね、飛行機が大爆発しちゃうシーンと、宝物を手に入れるシーンと……あと、最後!」
「最後? ……ああ、キスシーンか」
「うん」
映画のラストに財宝を手に入れた主人公が、ヒロインと熱烈なキスをしていた。
そんなシーンがあるのはやはり子供向映画とは違っていた。
ブルーもそんなシーンに興味が出てくる年頃になったのかとシンが考えていると、ブルーが唐突に聞いてきた。
「ジョミーはキスしたことある……?」
ブルーがそう尋ねるとシンは少しだけ驚いた顔をしたが、すぐに笑顔で答えた。
「ないよ」
「嘘!」
「本当だよ。した事ないよ」
シンは笑顔を崩さない。
嘘つき、とブルーは内心つぶやいた。
シンはいつもブルーをあちこちに連れて行ったり、遊んだりしてくれている。
どこかへ出かけるその度に、シンには女性たちからの熱い視線が注がれるのに、ブルーは気づいていた。
今日の映画館でだって、周囲の女性から注目を集めまくっていた。
それを見る度にブルーの胸の中はどうした事かモヤモヤしたけれど、シンがいつもそれをまったく無視していたので、
黙っていた。
でも明らかにいまシンは嘘をついた。
ブルーの胸のモヤモヤは、さらに強まった。
「僕も……」
「?」
「僕もキスしてみたい」
「───!!」
ブルーは咄嗟にそう口走っていた。
その言葉にシンは、常日頃から冷静な彼にしては珍しく、危うく飲んでいたアイスコーヒーにむせかけた。
「ね、ジョミー」
「ダメ」
「どうしてもダメなの?」
「ダメったらダメ」
家に帰る道すがら、シンとブルーは押し問答を延々と続けていた。
キスをしてみたいと言い張るブルーと、ダメだと言い張るシン。
先を歩くシンは、珍しくブルーを振り向いてもくれなかった。どんな表情をしているのか、ブルーには見えなかった。
どうしても頷かないシンに業を煮やしたブルーが、ついに癇癪を起した。
「ジョミーのケチ!」
「なんとでも」
決してケチとかそういった問題じゃないのだが。
シンの内心の葛藤も知らずにブルーはふて腐れたが、それでもシンは軽くそれをいなした。
そうこうする内に二人とも、自宅に着いてしまった。
「ブルー、家に寄れば西瓜があるよ」
それは確かにブルーの好物であったが、完全な子供扱いにブルーはムッと脹れた。
「いいよもう誰かに頼むから、ジョミーのばか!!」
捨て台詞を残し、ブルーは自分の家に入ろうとした。
けれど門の鉄柵に手をかけたところで、後ろから腕を掴まれた。
「痛……っ!」
「誰?」
ブルーの腕を掴んだのはシンだった。
シンはまるで怒ったような怖い顔で、ブルーを問いただした。
「誰かって誰? 誰に言うつもり?」
「だ……誰だっていいでしょ。ジョミーには関係ないもん」
別にブルーは明確な誰かを頭に描いていた訳ではもちろんない。
どうしても頷いてくれないシンへの売り言葉に買い言葉だったのだ。
でもシンはその一言に表情を変えた。
ひどく冷たい眼差しで見られて、ブルーは竦み上がった。
でも今さら嘘だなんて言うのも癪で、黙っていた。
下を向いて黙りこくるブルーの腕を掴んだまま、シンはしばらく無言だった。
「……ちょっとおいで」
しばらくしてシンがブルーの腕を引いた。
それは決して乱暴な動作ではなく、ブルーはされるがままにシンの後を付いて行った。
通されたのはシンの部屋。
勝手知ったるその部屋のベッドの端に、促されてブルーはシンと向かい合うように座った。
「どうしてもしたいの?」
「うん」
シンがした事ならブルーもしてみたい。
それはただの純粋な興味だった。
しかしブルーの無邪気な様子に、シンはまたも考え込んだ。
しばらく難しい顔で考えこんだ末、シンはブルーを見つめて言った。
「……キス、してもいいよ」
「ほんと?」
シンの返事にブルーは喜んだ。
しかしシンはたいそう難しい表情で、ブルーに言った。
「ただし、ママにも友達にも話さないって約束できる?」
「話しちゃだめなの……?」
どうしてと問えば、シンはやはり表情を変えずに続けた。
「ブルーは今まで、誰かがキスしてるの見た事がある?」
「ううん」
「そうだろう? いけない事じゃないけど、人前でする事でも吹聴する事でもないんだよ」
「……うん、分かった」
シンの言葉にブルーは頷いた。
「誰にも話さないって約束する」
「いい子だね」
シンはブルーの髪を優しく撫でた。
子供扱いされていると思ったが、シンの気が変わると困るのでブルーは黙っていた。
「じゃあ、目を閉じて」
ブルーの髪を撫でていた手を頬に滑らせ、シンがそうつぶやくと、ブルーはきょとんとした。
「どうして?」
「どうしてって……」
「目をつぶっちゃったら、ジョミーが見えなくなっちゃう」
その返事に、シンは改めて思い知った。
本当にブルーは子供なのだ。
甘い誘惑と罪悪感がシンの内心でせめぎ合った。
しかし今さら止めようと言っても、ブルーは納得しないだろう。
「……じゃあいいよ。開けてても」
シンは上半身を屈めると、まずブルーの頬にキスをした。
それはブルーが幼い頃から、シンがもう数えきれないくらいしていたものなので、ブルーはとりたてて驚かなかった。
───と、一度近づいたシンの端正な顔が僅かに離れたかと思うと、再び近づいてきた。
『う、わぁ……!』
シンの金色の睫毛の色まではっきり見てとれるくらい、シンの顔が近づいて、ブルーは咄嗟に瞳を閉じてしまった。
同時に唇に柔らかい感触が触れてきた。
ちゅ、と触れてきたシンの唇はすぐに離れた。
ブルーが恐る恐る瞼を開くと、ブルーの額にシンは自らの額をコツンと合わせてきた。
すぐ目の前のシンの顔に、ブルーの胸は勝手に鼓動を早めた。
シンはそのまま囁いた。
「これでいい?」
「……映画の人がしてたのって、こーゆーのなの?」
誤魔化されてくれなかったかと、シンは困るのと同時に嬉しさも味わっていた。
ブルーの唇は柔らかく、食べてしまいたいくらい甘かった。
本人にはまったくそんな意識はないのだろうが、そんな誘惑をされて抗える訳がなかった。
「今のはソフト・キスといってね……。映画でしてたのはディープ・キスだよ」
「どんなの?」
「それはね───」
苦しくなったら鼻で息をするんだよとブルーに言い含めて、シンはブルーの顎に指を添えて、もう一度唇を重ねた。
同時に片腕をブルーの背中にまわし、小さな身体を自らの膝の上に乗せた。
ブルーは大人しくシンの腕の中でそれを享受していた。
そして、ゆるく結ばれていたブルーの唇の間に、素早くシンは舌を差し入れた。
「んんっ……!?」
驚くブルーが身じろいだが、構わず抱き締めた。
逃げる舌を追って、絡めて吸い上げた。遠慮なしのディープ・キス。
すぐにやめようと思っていたそれは、ブルーの熱を感じた途端、止まらなくなってしまった。
「ん───……っ!!」
ブルーはシンの腕の中でもがいたが、やがて唐突に力を抜いた。
大人しくなったブルーの唇を、シンは思う存分味わった。
しばらくして唇を離すと、ついと透明な糸が引いて切れた。
「ブルー……?」
「…………」
ブルーは荒い息をついて、苦しかったのか瞳には涙が滲んでいた。
気絶している訳ではなかったが、ブルーは意識を朦朧とさせたまま、くったりと力を抜いていた。
その小さな身体をベッドに寝かせると、シンはもう一度深く唇を重ねた───。
その後、シンがブルーから離れるのには、かなりの努力と決意を必要とした。
やっとの思いでシンが一人部屋を出て階下に降りると、そこで母親のマリアと鉢合わせた。
「あらジョミー、帰っていたのね。ブルーちゃんは?」
「僕の部屋で寝てるよ」
「あら、疲れちゃったのかしら? ……ジョミーもなんだか疲れてない?」
「ちょっとね……」
ブルーが下りてきたら西瓜を切ってやってと母親に頼み、シンはシャワーを浴びるべく浴室へと向かった。
ブルーに言った事は半分は嘘だ。
でも半分は本当。
本当に好きな相手とキスをしたのは、正真正銘シンも今日が初めてだった。
『ブルーが18歳になるまであと6年か……。いや、17なら……16……は早いか?』
8歳違いの歳の差を改めて思い知って、シンは深い深いため息をついた。
<END>
70000を踏んで下さったから友さまからのリクエストは、「なつのよる よいまつり」のシン子ブルの続編でした。
「初めての○○」の○○部分はお任せとの事でしたので、いろいろ考えました。
……考えすぎて山ほどネタが…(^^;)
でもやはりここは可愛く、初めてのキスで書かせていただきました。
とはいえワルイムシンですので、まあその辺りはいろいろと……。
小学生に手を出すなんて何事だ!とは私も思いますが、この後まだ何年もシンは我慢と忍耐の日々を続けますので、どうぞお許しくださいm(__)m
シンにも私にも基本ショタ趣味はないのですが、何しろ相手が子ブルだから。
子ブルの存在自体が可愛いのがいけないんです〜(><)
精一杯萌えを詰め込んだらこんなのになっちゃいましたけど、友さまリクエストありがとうございました!
2008.08.05