なつのよる よいまつり
〜子ジョミ×子ブル編〜



   その隣同士のニ軒の家には、ちょうど5歳になる同い年の一人息子がそれぞれいた。
   1人はジョミー、そしてもう1人はブルーという名前の子供だった。
   ジョミーは活発で気が強そうで、でも素直な子供だった。
   ブルーは静かで、歳の割には大人びた子供だったが、二人はいつも一緒に遊び、同じ幼稚園に通っていた。
   家族ぐるみの付き合いをしているため、両親も子供たちもそれはそれは仲良しだった。
   今夜は近所の神社で開かれる例大祭の宵宮にちなみ、夏祭りが開かれる日だった。
   そこへ二家族そろって出かける事になっていた。
   夕方になってジョミーとブルーは母親に呼ばれた。
   そしてジョミーの家の和室にて、それぞれ母親から浴衣を着せられた。
   母親同士が相談して、本人たちには内緒であつらえたものだった。
  「マム、これなあに?」
  「浴衣っていう着物よ。昔の人たちはこういった着物を着ていたの」
  「ぼく、いつもの短パンの方がいい」
   普段からやんちゃなジョミーは、着慣れない浴衣じゃ動き辛いと思ったのか、浴衣を着せられてすぐに脱ぎたがった。
   それを母親のマリアがやんわりと止めた。
  「そんな事言わないでジョミー。ほら、ブルーくんとお揃いなのよ」
  「ブルーと……?」
   言われて隣に目をやれば、ブルーも同じようにブルーの母親の手によって、浴衣を着せられていた。
   ジョミーのように嫌だとも言わずに、大人しくしていた。
   その浴衣の柄はジョミーと同じ、白地にベージュの縞模様の入ったものだった。
   それを見たジョミーは、真新しい生地が肌にこそばゆかったが、脱ぎたいと言うのをやめた。
   しばらくしてブルーも浴衣に着替え終わった。
   ジョミーの兵児帯は金色。ブルーの帯は銀色だ。
   二人のそれぞれの髪の色に合わせたそれは、とてもよく似合っていた。
   お揃いで仕立てた浴衣を着せられた二人は、大喜びだ。
  「いっしょだね」
  「うん、おそろいだね」
   ジョミーもブルーも嬉しそうにはしゃいだ。


   そしてジョミーの両親とジョミー、ブルーの両親とブルーの合計六人は、空が暗くなり始めた頃に連れ立って家を出た。
   ジョミーとブルーは最初、慣れぬ下駄に戸惑ったが、すぐに下駄の奏でるカラコロという音を楽しんだ。
   嬉しそうに連れ立って歩く二人の幼子の様子は、まるで子犬がじゃれあっているようだった。
   そんな息子たちの様子を、大人たちは微笑ましく後ろから見つめていた。
   ほどなくして神社に着くと、鳥居の前の長い参道の両脇には、ずらりと屋台が軒を連ねていた。
   人出も多く賑やかだった。
   ジョミーとブルーは瞳を輝かせた。
  「ジョミー、離れないで。迷子になっちゃうわよ」
  「マム、ぼく金魚すくいしたい!」
   金魚すくいの屋台の前でジョミーが足を止めた。
  「いいわよ」
   母親のマリアは金魚すくいの屋台の店主にお金を払うと、店主からジョミーとブルーの手にそれぞれ、紙の貼られたポ
  イと小さなカップが手渡された。 
  「ほら、頑張りな」
  「うん!」
  「ありがとう」
   二人は屋台の水槽の前に座り込み、泳ぐ金魚をじいっと見つめた。
   赤や白や黒の、たくさんの金魚が水の中をすいすいと気持ち良さそうに泳いでいた。
   ブルーは慎重に金魚を狙った。
  「えい」
   そうっと静かにポイを水につけて金魚をすくったが、水に濡れた紙が破けて金魚に逃げられてしまった。 
  「あ〜あ」
  「ブルー、ぼくがとってあげるよ」
   ジョミーは意気込んで金魚を狙った。
   水槽の中の金魚はほとんどが和金という種類の赤い小さな金魚だが、数匹だけ出目金が泳いでいた。
  『よし、あれだ!』
   ジョミーは出目金を狙った。
   けれど出目金たちはなかなかジョミーの前まで泳いで来てくれず、焦れたジョミーは身を乗り出して思いっきり腕を伸
  ばした。
  「あとちょっと……」
   出目金にもう少しでポイの先が届くかと思われたその時、ジョミーの身体が前のめりになった。
  「うわぁ!」
  「ジョミー!」
   ジョミーは水槽の中に落ちそうになった。
   隣にいたブルーや後ろにいた母親が、咄嗟にジョミーの身体を支えた。
   おかげでジョミーは水の中に落ちる事はなかったが、ポイは水に浸かって破れてしまった。
  「あ〜あ……」
  「やぶれちゃったね」
   ションボリとするジョミーとブルーだった。
   しかし、屋台の店主から差し出された物にすぐに目を輝かせた。
  「残念だったなあ坊やたち。ほら、おみやげだ」
  「わあ……!」
  「おじさん、ありがと!」
   渡されたのは金魚だった。透明なビニール袋に水と一緒に入れられた小さな赤い和金。
   狙っていた金魚とは違ったが、ジョミーもブルーも喜んだ。
   ジョミーなどはあまりに喜びすぎて振り回しそうになり、母親が金魚のためにそれをジョミーの手から預かったほどだ。
   ブルーは静かにそれを小さな手に下げていたが、歩くのに邪魔でしょうとやはり母親が預かった。
   それから二人は、風船つりや射的をした。
   わたあめの屋台の前では、機械の中でくるくるとわたあめが出来あがる様子を不思議そうに見つめた。
   大人たちも焼き鳥やイカ焼きをつまみにビールを飲み、楽しんでいた。
   参道のあちこちに用意されていた縁台の一つに座り、二家族が楽しんでいた時、お好み焼きを頬張っていたジョミー
  が不意に何かを思い出したのか顔を上げた。
  「……あ!」
   隣でやはりお好み焼きを食べていたブルーだけがそれに気づいた。
  「どうしたの? ジョミー」
  「ぼく、今日まだレインにえさをあげてなかった」
   レインとはしばらく前にジョミーが拾った子犬の名前だった。
   ふさふさのしっぽが愛らしい小型犬だ。
   しかし家で犬を飼うのは今までも反対されていたので、ジョミーは内緒で神社の境内の奥にレインを住まわせ、毎日
  餌を運んでいた。
   ブルーだけはそれを聞かされて、一緒にレインに餌をやるために何度も神社について行った。
  「ぼく、レインのとこに行ってくる」
  「あ、ジョミー……!」
   食べかけのお好み焼きを大事そうに抱え、ジョミーはこっそりと両親たちから離れた。
   ブルーはどうしようか迷ったが、レインの事は内緒だったので、ブルーもこっそりとその場を後にしジョミーの後を追いか
  けた。


   神社の境内は幾つものぼんぼりが灯されており、真っ暗ではなかった。
   けれどやはり暗く、今にもお化けが出てきそうで、ブルーは怖々としながらジョミーの後について歩いた。
  「ジョミー、かえろうよ」
  「ブルーこわいの?」
  「そうじゃないけど……」
  「レインにこれあげたら、すぐかえるよ」
   暗闇もジョミーは怖くも何ともないようで、慣れた様子で神社のお社の裏、レインを住まわせている段ボールを置いて
  いる場所へと向かった。
  「レイン!」
   しかしそこへ着いてもレインの姿はなかった。あるのは空になった段ボールだけだ。
  「あれ?」
  「レイン、いないの?」
  「うん……」
   ジョミーはきょろきょろと辺りを見回したが、暗いせいもありレインの姿は見つからなかった。
  「レインー!」
   ジョミーが大声で呼んだが、レインが来る様子はない。
   聞こえてくるのは神社の前の参道の賑わいだけだ。
  「レイン、ごはんだよ!」
   ジョミーが再度呼ぶと、微かに───本当に微かに、犬の鳴き声が聞こえた。
  「レイン……?」
   耳を澄ますとざわめきに混じって、確かに犬の鳴き声が聞こえてきた。
  「あっちだ!」
   ジョミーは神社の裏の林に向かって走り出した。
  「ジョミー!」
   ブルーは驚いたが、一人残されるのが嫌で、慌ててその後を走ってついて行った。
   二人が林の中を数メートル分け入ると、そこに探していた子犬の姿があった。
  「レイン! こんなとこにいたんだ」
  「キュウン」
   小さな子犬は大きな尻尾をふるふると振って、ジョミーの足元に寄って来た。
  「よかったあ」
   ジョミーはレインを抱きかかえた。するとレインは嬉しそうにジョミーの頬をペロペロと舐めた。
  「あはは、くすぐったいよ」
   ブルーもレインが見つかってホッとしていた。
  「おなかすいたろ。ごはんもってきたからね……あれ?」
   持っていたお好み焼きはいつの間にか、ジョミーの手の中から消えていた。
   どうやらレインを抱き上げた時に落としてしまったらしい。
   暗い林の中で二人が目を凝らして探すと、それは1メートルほど離れた草の上に、透明なパックに入ったまま転がっ
  ていた。
  「ジョミー、あったよ」
   それを見つけたブルーは近寄り、お好み焼きを拾い上げようとした。
  「……わあ!!」
   けれど叫び声とともに、ブルーの姿が突然消えてしまった。
  「ブルー!?」
   驚いてジョミーはブルーの姿を探したが、その姿はどこにもなかった。


   一瞬、自分に何が起こったのかブルーには分からなかった。
   体中を襲う衝撃がおさまるまで、とにかく身を縮めているしかできなかった。
   しばらくしてようやくそれが治まった。
   ブルーがそっと起き上ろうとすると、途端に身体のあちこちが痛んだ。
  「いた……」
   痛む身体を動かさないように周囲をきょろきょろと見渡せば、そこはただ真っ暗な闇の中で、草の茂っている気配が
  あった。
   そういえばこの林の中には、所々に斜面があったのを今さらながらに思い出した。
   たぶん斜面から転がり落ちてしまったんだと、ブルーは気づいた。
  「ジョミー……?」
   一緒にいたジョミーの名前を、ブルーは呼んだ。
   初めは小さく、次第に大きな声で。
  「ジョミー!」
  「ブルー!?」
   何度めか呼んだ時、ジョミーから返事があった。
  「よかった、ブルー! そこにいるんだね」
   泣きそうなジョミーの声が、頭上のさらに先から聞こえていた。
   やっぱり斜面を落ちてしまったんだとブルーは思った。
  「ブルー、あがれる?」
  「ちょっとまってて」
   ジョミーに促され、ブルーは今いる場所から這い上がろうとした。
   けれど腕も足も痛むし、何より真っ暗で、何を掴んでどれだけ上がったらいいのかわからない状態だ。
   たった5歳のブルーの手足は竦んだ。 
   それでも手探りで斜面の草を何度か掴んだけれど、それはすぐに地面から抜けてしまい、とても足がかりにできるよう
  なものではなかった。
  「……ダメみたい」
  「じゃあまってて、マムをよんでくる!」
  「あ、ジョミー!」
   ブルーの返事も聞かぬうちに遠ざかる足音がした。ジョミーが行ってしまったのだ。
   辺りは途端に静かになった。
   祭りの喧騒も、林の中までは届かなかった。
   ブルーの周りにあるのは暗闇と木々と、微かな虫の声だけだ。
  「…………」
   常日頃、ブルーは歳の割には利発だと大人たちから言われていたが、やはり5歳児は5歳児。
   たった一人でいる暗闇は、恐怖心を倍増させるのに充分だった。
   周囲の木々は暗闇の中で見ると、まるで今にもブルーに襲いかかってくるお化けのようにも見えた。
  『こわい……。こんなに暗いんじゃお化けがくるかも。そしたら食べられちゃうかもしれない……!』 
   ブルーが泣きそうになった時、突然頭上から何かが落ちてきた。
  「わあっ!!」
   驚いたブルーは頭を抱えてしゃがみ込んだ。
   しかしブルーを食べにやって来たお化けはブルーを齧らず、それどころかブルーの隣で呻いていた。
  「いててて……」
   お化けはジョミーの声をしていた。
   いや、それはジョミーだった。
  「ジョミー!?」
   ブルーは驚きながらも、手探りでジョミーを探した。
   しばらくしてジョミーの浴衣の腕に手が触れたので、それをきゅっと握りしめた。
  「どうしたの? なんでジョミーまで……マムたちは?」
  「だいじょうぶ。レインによんできてくれるようにたのんだから」
  「レインに!?」
   ブルーはジョミーの言葉に、目の前が真っ暗になった。
   もともと周囲は暗闇ではあったが、さらに暗く深い闇を感じた。
   だってレインは警察犬でもなんでもないのだ。
   いままで何度「お手」を教えても、一度も成功などした事がないのだ。
  『もうダメだ。ぼくもジョミーも、このままここでお化けに食べられちゃうんだ……!』 
   ブルーの瞳に、ついに涙が滲んだ。
   するとジョミーの手がブルーの手を握りしめてきた。
  「だいじょうぶだよブルー」
   真っ暗闇で何も見えないのに、ジョミーがブルーを見ているのが分かった。
  「ぼくもいっしょにいるから、だいじょうぶ」
  「ジョミー……」
   繋いだ手は温かかった。
   お化けなんか寄せ付けないだろうと思うくらい。
  「……そうだね。ジョミーがいれば、こわくないよね」
  「うん。ぼくもブルーがいるからこわくないよ」
   二人はしっかりと手を繋ぎ、にっこりと笑いあった。
   ───その時、空が急に明るくなった。
  「!?」
  「?」
   驚いた二人が見上げると、夜空に鮮やかな大輪の花が咲いていた。
   続いて響き渡る太鼓をもっと大きくしたような音。
   打ち上げ花火が始まったのだ。
   林の中からでは木々が邪魔をしたが、それでも充分に花火を見る事ができた。 
   赤や青、黄色といった色とりどりの花火が打ち上げられ花開き、そして一瞬で散っていった。
  「……きれいだね」
  「うん、きれいだね……」
   花火は林の中まで、まるで昼間のように明るく照らしてくれた。
   ブルーがこっそりと隣のジョミーを伺えば、花火に見入ったジョミーの瞳は涙で潤んでいた。 
   やっぱりジョミーも怖かったんだ。
   怖くてもそれでも、ブルーの所へ来てくれたのだ。
  『ありがとう、ジョミー』
   ブルーは繋いだままのジョミーの手を、もう一度そっと握り返した。
   そしてジョミーと一緒に、夜空に広がる華やかな花火を再び見上げた───。


   その後、ジョミーとブルーの二人は、花火を見ながらいつの間にか眠ってしまった。
   顔色を変えて二人を捜し回っていた両親に発見されたのは、それから一時間ほどしてだった。
   神社の鳥居の前で鳴き続けている子犬を不思議に思い、その後を付いていき、さらに林の中でジョミーが落としたお
  好み焼きが発見に至る手掛かりとなった。
   二人は林の中の、2メートルほどの斜面を下った場所にいた。
   見つかった子供たちは大人たちの心配も知らず、ぐっすりと眠りこんでいた。
   それぞれの父親が背中におぶって帰路についたが、二人が繋いだ手を離すのは容易ではなく、仕方なく父親たちは
  並んで歩いた。
   翌日、二人は父親からたっぷりと叱られ、母親からは思いっきり抱きしめられた。
   ジョミーもブルーの擦り傷を負ったくらいで、骨折も捻挫もなく、それは不幸中の幸いだった。
   もっとも当人たちは、とても綺麗な花火を一緒に見られた事を、ただ喜んでいたのだけれど。
   そして、幸いはもう一つ。
   二人を発見するのに活躍したレインは、めでたくジョミーの家で飼われる事になった。



                                                             <END>




実は密かな目標は、二人して打ち上げ花火を見るシーンを書くことでした。
やはり夏祭りといえば花火も外せませんよね。
庭先で花火を手にはしゃぎまくる子ジョミと子ブルとか、可愛いでしょうね〜v
静かに線香花火だったらシンブルがいいですねv

犬にお好み焼きをあげるのはもちろんいけないと思いますが、まあ子供なので。
ジョミーに家で飼われてからは、きちんとペットフードをもらっているはずです。
あと、二人が屋台で遊ぶシーンは妄想仲間のA様の妄想を元に書かせていただきました。

こうして書いてみると、子ジョミが一番騎士道精神にあふれていたりして。
シンはブルーや子ブルを他からは守るけど、自分はし〜っかり手を出しちゃうから(^^;)
騎士は騎士でもワルイ騎士です。
ジョミーは……どうでしょう。
これから書きますが、一生懸命だけなのはたぶん確かです。


次はジョミブルの予定です。

2008.08.12  






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