昔むかし 〜合成トマトの呪い〜



   人間たちから追われ、一隻の船「シャングリラ」に隠れ住むミュウたち。
   迫害される状況は変わってはいないが、人間たちに発見さえされなければ、戦いも起きはしない。
   今日も緊迫した───けれど平穏な一日が終わった。
   シャングリラには広いスペースを持つ食堂があり、一度に数百人が食事をする事ができた。食事時には
  たくさんの者たちが食堂へと集まってくる。
   この船にいる者一人一人には仕事が割り当てられ、定められた仕事の空き時間に食事をとり、また多少
  の自由な時間を過ごしていた。
   今のところのジョミーの仕事といえば、講義、訓練、講義、訓練───その繰り返しだ。
   夕食時、たくさんのミュウの仲間たちと同じように、ジョミーも食堂へとやってきた。
   一人分の食事をセルフサービスでトレイの上に乗せ、ジョミーはどこか座る席はないかと見回した。
   ざっと見るかぎり、空いている席は見当たらなかった。
   時間差を設けているとはいえ、朝昼晩の食事時はやはり一番混む時間帯だ。
   ジョミーは目を閉じ、超能力を使って席を探した。
   すると、食堂の隅の方に、ぽっかりと空席があるスペースがあるのが分かった。
  『やった、ラッキー!』
   急いでそこへ向かうとやはり、そこには5〜6席の空席があった。
   こんなに混んでいるのに何でここだけと一瞬不思議に思ったが、ジョミーはとにかく空腹で早く食事が
  したかった。
   空席の真ん中で一人、食事をしている先客に、一応礼儀として声をかけた。
  「ここ、いいですか?」
  「どうぞ」
  「お邪魔しま───……っ!」
   椅子に座りかけたジョミーの動きが止まった。
   座りかけた席の真正面を見れば、そこにはなんとゼル機関長が座っていた。
   ゼルは船長のハーレイたちと同じく、もう長い間ソルジャー・ブルーと行動しており、ミュウたちの中
  でも「長老」と呼ばれていた。
   実際その容貌は、若さを保ちたがるミュウたちの中で、長老と呼ばれるのに違和感のない老人の姿をし
  ていた。
   何を隠そう、ジョミーはこの人が苦手だった。
   いつも文句や小言ばかり言って口うるさい。見るからに頑固といった風で、何を話せばいいか分からな
  い。
   今もゼルはしかめ面で、一人黙々と食事をしていた。
  「どうした、座らんのか」
  「あ、はあ……」
   ジョミーがためらっていると、ゼルの方から声をかけてきた。
   まさか今さら他へ行く訳にも行かず、ジョミーは気が進まないながらも、引いた椅子に腰を下ろした。
   この船では特別な理由でもない限り、どんな要職についている者でも、食事は食堂でとる事になってい
  た。
   お偉いさんなら自分の部屋ででも食べればいいのにとジョミーは思った。もちろん怒られるのは分かっ
               ガード
  ているので、思考は防壁しておいた。このくらいなら最近の訓練でできるようになっていた。
   仕方なく、ジョミーは食事を始めた。
   スプーンを手に取り、スープを一口飲んだが、緊張であまり美味しいと感じられない。
   ゼルもジョミーも互いに話すことなど無く、ただ二人向かい合って気まずいまま食事を続けた。
   ゼルが居たからこの一角だけ空席が目立っていたのだと、ジョミーは内心納得した。
   こうなったら早く食べ終わって席を立とうと、ジョミーはまるで早食い競争のような勢いで、目の前の
  食事を平らげた。
  「ごちそうさま」
   一分経つか経たないかのうちに、ジョミーは食事を食べ終えた。
   そしてさっさと席を立とうとしたジョミーだったが、そこへゼルが声をかけてきた。
  「おい、トマトがまだ残っとるぞ」
   確かによく見ると、空になった数枚の皿の中にたった一つ、合成トマトが丸々としたまま残っていた。
  「ああ、これ……まずいから残したんです」
  「まずいとはなんじゃ!」
   ゼルが急に大声を出した。
   驚いたジョミーは立ちかけたのをやめた。
   近くにいた数人の者たちも、何事かとジョミーとゼルを遠巻きに見やった。
  「お前は貴重な食料を何だと思っとる!」
  「まずいものはまずいんです。無理して食べなくたっていいでしょう!」
   確かにこの合成トマトの味は、酷いものだった。
   色も形も一応トマトではあるが、中身は水っぽく、あまりトマトらしい味がしなかった。
   食べられない事はないが、好んで食べたいとは思わない。他の多くの者たちも、食事で合成トマトを残
  す者は多かった。
   ゼルは一人、ひどく憤慨していた。
  「まったく、若い者はこれじゃ……。ワシやソルジャー・ブルーが、どれだけ苦労してこの合成トマトを
  作ったと思っとるんじゃ」
  「ブルーが?」
  「そうだ」
  「…………」
   その名前を出されると、ジョミーは弱いのだ。
   改めて席に座りなおし、トマトと向き合う。
   けれど───どうしてもそれを口元に運ぶ気力がわいてこない。
  「好き嫌いばかり言って食べないと、お前もトマトに呪われるぞ」
  「はあ?」
   何言ってんだ、この爺さん。
   訝しげなジョミーの視線に、ゼルはふんと鼻で笑った。
  「知りたいか?」
  「え……はあ、まあ」
   どうやらゼルの方がジョミーに話したいらしい。
   ゼルもとっくに食事を終えていたが、席を立とうとしないのはそのためらしかった。
   ジョミーの方は、何だかよく分からないが、呪いなんてちょっと非現実的で興味をそそられた。
   ゼルは咳払いを一つすると、重々しく語りだした。
  「あれは約三百年前、アルタミラの惨劇の後───」
  『そこからか……。年寄りの話は長いんだよな』
  「誰が年寄りじゃ!!」
   うっかり思考を防壁するのを忘れたジョミーは、ゼルにしっかりと怒られた。
  「あ、聞こえちゃいました? ごめんなさい」
   けれど図々しくもあっけらかんと謝るジョミーに、ゼルも毒気を抜かれたようだ。
  「まったく、なんでこんな奴をソルジャーは次代の長に選ばれたのか……」
   ブツブツと文句をこぼしながらも、すぐに怒るのをやめにして話を始めた。


   合成トマトの評判は、開発した当初からあまり芳しくはなかった。
   何といってもまずいのだ。
   けれど栄養価は充分。食料事情が悪い中、ミュウたちの貴重な栄養源の一つだった。
   食べ物が不足しがちな中、大人たちは我慢してそれを口にした。
   けれど子供たちは───……。
  「やだやだ、食べないっ」
  「こらっ、食べ物を粗末にするんじゃない!」
  「だっておいしくないんだもんっ!」
   そこはミュウの子供たちの部屋だった。
   それぞれ親元で育っていたが、ミュウだと判明し、処分される前に助け出されてこの船にやって来た子
  供たちだった。
   今より仲間の数も少なく、若かりし頃のゼルやエラ───後に長老と呼ばれる者たちも、交代で子供の
  世話をしていた。
  「何の騒ぎだ?」
  「ああ、ソルジャー・ブルー」
   偶然、前を偶然通りかかったブルーが、何事かと部屋に入ってきた。
  「この合成トマトが苦手な子がいて、どうにも食べないんです」
   ゼルが言うのは、数人の子供たちの中の一人。金髪の、腕白そうな男の子だった。
   ちょうどおやつの時間だったのか、他の子供たちは合成トマトを食べていた。
   けれど一つだけ、床に潰れて転がった真っ赤なトマトがあった。
   気まずそうに視線を落としている男の子の態度を見れば、誰がそれを投げ捨てたのかは明白だった。
   ブルーは男の子の前に片膝をついて座り、視線をあわせた。
  「君、トマトが嫌いなのかい?」
  「大っ嫌い!」
   よほど嫌いなのか、男の子はブルーの問いかけに即答した。
   そして、急に大きな碧の瞳に涙を滲ませた。
  「ママのご飯の方がおいしいもん。ママのご飯が食べたい……」
   母親を思い出したのだろう。急に泣きだした。
   けれどどんなに母親を恋しがろうと、ミュウと判断された以上、もう帰る家などどこにもないのだ。
   ソルジャー・ブルーは、その子供を抱き上げた。
   大きな瞳からポロポロとこぼれる涙を拭ってやると、優しく語りかけた。
  「そうか……。でも、君に嫌われたトマトは悲しいだろうね」
  「───……」
   押し黙った子供に、ブルーは続けた。
  「僕も昔、君みたいにトマトが大嫌いだったんだ」
  「え、ほんとう?」
   ブルーの言葉に子供は涙を止めて、きょとんとした顔をした。
  「うん。それでずっと食べずに残して捨てていたら、捨てられたトマトたちが悲しんでね……。どうして
  捨てるんだ。僕たちは何も悪い事なんかしてないのにって」
   ブルーの話に子供は聞き入っていた。自分がミュウという新人種である事は、幼いながらももう理解し
  していた。
   それと重なるものを感じたのか、やんちゃそうなのに珍しくおとなしくしていた。
  「それでもどうしても食べられずにいたら……怒ったトマトたちの呪いで、僕の目は真っ赤になってしまっ
  た」
  「えええーっ!!」
   子供は驚いて、大声で聞いてきた。
  「ソルジャーの目が赤いのって、トマトのせいなの!?」
  「そうだよ。元々は青い瞳だったんだ」
   子供はブルーの瞳をじっと見つめた。
   ブルーの瞳はどう見ても真紅で、それが昔は青い色だったなんて不思議な感じだった。
  「トマトたちの気持ちを知って、僕も反省してトマトを食べるようになった。でも目の色はずっと赤いま
  まなんだ」
   ブルーは真っ直ぐ子供の大きな瞳を見つめながら言った。
  「君も赤い目になんかなりたくないだろう? だから、トマトはちゃんと食べてあげるといいよ」
  「…………うん」
  「いい子だ」
   渋々ながら頷いた子供の頭を撫でて、ブルーは彼の小さな体を床に下ろした。
  「ありがとうございます、ソルジャー」
   側で見ていたゼルも安堵した。
   それで、この件は一件落着したかに思えた───。


   次の日、ブルーの部屋に駆け込んで来た者がいた。
  「ソルジャー・ブルー! あんたは子供たちに何を言ったんだい!?」
  「何って……どうしたんだ?」
   怒鳴り込んできたのは、今日の子供の世話を担当していたブラウだった。
  「子供たちが皆、揃いも揃ってトマトを食べないんだよ」
  「皆って、まさか全員か?」
   ちょうど相談事があり、ブルーの部屋にいたゼルも驚いた。
   ブラウはそうだと頷いた。
   昨日は一人きりだったのに、全員が食べないとはどうした事か。
   何より昨日の話でトマトを食べるのは大事な事なんだと、分かってもらえたと思っていたのに。
   首を捻るブルーにブラウは理由を教えた。
  「みんな、あんたみたいな赤い瞳になるんだって、トマトを食べていた子供たちまで食べなくなっちまっ
  たよ」
  「…………」
   絶句するブルーに、ブラウは言った。
  「いい年した大人が嘘なんかついて、この後始末はあんたがつけなさいよ!」


  「……それで?」
  「実はソルジャーはトマトが大好きで赤い瞳になったんだと言い直したんだが、そしたらトマトの呪いは
  嘘だったのかと、それはそれで大騒ぎになってのう」
   結局、トマトが本当に大好きなんだと子供たちが納得するまで、ブルーはトマトを食べ続ける羽目になっ
  た。
   ゼルの話を聞きながら、ジョミーは笑いをこらえるのに必死だった。
   そんな話を聞いてしまうと、トマトを食べない訳にはいかないではないか。
  「せめてこの味がもう少しどうにかなったら、食べやすくなるのにな」
  「その味を決めたのはソルジャー・ブルーじゃ」
  「え」
  「それに今は少しはマシな味になったんじゃ。これでもワシらが必死で改良したんだからな」
   開発当初の味の酷さを思い出したのか、ゼルは苦虫を噛みつぶしたような顔をした。
   けれど、ふと真顔に戻った。
  「……こんな物でも、ワシは弟に食べさせてやれなかった」
  「──────」
   ゼルの視線は遠くを見ていた。
   ジョミーはどう言葉をかけたらいいのか、分からなかった。
   けれどゼルはジョミーから返事を待つ訳でもなく、不意に席を立った。
  「分かったらお前も、残さず食べるんじゃぞ」
   最後に長老らしく重々しく言い残し、自分のトレーを持ってゼルは立ち去った。
   一人残されたジョミーは、目の前の皿の上に残ったトマトを見て、しばし考えた。
   呪いだなんて、もしかしてブルーは自分の瞳の色が嫌いなのだろうか。
   僕は綺麗だと思うけれど───大好きだけど。
   意を決したジョミーは、トマトに齧りついた。
   もしかしてブルーは味オンチなんだろうか、と思いながら。
   今度一緒にトマトを食べて、聞いてみようかと思うジョミーだった。






                                   〈END〉







アニメで合成トマトが出てきた時、いろいろ考えてこんな話になりました。
ゼルを書くのは……意外と楽しかったです。
姿だけは若いミュウたちの中で、なぜこの人は一人年老いているのか?
もしかしてやっぱり兄弟だから、鏡を見て死んだ弟の面影を見るのが辛くて、成長を止めなかったのかしら?……なんて考えたりして。
長老さんたちにはアニメでいろいろ活躍してほしいです。

しかし、ブルーはゼルより年上なんですよねえ……。
あまり深くは考えないようにしよう!(^^;)


2007.07.12




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