おにいちゃんといっしょ・37
冬が過ぎ去ろうとし、春の訪れを感じる日々が多くなってきた三月下旬の金曜日。
ブルーの通う小学校でも、六年生の卒業式があった。
小学校で共に学んだ同級生たちは、ほとんどが同じ中学に通う予定だ。
フレイアをはじめとする親たちは我が子の成長に涙を見せたが、ブルーたちは笑顔で元気よく卒業式を終えた。
卒業式を終えて帰宅したブルーとフレイアは、真っ直ぐシン家に寄った。
ブルーがシンに早く見せたいものがあったからだ。
「ジョミー見て、卒業証書だよ!」
「ああ、すごいねブルー。本当に卒業したんだね」
ブルーが広げた卒業証書を受け取って、シンは感慨深く目を細めた。
ブルーは上はシャツとカーディガン、下は中学校の制服を着ていた。
昨日と何かが変わった訳ではないのに、ただ制服を身につけているというだけで、ブルーが少しだけ大人びて見えた。
「ブルーが男の子でよかったわ」
フレイアはため息交じりにつぶやいた。
「あら、どうしてなの?」
「だって女の子たちったら、凄いのよ!」
男の子は概ね制服のズボン、そしてシャツにカーディガンかセーターといういでたちだったが、女の子は違っていた。
女の子たちは全員、どこぞのアイドルかというくらい華やかな服装をして卒業式に臨んでいた。
その服も卒業式ぐらいにしか着れないのだから、不経済極まりない。
一部の父兄からは卒業式は中学の制服着用と決めてほしいという意見も出ていたが、反対意見も数多く、卒業式は結局そのまま行われていた。
今にもリビングに落ち着き、おしゃべりを始めてしまいそうなマリアたちに、ウィリアムが声をかけた。
「ほらほら、まずは撮影をしてしまわないかい?」
「ああ、そうだったわね」
今日はブルーの小学校卒業を記念して、皆で記念写真を撮ろうという話になっていた。
仕事の忙しいウィリアムも、半日だけ休みをもぎ取り大急ぎで帰宅していた。
撮影のために、皆は家から出てブルーの家の玄関前に集合した。
「ブルーが制服を脱いでしまう前に撮らないとね」
「中学校に行ったら毎日着るのに?」
「それはそうだけど、今日は特別な日だからね」
三脚にデジカメをセットして意気込むウィリアムに、ブルーは不思議そうだった。
「ほら、ブルーは真ん中」
「ええ〜!」
シンに押し出されて、ブルーはカメラの真ん前に立った。
ブルーの両隣にはシンとフレイア、そしてその横にそれぞれマリアとウィリアムが並んだ。
「じゃあ、10秒後に撮るぞ!」
「ブルー、変顔なんかしちゃダメだよ?」
「そんなのしないよ!」
話し続けるシンとブルーに、ウィリアムの声が飛んだ。
「皆静かに、はいチーズ!」
ウィリアムとカメラのセルフタイマー機能のおかげで、5人そろって笑顔の写真が無事撮影できた。
ブルーは笑いを堪えたのか、ちょっと照れたような顔になっていた。
記念写真を撮った後、皆そろってシン家のリビングでお茶をした。
一度家に帰って制服から私服に着替えたブルーは、マリアが卒業祝いに焼いてくれたケーキを美味しそうに食べていた。
ウィリアムは撮影した画像を皆に見せるために自室にこもり、マリアとフレイアはおしゃべりに花を咲かせていた。
シンはというと───ソファーに座ったまま固まっていた。
お茶を飲む訳でも話す訳でもなく、先ほどからまったく動かない。
不思議に思ったマリアたちが声をかけた。
「ジョミー、何をそんなに熱心に見ているの?」
「あら、ブルーの作文ね」
シンはブルーが持ち帰った卒業文集を手にしたまま、固まっていた。
「私たちにも見せて。えっと……」
マリアとフレイアはシンの手から文集を取ると、ブルーの作文を読み始めた。
『将来の夢 6年1組 ブルー
僕は大きくなったら、パティシエかシェフになりたいです。
パティシエは、僕はお菓子が大好きで、ケーキやクッキーや甘いお菓子を食べるととても幸せな気持ちになるからです。
食べた人が幸せな気持ちになるお菓子を作れるようになりたいと思います。
でも隣に住んでいるジョミーは甘いものがきらいなので、僕がお菓子を作ってもあんまり食べられません。
だからパティシエよりも、シェフの方がジョミーは喜んでくれるかなと思います。 フレイアお母さんや、ジョミーのお母さんのマリアおばさんがおいしいものを作ってくれるといつも幸せなので、僕もいつかそういう風になりたいです。
まだどちらにするか決められませんが、どちらかには絶対になりたいと思います。』
「まあブルー、パティシエかシェフになりたいの?」
「うん!」
「ブルーちゃん、ジョミーの事は気にしなくていいから、ブルーちゃんが一番なりたいものになってね」
「う、うん……」
きゃあきゃあと騒ぎ始める母親たちの相手をするブルーだったが、いつもはさりげなくフォローに回るシンは固まったまま動かない。
誰も気がついてなかったが、実はシンはその卒業文集で大層なショックを受けていた。
『僕と結婚するっていう約束は……!? ブルー、忘れてしまったのかな。もう一回確認しておいた方がいいのかな。いやでも……』
その約束だが、実はブルーは綺麗に忘れきっていた。
仮に覚えていても卒業文集には書けないだろうに、シンは真剣に悩んでいた。
そんなシンの苦悩に気づく事もなく、ブルーはカレンダーに目をやりながら言った。
「入学式、まだかなあ。僕、早く中学校に行きたい」
「まあブルー、今日小学校を卒業したばかりでしょう?」
「ブルーちゃん、気が早すぎよ」
「だって……」
中学生になるのが楽しみでしかたないという様子のブルーに、フレイアとマリアは笑った。
ブルーが通う中学校は、シンがかつて通った中学校だ。
それだけでもう、ブルーは楽しみで仕方がなかった。
悶々と悩むシンを余所に、ブルーは今日も笑顔だった。
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