奇 跡
S・D598年、人類に発見されたミュウたちは、慈しみ開墾したナスカを失い、シャングリラはジルベスター星系を追
われた。
そのシャングリラの一室───青の間。
静まり返った暗い部屋の中央に、かつて置かれていたベッドは取り払われていた。
代わりに青の間の中央に据えられたのは大きな水槽が一つ。
強化ガラスで作られた、その水槽を満たしているのはただの水ではない。
その中には人が生まれる前に過ごすだろう母胎内を模した、人が一番安らげるだろう人工羊水が満たされていた。
羊水を肺中に満たすことで、直接の酸素供給も可能だった。
その羊水の中にたゆとうのは一人の麗人。
水の中でゆらりと揺れる銀糸の髪、白い裸身。
目を閉じたその顔は、右の目こそ傷ついてはいるが、恐ろしいほど美しく整っていた。
そんな静まり返った青の間に、何者かがやって来た。
金色の髪をもつ青年だった。
背にした緋色のマントを纏い、力強い足取りで青年は水槽の前に歩み寄った。
耳元に補聴器を付けたその青年は、ミュウを率いる長のソルジャー・シン───ジョミーだった。
ジョミーは一人、水槽の前に立った。
「……ブルー……」
水槽を僅かに見上げ、嬉しそうにジョミーはその名を呼んだ。
水槽内に眠るのは、ジョミーが耳にした補聴器の本来の持ち主。
先代のソルジャーであった、ブルーだった。
ミュウを発見した人類は、惑星破壊兵器メギドを用いナスカごとミュウを抹殺しようとした。
無意識のうちにその危機を察知していたのか、15年にも及ぶ長い眠りから目覚めたブルーは、単身でメギドに乗り
込みそれを破壊した。
そのままメギドの大爆発とともに死のうとしていたブルーを、寸でのところで助けたのはジョミーだった。
けれど助け出したといっても、ブルーは酷い怪我を負っていた。
右目を潰され、脳に損傷を負い、体中に銃弾を浴びていたブルーの意識は既になかった。
ジョミーはシャングリラにテレポートし、満身創痍のブルーをかろうじて連れ帰った。
傷ついたブルーはドクターたちの手によって緊急手術がなされ、一命だけは取り留めた。
そして、もはやベッドで過ごせるだけの体力もないブルーの命を一日でも長く繋げるために、この水槽が用意された。
ナスカの消滅から既に一年が過ぎ、ブルーが負った傷もゆっくりとではあったが癒えつつあった。
その細く白い身体に数多く撃ちこまれた銃痕も、今は薄らいでいた。
跡形もなくとは言い難いが、その白い肌に残る傷からはもう血は流れていない。
けれど水槽の中で眠るその人の瞳は開かれない。
右目は潰されたまま、脳にも酷い損傷を負った。
確かに死んではいない。
けれど生きているともいえない、ただ「生存」しているだけのその姿。
それでもジョミーは、まるでブルーに意識があるかのように話しかけた。
「ブルー、また一歩地球に近づいたよ。……貴方が望んだ、地球へ」
語りかけても、ジョミーに答える声はない。
ブルーの意識は失われたまま深い眠りにつき、その思念を探っても一度たりとも触れられはしなかった。
15年にも及ぶ長い眠りから目覚めたブルーは、弱りきっていた。
その弱った身体で、単身メギドを破壊するために力を使いきり───重傷を負った。
今、弱々しくもこうして呼吸をしてくれていること自体が、奇跡だった。
その奇跡だけが、ジョミーの心を微かに温めてくれた。
ブルーが生きていてくれる、ただそれだけが。
「……貴方はゆっくり眠っていて。何も心配しないで」
ジョミーは優しく、ブルーに話しかけた。
明るい未来を信じていた頃のように、優しい声を敢えて意識した。
眠る彼を心配させないように。
何も変わったものなどないのだと、悲しませる事などないように。
残った左の瞼の下に存在するだろう紅く輝く瞳は、今日も見る事はかなわなかった。
それでもジョミーは飽くことなく、水槽内で眠るブルーを見つめた。
「必ず僕が貴方を、地球に連れて行くから」
ジョミーの言葉はブルーの意識には届いていないだろう。
けれどそうあってほしいとジョミーが願っているせいだろうか、眠るブルーの表情はまるで幼子のように安らかだった。
それを見つめるジョミーもまた、幸福そうだった。
青の間からブリッジに戻ったジョミーを待っていたのは、キャプテンのハーレイだった。
「ソルジャー・シン……!」
「どうした、ハーレイ」
「惑星アタラクシアの一部の守備隊が、いまだ抵抗を続けているとの連絡が入りました」
ナスカを追われたミュウは、地球を目指しての戦いを開始していた。
人類との戦いは苛烈を極めた。
ミュウの存在自体を許さない人類は、何としてもミュウを地球に辿りつかせまいとしていた。
それでも、シャングリラを始めとするミュウの船団は、怯むことなく地球を目指していた。
人類から異端視された、その力───サイオンを戦いに用いて。
その力の前に降伏した星は多かったが、中にはそれを認めずに抵抗を続ける者たちがいた。
ハーレイから報告を聞いたジョミーは、すぐさま命令を下した。
「構わない、殲滅しろ。抵抗する者は一人たりとも逃がすな」
その声は冷たく、一瞬も躊躇する様子はなかった。
先ほどまで青の間でブルーに語りかけていたのとは、まるで別人のようだった。
その身に纏う気配にも、温かさのかけらもなかった。
「……はい」
ハーレイは内心戸惑いつつも、その命令に従い、各セクションに指示を出した。
ジョミーはメイン・スクリーンに映る、虚空の宇宙に視線をやった。
その翡翠色をした瞳には迷いはなく、ただ冷たく冴えていた。
失ったのは赤い大地。多くの同胞の命。
そして───……。
それでも、貴方を地球へ連れて行く。
そのためなら、手段は選ばない。
どれほどの憎しみを向けられても構わない。
貴方を必ず地球へ連れて行くために。
もう二度と、大切なものを失わないために───。
<END>
77777を踏んで下さったのはさくらさま、リクエストは「ジョミブルでジョミーがちょっとだけシン化」でした。
でも17話以降、ブルーが生存設定で書いたら、なんだか「シンがちょっとだけジョミー化」したような…(−−;)
最近はパラレルばかり書いている私ですが、こうしてアニテラ設定で二次創作をしてみるとあらためて、ブルーに
地球を見せてあげたかった……!(><)とやっぱり思っちゃいますね。
24話で絶命したジョミー(シン)は、自分の人生を生ききったと思ってはいます。
けれどブルーために、そしてジョミー自身のために、ジョミーにブルーを地球に連れて行ってほしかったです。
さくらさま、リクエストありがとうございました!
ちょっとリクエストとは外れちゃっいましたが、すみませんですm(__)m
2008.11.03
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