もう一度 〜thirteen years later〜
まだまだ風も冷たい3月の日曜日。
とある街の道の駅の駐車場で、一人の人物がその施設へ立ち寄った者たちの注目を集めていた。
艶やかな銀色の髪だけでも充分に人目を引くと言うのに、その男性はひどく整った顔立ちをしており、立ち姿も涼やか
で───何より宝石のように輝く紅い瞳が印象的だった。
駐車場でそれぞれ車から降りたった女性はもちろんのこと、男性までもが視線を奪われた。
そのくらい印象的な人物だった。
ほとんどの者たちは一定の距離を置いて、見た事もない麗人を見つめていた。
けれどどこの世にも無謀な者はいて、二人の女性が意を決して声をかけてきた。
「あのお……」
「はい?」
恐る恐るといった風な女性たちだったが、予想外ににこやかに返事をされて俄然二人は勢いづいた。
「あの、旅行中ですか?」
「ええ、まあ」
相手が嫌な顔を見せないのに気を良くして、二人はますます大胆になった。
「どちらへ行かれるんですか?」
「よかったら私たちと一緒に───」
「せっかくですけど、僕は婚約者と一緒なんです」
麗人がにこやかに答えるのと同時に、一人の少年がそこへやってきた。
「お待たせ!」
「ジョミー」
走り寄って来たのは見事な金髪をした少年だった。
銀色の髪をした麗人と趣は異なるが、こちらも大層な美形だった。
顔立ちは凛々しく、瞳の色は深い翠。麗人より年若に見えたが、身長は少年の方が少しだけ高かった。
ジョミーと呼ばれた少年は麗人の隣に立ち、その整った顔立ちを曇らせ、翡翠色の瞳を険しくして女性二人を見た。
「この人たち、誰?」
「さあ」
のんびりと答える麗人の手を、少年は自らの手でしっかりと握りしめた。
「用がないなら行くよ」
「ああ。じゃあ失礼します」
「ブルー!」
ブルーと呼ばれた麗人は、少年にあっという間に連れ去られてしまった。
「……あれが、婚約者……?」
「…………」
後には唖然とした女性二人が取り残された。
ブルーを連れたジョミーは、広い駐車場に停車している百台弱の中の、一台の車の助手席にブルーを連れて行った。
そして自らは運転席へと乗り込み、少々苛立った様子でつぶやいた。
「車の中で待っててって言ったのに」
きっとブルーは周囲の注目を集めてしまうから、ジョミーは一人で買い物に行ったのに、これでは何の意味もなかっ
た。
「外の空気を吸いたかったんだ」
「それは分かるけど……」
ジョミーに答えるブルーの態度は穏やかだ。
気を取り直して、ジョミーは上着のポケットから缶コーヒーを2本取り出し、その一本をブルーに手渡した。
「はい」
「ありがとう」
ジョミーは缶コーヒーのプルタブを開け、コーヒーを一口飲むと、それをシフトレバーの前に置いた。
そしてシートベルトをし、キーを回してエンジンを始動させた。
「ブルー、シートベルトして」
「ああ」
助手席でやはりコーヒーを飲んでいたブルーは、ジョミーに促されてシートベルトをした。
それを確認してから、ジョミーは車を発進させた。
今日はジョミーの運転で、ドライブにやってきていた。
目的地は自宅から1時間半ほど離れた海。
天気も雲こそ多いが快晴だった。
夏に18歳になったジョミーは、推薦で大学に合格してすぐに教習所に通い出し、先日ようやく自動車免許を取得し
た。
そして撮れたての免許で、ブルーをドライブに誘ったのだ。
ブルーは初心者の運転なのに躊躇いもせず、ジョミーの提案に頷いた。
ジョミーは父親所有の車を借り、喜々として出発した。
ハンドルを握って運転するジョミーには少々の緊張があったが、車は安全運転で滑らかに道路を走行していた。
その落ち着きぶりに、ブルーは感心したように言った。
「ジョミーは運転が上手いね」
「そう?」
「うん。僕は自分では運転できないけど、安心して乗っていられるよ」
乗り物酔いで気分が悪くなったりもしない。
ブルーは助手席でコーヒーを口にし、くつろぎながらそう話した。
ブルーはジョミーの家の隣の家に住む隣人だった。
今年29歳になったブルーは、とうの昔に大学を卒業し、社会人となって何年も経っていた。
ジョミーよりも11歳年上のブルーは、なのにまだ20歳ほどにしか見えない。
昔から華やかで整った容貌をしていたが、その美貌は少しも変わらない。
幼なじみというには年が11歳も離れているけれど、ジョミーは昔からブルーの事が大好きだった。
幼い頃はブルーの部屋に入り浸り、自宅に帰るのを嫌がるほどだった。
ブルーもそんなジョミーを可愛がり、お互い一人っ子の二人はまるで兄弟のように育った。
しかし小さかったジョミーももう高校を卒業する歳だ。
すっかり成長し、ブルーの持たない運転免許を先に取得し、こうしてドライブに連れ出してくれる日がこようとは、ブ
ルーは思ってもいなかった。
「あんなに小さかったのに……」
感慨深そうにブルーはつぶやいた。
ジョミーは運転中なために、視線を助手席のブルーに向けられず、声だけで聞いてきた。
「なに?」
「なんでもない」
ブルーは微笑みながら、何も教えてはくれなかった。
ジョミーは不思議そうだったが、運転中なため追及もできなかった。
そのまま、たわいのない会話を続けながら車は目的地へと進んだ。
ドライブを続け───ふと気がつけば、ブルーは助手席でいつの間にか眠ってしまっていた。
社会人として働くブルーだ。きっと疲れているのだろう。
休日は一日中家で休養している事も多かった。
ジョミーはブルーを起こすでなく、代わりにアクセルとブレーキを踏む右足に、細心の注意を払った。
「……ん……」
ドライブを続けて、目的地の海まであともう少しという所でブルーは目を覚ました。
「寝ていていいよ。もうすぐ着くから」
「!」
労わるように優しいジョミーの声。しかしブルーは逆にその言葉を理解して、驚いて目を覚ました。
瞼を開いて窓の外を見れば、既に街並みの間から小さく青い海が見て取れた。
「ああ、ごめん、僕……」
すまなそうにブルーは口を開きかけた。
「いいよ、疲れているんでしょう?」
謝ろうとするブルーを制して、ジョミーは笑顔で言った。
「それより僕のために時間を作ってくれて、嬉しかった」
「ジョミー……」
その笑顔を、ブルーは眩しく見つめた。
いつもブルーの後を付いてきた小さなジョミーは成長し、隣に立つようになっていた。
子供の頃の我が儘さなどはすっかり影をひそめて、時にはブルーを労わったりもしてくれる。
いつの間にジョミーはこんなに大人になっていたのだろうか。
そんな事を考えていたブルーは、左手の違和感に気がつくのに遅くなった。
ふと見れば指に、見覚えのない物が嵌っていた。
「これは……ジョミー、君が?」
「あ、気がついた?」
ジョミーは苦笑しながら答えた。
眠っている間に嵌められたのだろう、ブルーの左手の薬指に指輪が輝いていた。
銀色のリングに嵌められていたのは、小さいながらも真紅に輝くルビーだった。
ブルーの瞳の色とよく似た色だった。
「どうしたんだい?」
「僕の半年分のアルバイト代」
「アルバイトなんかしてたのかい?」
いつとブルーが問えば、ジョミーは大学合格が決まってすぐに、と答えた。
確かに秋から最近まで、ジョミーは家を空ける事が多かったが、それは教習所に通っていたためだとブルーは思って
いた。
その間にジョミーがアルバイトまでしていた事など、ちっとも知らなかった。
「海に着いたら渡そうと思っていたんだけど、ブルー眠っちゃったから、驚かせようと思って……」
「驚いたよ。でも、どうしてこれを僕に……?」
そう問うブルーに、ジョミーはすぐには答えなかった。
しばらく無言のまま車を走らせた。
そして深呼吸をひとつすると、ジョミーは意を決したように口を開いた。
「ブルー、僕と結婚して」
「ジョミー……!」
突然のプロポーズに、ブルーは紅い瞳を瞬かせた。
ジョミーは構わず言葉を続けた。
「今すぐなんて言えないけど、僕が大人になったら……」
「君はもう18歳じゃないか」
「そういう意味じゃなくて、一人前になったらって事だよ」
今はまだジョミーはただの高校生だ。
自分ではもう子供じゃないつもりだが、大人だと言い切る根拠もない。
教習所に通ったのも何かしら自分にハードルを課したかったからで、無事に免許を取得した暁にはブルーにプロポ
ーズするつもりだった。
もっともそれにはお金がかかり、貯金も、指輪代にするつもりのアルバイト代も、かなりな額を教習所へと振り込まな
ければいけないという誤算もついてきた。
きっと社会人であるブルーなら、こんな事で困りはしないだろう。
けれどそれでも、ジョミーはブルーにプロポーズしたかった。
今日もそうだったが、少しでも目を離すと誰が言い寄ってくるか分からない、ブルーはそのくらい魅力的だったから。
だから一日でも早く申し込みたかったのだ。
ジョミーが助手席を見れば、ブルーは自らの左の薬指の赤い指輪を見つめたまま、考え込んでいた。
その様子に、ジョミーは急に不安になった。
「……返事して、ブルー」
「僕はもう婚約しているんだけど」
「え……!?」
思いがけないブルーの返事に、ジョミーは車を路肩に急停車させた。
今までの安全運転が嘘のような乱暴さだった。
後続車からクラクションを鳴らされたが、ジョミーは構わなかった。
車を止めたジョミーはシートベルトを外すと、助手席のブルーに詰め寄った。
「いつ? 誰と!?」
「忘れてしまったのかい?」
ブルーはポケットを探ると何がを取り出した。
ほら、と、それを右の掌の上に乗せてジョミーへと差し出した。
「これ……」
それは赤いガラスのおもちゃの指輪だった。
13年前、まだ幼い5歳のジョミーが夏祭りの夜にブルーにあげたものだった。
「思い出したかい?」
「忘れてなんかいないよ。でも、まだ持っていて……くれてたの?」
「君がくれたものだもの」
呆然とするとジョミーに、微笑みながらブルーは言った。
「僕の返事は変わらないんだけど、もう一回答えた方がいいのかな?」
驚くジョミーの隣で、ブルーは微笑んだ。
ジョミーがブルーをずっと好きでいてくれたように、ブルーもジョミーの事が好きなのだ。
「ブルー……!」
目を見張るジョミーの隣で、あの日と同じ紅い瞳がジョミーを見つめていた。
ジョミーがそっと顔を近づけても、ブルーは逃げなかった。
それどころか瞼を閉じてくれた。
胸を高鳴らせながら、ジョミーはさらにブルーに近づいた。
そして二人の唇がもう少しで触れ合うという時、けたたましいクラクションが再び鳴り響いた。
「うわ!」
「?」
ジョミーとブルーが振り返れば、自分たちの車が道端に停車しているせいで、後続車が延々と渋滞してしまっていた。
「まずい……! 早く車、動かさなきゃ」
「任せるよ」
急いでシートベルトを締め直し、ウィンカーを点滅させてジョミーは車を発進させた。
ブルーはクスクスと楽しそうに笑いながら、それを頼もしく見つめていた。
せっかくのチャンスを逃したのは残念だったが、アクセルを踏むジョミーの心は嬉しさに満ちていた。
その後、二人は目的地の海に無事に辿り着いた。
3月の海辺には人影もなく寂しい風情だったが、ジョミーもブルーもそんな事は気にもならなかった。
隣には心をあたためてくれる互いがいるのだから。
そして二人は今度こそ、ジョミーが幼い頃にはしなかったキスをした───。
<END>
90000を踏んで下さったから友さまからのリクエストは、「なつのよる よいまつり」の子ジョミブルの二人でした。
大きくなった子ジョミとブルーで、幸せなシーン(たとえばプロポーズとか)をとの事。
大丈夫そうと思い書き始めましたが、いざ書いてみるとこれがもう難しかったです。
なにしろ友さまがご期待下さったような、「シン様ともジョミーとも違うカッコいい子ジョミ」というのが、そりゃあもう難関で(ーー;)
試行錯誤はしたんですが……なんだかちょっと挫折……した、よう、な……。
これが私の精一杯です(><)
友さま、ごめんなさい!
そしてリクエストありがとうございました〜!
2009.01.31
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