虹
土曜日の午後、授業の終わった高校は活気にあふれていた。
外は小一時間ほど雨が降っていたが、それもようやく止んで空には晴れ間が広がり始めていた。
昼食の時間もとうに終わり、生徒たちはそれぞれ所属する部活動へと向かい、午後の活動を始めようとしていた。
そんな中、ジョミー・マーキス・シン───シンは校舎内を歩き回っていた。
金髪に翠の瞳、長身で顔立ちの整っているシンは、否が応でも人目を引いた。
そんなシンは誰かを捜している様子だった。
しかし誰に聞いてもその行方はつかめなかった。
シンは表面上こそ冷静な表情を変えなかったが、内心少々苛立っていた。
「どこへ行ったんだ、あの人は……」
探しているのは二つ年上の幼馴染み。
一緒に通うこの高校の生徒会長でもあり、そしてシンの大切な人でもあった。
生徒会の仕事は常に山積みだというのに、彼は時々忽然といなくなってしまう。
シンは高校一年生ながら同じ生徒会の副会長に立候補し、見事当選した。
時々姿を消してしまう生徒会長を捜すなど、副会長の役目にはなかった筈なのだが、何度シンはこうして捜しまわった
事だろうか。
行き先を告げずにいつの間にか消えてしまった彼は、シンからすれば自分よりもはるかに華やかな容姿をしているのに、
誰に聞いても姿を見た者はいなかった。
雨上がりのグラウンドには、運動部の生徒たちが部活の用意を始めていた。
校舎の三階の窓から何気なくシンがそれを見ていると、生徒たちが空を指さして騒いでいた。
何事かとシンもそちらに視線を向けて、その理由がわかった。
『もしかしたら……』
ふと思い立ったシンが向かったのは校舎の屋上。
普段立ち入り禁止となっている重い扉のノブに手をかければ、それはカチャリと音を立てて開いた。
扉の向こうに広がるのは濡れたコンクリート。
視線をめぐらせれば、屋上の端にぐるりと張られた鉄柵の手前に人影が一つ。
そこに、シンが探し続けていた姿があった。
シンと同じ制服を身につけた身体は、年上とはいえシンよりも細い。
後ろ姿では銀色の髪しか分からないが、彼がどんなに美しいか、その真紅の瞳がどれだけ人を惹きつけるか、シンは
よく知っていた。
シンが歩み寄っても彼は振り返る事はなく、鉄柵に両肘をついて遠くを見ていた。
「……見つけましたよ、ブルー」
「ああ、ジョミー」
シンが捜していた人物───ブルーは隣に立ったシンを見た。
けれど突然現れたシンに、ブルーは驚きはしなかった。
それどころか嬉しそうに微笑んだ。
「僕がここにいるのがよく分かったね」
「皆が空を見て騒いでたので、もしかしてと思って」
雨上がりの空にはひと筋の虹がかかっていた。
赤、橙、黄、緑、青、藍、そして紫───美しい色合いで空に描かれた、七色の橋。
ブルーは空に視線を戻しながらつぶやいた。
「もしかしたら虹が見れるんじゃないかと思ってね。案の定、ここはベストポジションだった」
涼やかに微笑むブルーの手には屋上の鍵がしっかりと握られていた。
立ち入り禁止の屋上の鍵は、教師もしくは生徒会長しか使用は許されていない。
「生徒会長としてはあるまじき行為ですね」
「いいじゃないか、少しくらい」
シンが苦言を呈しても、ブルーはどこ吹く顔だ。
それどころか、そういえばと逆にシンに問いかけてきた。
「君は本当に僕を見つけるのが上手いね」
「……そりゃあ、貴方を追いかけるのには年季が入っていますから」
幼い頃からいつでも常に、二つ年上のブルーをシンは追っていた。
雨上がりのまだ微かに湿り気を帯びた風が、二人の身体を撫で過ぎていった。
二人はただ虹を眺めた。
なんという事はない日常。
けれど時折、シンの胸にこみ上げてくるものがあった。
二人して眺める虹の色は、本当に同じ色をしているのだろうか。
かつても───……生まれる前も。
失ってからもずっと、求めていた。
追い続けていた。
同じ時間を過ごせたのは、互いの人生の中で僅かな時間だけだった。
過ごした時間の長さだけですべてが計れる訳ではないけれど、それでも僕はもっと貴方と共に過ごしたかった。
……こんな風に、穏やかに、焦がれた地球で。
貴方と過ごしたかった。
二人一緒に。
やっと───やっと、つかまえた。
しばらく互いに無言で虹を眺めた後、不意にブルーがつぶやいた。
「……そろそろ行こうか」
「え?」
「君が捜しに来たという事は、皆が待っているんだろう?」
午後、生徒会の会議が開かれる予定だった。
生徒会室では今頃、役員の面々が待ちくたびれているだろう。
もしくは生徒会長の所在不明はいつもの事だと、のんびり過ごしているだろうか。
「覚えているなら少しは自重して下さい」
「会議は遅れてもできるけど、虹は消えてしまうじゃないか」
生徒会長とは思えない暴言を、しかしある意味では正論をブルーは述べた。
「でも君には手間をかけたね。すまなかった。さあ、行こう」
「ええ……」
迎えにきた身としてはブルーの言葉は嬉しい筈だろうに、シンはどうした事かここから立ち去りがたいようだった。
それに、すぐにブルーは気づいた。
「ジョミー……?」
ブルーはシンを見つめた。
その紅い瞳はシンだけを映し、気づかわしげに眇められた。
「どうかしたのかい?」
「どうして?」
「君が……なんだか苦しそうだ」
ブルーはかつての記憶も力も持たないのに、時々シンの心が敏感に伝わるようだった。
驚いたようにシンは目を見開いたが、すぐにそれを和らげた。
「そんな事は、ないです……」
僕が覚えているから。
すべて覚えているから。
貴方は何も思い出さなくていい。
こうして一緒にいてくれるなら、それだけで───……。
「……大丈夫」
シンはブルーに笑いかけて、一歩を踏み出した。
「行きましょう、ブルー」
「ああ……」
シンの笑顔に安堵しつつ、ブルーも共に歩き出した。
そしてシンの隣に並び、つぶやいた。
「今度はちゃんと君も誘うよ」
「ええ」
ブルーの微笑みに、シンは心から笑顔を返した。
これから二人で同じ時を歩もう。
そして二人で、また一緒に虹を見よう。
望んだ美しい星の、青い空の下で───。
<END>
80000を踏んで下さったのはワセイ様です。
リクエスト内容は「シン×ブル」でした。
アニテラ設定で書こうかパロディで書こうか、シリアスにしようかコメディにしようかいろいろ迷ったのですが、結局こんな感じになりました。
ジョミブルだと明るいだけになりそうですが、シンブルは少しの痛みを秘めて。
でもやっぱり幸せで。
ワセイ様、リクエストありがとうございました!
2008.10.16
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