なつのよる よいまつり
〜シン×子ブルー編〜
毎年夏に開かれる隣町の花火大会は、その花火の打ち上げ数の多さと規模で、毎年大変な賑わいを誇っていた。
小学生のブルーは隣家のシンに連れられて、初めてその花火大会へとやって来ていた。
シンは隣の家に住む8歳年上の高校生だった。
ブルーの家は母子家庭で、ブルーは一人っ子だった。
シンの両親は健在だがやはり兄弟はおらず、そのせいかシンはブルーを弟のように可愛がり、ブルーもまたシンを兄
のように慕っていた。
「わあ、すごい人……!」
ブルーは驚きの声を小さく上げた。
最寄駅から電車で二つ目の駅で降りると、ホームからすでにたくさんの人で一杯だった。
「僕から離れないで、ブルー」
「うん」
隣に立つシンがブルーに片手を差し出した。
それを握り返し、ブルーはシンを見上げた。
ブルーはクラスでも身長が低い方で、その背丈はシンの胸元にようやく届くくらいだった。
今日のシンは浴衣を着ていた。一緒に浴衣を着て花火大会に行こうと、ブルーと約束したからだ。
シンは青みを帯びた薄藍の浴衣に濃紺の角帯を締めて、下駄を履いていた。
よく知っているシンなのに、今日は違った感じがして、ブルーはちょっと不思議な気分だった。
ブルーも母親に浴衣を着せてもらっていた。
染白絣柄の浴衣に、絞り染めの施された青い兵児帯を締めていた。小学二年生になった小さなブルーは、その
ほっそりとした足に青い鼻緒の下駄を履いていた。男の子だけれど、女の子と間違われてしまいそうな可愛ら
しさだった。
時刻はまだ夕方で、夏の空はまだ明るい。
駅を出てすぐ、あちこちに花火客目当ての屋台が数多く軒を並べており、ブルーは目を輝かせた。
「何か食べたい?」
「えっと……たこ焼きと、わたあめ。あと、リンゴ飴も食べたい!」
「了解」
シンは無邪気に答えるブルーに微笑むと、すぐにお目当ての屋台を見つけてくれた。
たこ焼きを二人で交互に頬張り、それを食べ終えると次はわたあめを買った。
甘い物が大好きなブルーは、嬉しそうにそれを口にした。
「ジョミーも食べる?」
「僕はいいよ」
「そう? でも一口だけ食べて」
ブルーに差し出されたわたあめに、シンは苦笑しながら身を屈めて、一口だけ食べた。
そんな風に楽しく過ごしていたのだが、ブルーの欲しいリンゴ飴を売っている屋台がどうした事か見つからなかっ
た。
「会場の方にならあるかな? ブルー、歩きながら探そう」
「うん」
夏の陽もようやく暮れ始め、夕闇が迫りつつあった。
シンとブルーは花火の打ち上げ会場である、河川敷に向かう事にした。
街中には同じように河川敷に向かう人の流れが出来ており、シンとブルーは再びはぐれないように手を繋いだ。
しばらくそうして歩きながら、ブルーはふと周囲の視線に気づいた。
同じ方向に歩いて行く、女性たちのグループ。またはカップルと思われる片割れの女性。
皆がこっそりとシンに見惚れていた。
けれどシンにはどこか近寄りがたい雰囲気があって、それに気押されてか誰も声をかけてこない。
でもシンの手はブルーに繋がれている。時折、ブルーに優しい視線を寄越してくれもする。
それが、ブルーはひどく嬉しかった。
河川敷に到着すると、そこには既に溢れんばかりの大勢の人がいた。
ビニールシートを敷き飲んで騒いでいる人たちや、空を見上げて花火はまだかと待つ人たち。
楽しそうな人たちが河川敷一面にいた。
「どこかに座る前に、リンゴ飴を探そうか」
「いいの?」
「もちろん」
ブルーがシンにありがとうを言おうと口を開いた時、唐突にそれは聞こえてきた。
「ジョミー!」
それは女性の声だった。
シンとブルーが振り返ると、そこには色とりどりの華やかな浴衣を着込んだ三人の女性がいた。
年齢はシンと同じくらいだった。
「ジョミーも来てたの?」
「ああ」
「こんな人混みの中で会えるなんて、すごい偶然ね」
綺麗に着飾った三人は、シンとブルーを取り囲むように立ち、シンに次いでブルーに視線を注いできた。
「どんな人を連れているかと思ったら、また可愛い子ね」
華やかな桜色の浴衣に鮮やかな赤い帯を締めた、活発そうな金髪の女性がブルーに話しかけてきた。
「こんばんは、私たちはジョミーのクラスメイトなの。私はニナ、よろしくね」
「こんばんは……」
「私はルリ。あなたのお名前は?」
「……ブルー」
白地に水色の竹笹が描かれた浴衣、グレーの帯を締めた黒髪の女性の次は、大人しそうな女性がブルー
に声をかけてきた。薄クリーム色につる草をあしらった浴衣、濃い紫の帯がよく似合っていた。
「私はカリナ。ブルーは小学何年生になったの?」
「……2年生、です」
「可愛いわね」
三人は次から次へとブルーに声をかけてきた。
怖くはないがその勢いにブルーはすっかり気押されてしまい、シンの背後に隠れるように引っ込んでしまった。
女三人よれば姦しいとは、よくぞ言ったものだった。
そう言えば、としばらくしてニナが話題を変えた。
「ジョミー、今日学校でミシェル先生と会った?」
「いや」
「急ぎの用があったみたい。ジョミーを捜しているのを見たわよ」
「また陸上部への勧誘じゃない? ジョミー、運動神経いいしね」
ブルーの目の前で話されるのは、シンの高校での話らしかった。ブルーの知らない話だ。
分からないまでも話を聞いていると、ブルーは少しだけ気分が悪くなってきた。
まるで胸が苦しいように感じ、ブルーは俯いてしまった。
「ブルー?」
その様子に気づいたシンが気遣う様に呼んだが、ブルーは俯いたまま顔を上げなかった。
と、女性たちから急な提案が持ち上がった。
「ねえ、丁度いいから皆で一緒に花火を見ましょうよ」
「折角だけど遠慮するよ」
シンは即座に断ったが、ニナは引き下がらなかった。
「どうして? いいじゃない。大勢の方が楽しいわよ」
言いながら、ニナの手がシンの腕に絡められた。
その拍子に、繋いでいたシンとブルーの手が離れた。
「……僕、帰る」
ぽつりとブルーはつぶやいた。
自分でも無意識の内にそう言っていた。
「ブルー?」
驚いたシンが膝を折ってブルーの顔を覗き込んできたが、ブルーは横を向いてしまった。
「どうかしたの? ブルー」
シンが問いかけても、ブルーは口を開かない。
「あら、どうしたの?」
「どこか具合でも悪くなった?」
「人混みに酔ったのかしら?」
ニナやルリ、カリナまでもがブルーを心配したが、ブルーは誰にも返事をしなかった。
それどころかどんどん嫌な気持ちになっていくのが、自分でも止められなかった。
「ブルー、具合が悪いなら我慢せずに言って」
シンの大きな手が、ブルーの頬に添えられた。
いつもブルーを大事にしてくれるその手が、今はどうしてか嫌だと思った。
「具合は悪くない。……でも、帰る!」
シンの手を振り払ってブルーはその場から駆け出した。
「ブルー!?」
背後でシンに呼ばれたけれど、ブルーは振り返らずに人混みの間を一人走った。
辺りがすっかり暗くなった頃、ブルーは街中の裏通りの片隅にいた。
既にシャッターを閉めた一軒の店の前で、ぽつんと立ち尽くしていた。
ブルーの浴衣の上前───膝の辺りは泥で汚れ、その手には鼻緒の切れた下駄が片方握られていた。
走って逃げる途中で転んでしまったからだ。
膝がひどく痛み、歩くのが辛かった。
何よりも帰り道が分からない事が、ブルーの足を止めさせていた。
少し先にある大通りにはたくさんの人の気配があったけれど、誰もブルーには気づかない。
ブルーは一人だった。
涙が溢れそうになるのを一人耐えていた。
思い出すのはシンの事ばかり。
いけない態度をとってしまった。
シンが誰かと親しげにしているのを見ているのが嫌だった。
胸の中がモヤモヤして、気分がどんどん悪くなっていった。
でも、それがどうしてなのか分からない。
きっとシンにも嫌われてしまっただろう。
そう思うと余計に泣きたい気持ちが強まり、でもブルーはそれを必死でこらえた。
───と、突然ブルーの目の前に、何かが差し出された。
「え……?」
驚きながらそれを見つめると、それは透明なビニール袋に入れられたリンゴ飴だった。
どうしてと思う間もなく、頭上から声がした。
「……捜したよ、ブルー」
振り返ると、いつの間にかそこにはシンが立っていた。
シンは一人だった。
よほどあちこちブルーを捜し回ったのか、その身体からはほんのりと汗の香りがした。
「どうして……?」
あの人たちはどうしたのかと問えば、シンは微笑んで答えた。
「僕が一緒に花火を見に来たのはブルーだから」
シンの手が改めて、ブルーにリンゴ飴を差し出した。
「君のだよ」
「───……」
ブルーはなぜか胸がいっぱいで返事も出来ず、それでもどうにか差し出されたそれを恐る恐る両手で受け
取った。
シンはブルーの片足が裸足な事、そして壊れた下駄と汚れた浴衣に気づいた。
「転んじゃったんだ?」
シンが膝を折って、ブルーの浴衣の汚れを払った。
するとブルーの赤い瞳に、涙が滲んだ。
「痛い?」
「……痛くない」
「じゃあ何で泣いてるの?」
痛いのは擦りむいた膝よりも、胸の奥だった。
でもシンに問われても、ブルーにはその気持ちをうまく言葉にできなかった。
「…………わからない」
そう返事をするのがやっとで、たまらずブルーは目の前のシンに抱きついた。
ブルーの紅い瞳から、涙がぽろぽろと零れ落ちた。
シンは泣きだしたブルーの背中を、優しく撫でた。
「一人にしてごめんね、ブルー」
「ちが……」
違う、悪いのはシンじゃない。シンは何も悪くない。
そう思うのに、どれも言葉にできなくて、ブルーはますます涙が止まらなかった。
泣き疲れたブルーは、そのままシンの腕の中で眠ってしまった。
シンはその手にブルーの下駄を、そして腕の中にブルーの小さな身体を抱いたまま歩いていた。
肩に触れるブルーの寝息がひどく愛おしい。
眠るブルーの手にはしっかりと、リンゴ飴が握られていた。
駅に向かう途中、突然暗い空から光が降り注いできた。
続いて辺りに響き渡る音───。
見上げると美しい大輪の花が、次々に夜空を彩っていた。
花火大会が始まったのだ。
腕の中のブルーは目覚めない。
起こそうとして───やめた。
ブルーの寝顔はあどけなく、起こすのには忍びなかった。
目覚めたブルーは花火を見損ねた事を悔しがるだろうが、来年また二人で来ればいい。
まさかまだ子供のブルーがあんな風に嫉妬してくれるとは、シンも思ってもみなかった。
姿を見失った時はさすがに焦ったが、その気持ちは正直心地よかった。
それが何から生まれたものか、よく知っていたから。
シンもブルーに持っているものだったから。
「……早く大きくおなり」
シンは眠るブルーの頬に、そっと唇で触れた。
いつもは甘いその頬は、今日は涙の味がした───。
<END>
今回は可愛くシン子ブルです。
やはり子供と言えば白地の浴衣でしょう。
基本、シンはワルイムシンですが、さすがに子ブルーの前では紳士です。
弟のようになんてこれっぽっちも思ってませんが、紳士の仮面を被っています。
子ブルーが大きくなったら話は別ですけどね。
きっと子ブルーが成長するに当たって、シンは様々な事を教えてくれると思います。
初めての○○に戸惑ってる時とか、○○ってどんなものか知りたがった時とか。(お好きな単語を当てはめてください)
すべてシンが独占!
その座は他の人には決して譲らないでしょう(^^;)
本当はお姫様抱っこを書きたかったのですが、ちょっと違うものになってしまいました。
まあ抱っこは書けたから、よしとします。
シンと子ブルーは8歳の年齢差にしましたが、これだとシンが20歳になった時、子ブルーはやっと12歳。
シンは子ブルーが大切で、本当は一人暮らしをしたいのに、敢えて大学も自宅から通ったりして。
いろいろ画策して子ブルーが高校生になると同時に、どうにかして一緒に暮らし始めたりして。
ああ、暑さのせいか妄想が尽きません〜(><)
次は子ジョミブルの予定です。
2008.07.26
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