子供の時間
今日も講義と訓練を終えたジョミーは、上機嫌で青の間へと向かっていた。
ESPのコントロールも日々上達しており、充実感を味わっていた。
何より先日、ついうっかりとブルーに告白めいた事をしてしまった。
嫌われる、軽蔑される───と覚悟したジョミーだったが、意外にもブルーは穏やかに笑ってくれた。
それだけでもうジョミーは嬉しく、救われた気持ちだった。
そして今日もこうして青の間へと向かっている訳だったが、一刻も早くブルーの顔が見たくて、ジョミ
ーはふと閃いた。
いつもシャングリラ船内の廊下に沿って走っていくが、直線的なルートで突っ切っていけば、それだけ
早く着くのではないだろうか。
思い立ったが即実行。
ジョミーは廊下から外れて中庭に出て、青の間に向かうのに最短距離と思われる部屋に入った。
「あっ、ジョミー!」
扉の向こう───ジョミーの目の前に広がったのは幼い声。
そこはミュウの子供たちの保育ルームだった。
ミュウの子供たちが部屋に飛び込んできたジョミーを見つけて、わらわらと集まってきた。
しまった、と思ってももう遅い。
あっという間にジョミーは、子供たちに四方を取り囲まれてしまった。
「遊ぼうよ、ジョミー」
「ごめん。僕はちょっと、行くところがあって……」
苦笑いをしながら、ジョミーはやり過ごそうとしたのだが、子供たちはそれくらいでは引き下がらない。
「どこ行くの?」
「えっ」
そう聞かれた瞬間、ジョミーの脳裏に浮かんだ姿。
紅い瞳、銀の髪───この船の者なら知らないはずはない、ミュウの長。
テレパシー
それをミュウの子供たちは思念波で感じ取った。
「……ああ。ソルジャー・ブルーのところね」
「そうなんだ。だから君たちと遊んでいる時間がなくて───」
そう言って、すぐに退散しようとしたジョミーの言葉を、子供の一人が遮った。
「ジョミーばっかり、ずるい!」
「ずるい……?」
「あたしもソルジャーに会いたい」
とんでもない事を言いだされて、ジョミーは呆気にとられた。
しかし一人が言いだしたそれは、すぐに子供たち全員に伝わった。
「僕も!」
「あたしも!」
十数秒後には、ソルジャーに会いたいと、部屋中に響くような大合唱が始まった。
「君たち……」
とてもジョミーに収集がつけられるような状態ではなかった。
困り果てたジョミーは、傍らのミュウの長老の一人に助けを求めた。
「ヒルマン教授……」
「おやおや、すごい騒ぎになってしまったな」
普段から子供たちの養育を担当している、温和な顔だちのヒルマンも、突然起こった大騒ぎに苦笑いを
するしかなかった。
そして次の日───青の間にはジョミーの他にも、ミュウの子供たちが十数人、ずらりと並んでいた。
なだめても諌めても子供たちの興奮は収まらず、結局ヒルマンが長老たちとソルジャー・ブルーに伺い
をたてた結果だった。
そのきっかけを作ったジョミーは、ブルーの枕元に立ち、しょんぼりと頭を下げた。
「すみません……」
「いや、僕も皆に会えて嬉しいよ」
体調がいいと言うブルーはちゃんと目覚めて、ベッドにこそ寝ていたが上半身を起こし、しっかりと話
した。
無理をしているのではないかと、ジョミーは内心心配だった。
ベッドから少しだけ距離を置いて、一列に並んでいた子供たちは、せーのという小さなかけ声の後に、
全員で声をそろえて挨拶をした。
「こんにちは、ソルジャー・ブルー!」
いつもは静かな青の間が、騒がしい事この上ない。ジョミーは顔をしかめたが、ブルーは優しい瞳をし
て子供たちを見つめていた。
「こんにちは。皆、よく来てくれたね」
補聴器をつけているくらいだから、子供たちの大声もブルーにとっては逆に聞きやすいのだろうかと、
ジョミーはぼんやり考えた。
予め相談して順番を決めていたのだろう。子供たちは一人ずつ、行儀よくブルーの枕元に近づいて見舞
いの言葉をかけた。
「ソルジャー、元気になったの?」
「ああ、元気だよ。心配をかけたね」
男の子の次は女の子だった。
「ジョミーばっかりソルジャーに会えるんだもん。ずるいわ」
「でも、お蔭で君たちにもこうして会えて嬉しいよ」
男の子に比べると、女の子の方が口も達者で言うことも大人びている。
ブルーはその一人一人に、笑顔で丁寧に答えを返した。
「ソルジャー、これ……」
「?」
次の女の子が何かを手のひらに乗せてブルーに差し出した。
彼女が差し出したのは一個のキャンディー。きっと自分の分のおやつを、わざわざ残したのだろう。
物資の少ないこの船で、こんな小さな子供がどれだけの我慢をしてこれを残したのか。
受け取らずに彼女に食べさせる事もできたのだけれど、ブルーは敢えてそれを受け取ると、大切に自分
の手のひらの中に握りしめた。
「ありがとう───。本当に嬉しいよ」
微笑んで、ブルーは女の子の頭を撫でた。
撫でられた女の子は、まるで勲章をもらったみたいに満面の笑顔になった。
途端に子供たちはわっとブルーのベッドの周りに群がった。
「こら、みんな!」
ジョミーが止めようとしても、子供たちの突進は止まらない。
「僕も僕も!」
「ソルジャー、あたしも!」
「ああ、順番にね」
きゃあきゃあと、ブルーの周りは大騒ぎになった。
でも子供たちに囲まれたブルーはとても楽しそうだった。いとおしそうに子供たちを見つめて、一人ず
つ頭を撫でた。
その中の女の子が一人、ブルーに撫でられて嬉しそうに言った。
「ありがとう。大好き、ソルジャー」
「僕も大好きだよ」
言われた女の子は嬉しそうに笑った。ブルーも微笑んだ。
別の女の子が、張り合うように声を上げた。
「あっ、あたしは愛してます!」
「僕も愛しているよ」
愛とはなんなのか、まだまだ分からないだろうに。
けれどそれを否定せず、ブルーはそれにも微笑んで答えた。
そんな子供たちとブルーの会話を聞きながら、ジョミーはふと思った。
もしも、もしも自分がここで好きだと言ったら、ブルーは同じように好きだと答えてくれるのだろうか。
子供と一緒にされるのは面白くないが、もしもそう言ってもらえたら、どんなにか嬉しいだろう。
ジョミーは本気で考え込んでしまった。
「ジョミー?」
子供の一人に呼ばれて、ジョミーははっと顔を上げた。
気がつくとブルーと子供たちが全員、ジョミーの方を見つめていた。どうやらジョミーの不安定な思念
が、皆の注目を集めたようだった。
「どしたの?」
女の子の一人が無邪気に聞いてきた。
言ってみようか、どうしようか───悩んだジョミーだったが、元々ジョミーは悩むのが嫌いだった。
言わないで後悔するよりも、言って後悔した方がいい。
「僕も……」
意を決したジョミーは、真っ直ぐにブルーを見つめながら言った。
「僕も、大好きです」
「──────」
ジョミーの碧の瞳に見つめられたブルーは、一瞬言葉を失った。
ジョミーも心臓が爆発するんじゃないかと思うくらい、緊張していた。
ジョミーとブルーの常にない様子に、子供たちもどうしたのかと黙りこんだ。
沈黙がいつまでも続くのかと思われた時、口を開いたのはやはり長であるブルーだった。
「……ありがとう」
「え……」
「ありがとう、ジョミー」
小さな声で答えると、ブルーはジョミーに微笑んだ。
微笑んでこそいたけれど、その表情は明らかに子供たちに向けていたものとは違っていた。
どこか辛そうな───苦しそうなブルー。
けれどジョミーは受けた衝撃の大きさのあまり、ブルーのそんな様子までには気がつかなかった。
『何で僕だけ答えてくれないんだっ!?』
内心ショックとパニックで、頭がぐるぐると回るような中、はた、とジョミーは気がついた。
好きだと伝えたその後、ブルーの態度には何の変わりもない。
だからジョミーも今まで通りに接していた。
あまりにも普段通りだったから、だから気づかなかったけれど、ジョミーは決してブルーに受け入れら
れた訳ではなかったのだという事を───。
否定されなかったからといって、決して応えてもらった訳ではなかったのだ───……。
数日経ってからいまさら気がついた現実に、ジョミーは絶句して立ち尽くした。
目の前ではブルーと、無邪気に振る舞う子供たちが楽しそうに過ごしていた。
いっそ子供に戻れたらよかったのにと、ぼんやりと埒もない事を思うジョミーだった。
最初は、シリーズにしようとか、何にも考えてなくて、ただジョミブルを書きたいってだけで始めたのですが……。
なんとなく続き物になっちゃって、最近タイトルに困ってきました。
いっそ「私を地球へ連れてって」とかね、何でもいいからつけとけば楽だったかしら(^^;)
2007.07.24
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