おにいちゃんといっしょ・5
10月の末、シンとブルーの住む街では、今年初めてハロウィンが開催される事になった。
本来の宗教的な伝統行事ではなく、子供たちが各家を訪ね歩き、お菓子をもらうという楽しいイベントだ。
10月中旬あたりから、あちこちの家の前にはオレンジ色と黒を基調とした、いかにもハロウィンらしい飾り付けがなさ
れていた。
シンとブルーの家でもそうだった。
特にシン家ではマリアが張り切って、大きな大きなカボチャを買ってきた。
それをシンとブルーも手伝ってくり抜き、切り抜き───ジャック・オ・ランタンを作り上げた。
完成したいかにもハロウィンらしいお化けカボチャに、ブルーとマリアは大喜びだった。
そしてハロウィン当日、フレイアとマリアはシン家のキッチンで、子供たちに配るお菓子を作っていた。
マリアはカボチャのスコーン。フレイアはカボチャのクッキー。ブルーも一緒に二人の手伝いをした。
シンの部屋にも、キッチンから甘い香りが漂ってきた。
「いい匂いだね」
シンがキッチンを覗くと、テーブルの上にはカボチャ色したスコーンとクッキーが一面に並べられていた。
「ジョミーもちょっと食べる?」
「僕は余ったら後でもらうよ」
甘いものが好きではないシンは、スコーンを勧める母親にそう答えた。
そんなシンの元に、上機嫌なブルーが歩み寄った。
「もう少しして冷めたら、袋に入れるんだって」
「ブルーはたくさん手伝ってえらいね」
「だって楽しいもん」
嬉しそうにそう言うブルーの口元には、クッキーのかけらがくっついていた。
それを指先でつまんで、シンは自分の口に放り込んだ。
「ブルー、つまみ食いしたね?」
「違うよ、味見だよ!」
笑いながらシンが言うと、ブルーは少しだけ頬を染めながら否定した。
これだけ美味しそうなお菓子が目の前に並んでいるというのは、甘いものが大好きなブルーには確かに我慢できな
いだろう。
ブルーは初めて体験するハロウィンが、特にお菓子をもらえるというのが楽しみで仕方ないらしく、半月前からこの日
を心待ちにしていた。
そして夕刻、早めの夕食をとった後、ハロウィンに参加すべくシンは着替えていた。
ブルーもフレイアと一度自宅に戻り、着替えてからやってくる筈だった。
シンが着込んだのはタキシードに黒いマント。吸血鬼の仮装だ。
どこから買ってきたのか、マリアが喜々として用意してくれたものだった。
「あらジョミー、似合うじゃない!」
「そう?」
着替え終えたシンを見て、マリアが感嘆したように言った。
当のシンはクールなものだ。高校生にもなってお菓子を欲しいとも思わないし、仮装が嬉しい訳でもない。
ただシンにはブルーの付き添いという大事な役目があるから、このハロウィンに参加するのだ。
シンとは正反対にマリアにはどこか少女めいたところがあって、息子よりもこの催しを楽しんでいるようだった。
「ジョミー、支度できた?」
玄関の扉の開く音。そしてパタパタという足音とともに、ブルーがリビングに飛び込んできた。
「わあ……!」
シンの姿を見たブルーは、瞳を輝かせた。
黒無地のジャケットにベストにスラックス。白のワイシャツの首元には、黒の蝶ネクタイを結び、背中に黒衣のマントを
はおった姿はシンにしっくりと似あっていた。
元が整った顔立ちをしているだけに、大層美形な吸血鬼だった。
「ジョミー、カッコいい!!」
「ありがとう」
ブルーに褒められ、シンは素直に礼を言った。
「あらジョミー君、素敵なドラキュラね。美女の方から血を吸って下さいって寄ってきそうね」
ブルーと一緒にやってきたフレイアも、シンの仮装を褒め称えた。
シンはブルーに向き合い、改めてブルーを見つめた。
というより一目見た時から、シンの視線はブルーに釘付けだった。
「ブルーも似合ってるよ」
「ホント? ママが用意してくれたんだ」
シンに褒められたブルーは、シンの目の前でくるりと身体を回してみせた。
ブルーが身につけているのはやはり黒無地のジャケットにシャツ。短パンもタイツもすべて黒づくめだった。
そして耳には猫耳のついたカシューチャと、黒い短パンのお尻にはすらりと長い尻尾がついていた。
銀髪に紅い瞳、肌の白いブルーは、普段は白ウサギのような印象なのだが、今日は見事に黒猫に変身していた。
ブルーは両手に、肉球のプリントされた大きなふかふかの手袋をしており、その手を前に差し出して、可愛く鳴いてみ
せた。
「にゃん」
「……犬?」
「猫だよ!」
シンがわざと間違えてみると、怒ったブルーは手袋をした手でポカポカとシンの胸を叩いた。
「嘘だよ。どこから見ても黒猫だよ」
微笑みながらシンは、ブルーの頭を撫でた。
こんな可愛い黒猫は、世界中のどこを捜してもそうはいないだろう。
マリアもブルーの可愛さに目を細めた。
「ブルーちゃん、可愛い黒猫さんね」
「……カッコよくない?」
「もちろん格好よくもあるわよ」
やはり男の子なブルーは、可愛いと言われるよりも、シンと同じく格好いいと言われた方が嬉しいらしい。
その辺をマリアはちゃんと心得ていて、ブルーが喜ぶだろう言葉を口にした。
でも本当は格好いいというより、やはり可愛いといった方がぴったりくる姿だった。
マリアの言葉に、ブルーはにっこりと笑った。
ふとマリアの視線は、ブルーの尻尾に止まった。
黒く長い尻尾はだらんと垂れ下がってはおらず、先端が少しだけ上向いていた。
「へえ、ちゃんと尻尾がきれいな形になっているのねえ。フレイア、これはどうしたの?」
「ああ、それは中に針金を入れて───」
感心したマリアは尻尾を手にとり、しげしげと眺めた。
くいと尻尾を引っ張られて、短パンがずれそうになったブルーは慌てた。
「やだぁ!」
マリアの手から尻尾を取り返したブルーは、慌ててシンの背後に逃げた。
「あらあら、ごめんなさい」
マリアはすぐに謝ったが、ブルーはシンの背後から出てこなかった。
そのやりとりを苦笑しながら、フレイアがブルーに問いかけた。
「ブルー、ハロウィンではなんて言うのか覚えてる?」
「えーとね、……Trick or treat!」
それはハロウィンで各家を訪ねる時に唱える言葉。
昨日それを教えてもらっていたブルーはもちろんちゃんと覚えており、大きな声でフレイアに答えた。
「よく言えました。はい、クッキーよ」
「これはおばさんから。お手伝いありがとうね」
フレイアからはクッキー、マリアからはスコーン、それぞれ綺麗にラッピングされたそれらをブルーは嬉しそうに受け
取った。
「わあ、ありがとう……!」
クッキーもスコーンも、その美味しさは既にブルーは知っていた。
ブルーは喜々としてそれらをフレイアが用意してくれた丸籠に入れた。
シンは壁の時計を見た。時刻は6時を過ぎようとしていた。
「そろそろ出かけようか、ブルー」
「うん!」
「では、お供しましょう」
シンは吸血鬼が美女にするように、ブルーの前にかしずいた。
陽が沈みきる前に、二人は家を出た。
シン家の前のジャック・オ・ランタンには、中から明かりが灯されていた。
薄暗がりの中でオレンジ色に光るランタンは、いかにもハロウィンといった雰囲気を醸し出していた。
ブルーは胸がわくわくと高鳴った。
門を出るとそこには、各家にあらかじめ配られていたジャック・オ・ランタンがプリントされた旗が飾られていた。
大きさ20cm四方のその旗が、ハロウィンに参加しています、お菓子を用意していますという目印だった。
しばらく歩くと街のあちこちで、妖精や魔女、幽霊やコウモリに扮した子供たちにたくさん出会った。
皆、保護者を連れており、お菓子をもらって楽しそうにしていた。
「Trick or treat!」
「Trick or treat!!」
街のあちこちから、元気な子供たちの声が聞こえていた。
「さあ行こう、ブルー」
「うん!」
籠を手にしたシンが隣のブルーを促した。
ハロウィンの開催は夜8時まで。
数時間の短いお祭りではあるが、皆、初めてのハロウィンを楽しんでいた。
8時が過ぎてお祭りが終わり、二人はシン家に帰って来た。
「ジョミー、それ貸して」
「ああ、いいよ」
シンから籠を受け取ったブルーは、急いでリビングに行くと、テーブルの上にその中身を広げた。
「わあ、たくさんだ……!」
ブルーはまたも瞳を輝かせた。
テーブルの上はお菓子の山だった。なにしろブルーとシンの二人分あるのだ。
クッキーやチョコレートやビスケットなど、いろんな種類のお菓子があった。中には饅頭や煎餅を用意してくれた家も
あった。
ブルーとシンは全部で15軒ほどまわっただろうか。
けれどシンはほとんど食べないだろうから、それらのお菓子はほぼすべてブルーのものだと言ってもよかった。
マリアとフレイアも息子たちの収穫を目にして驚いた。
「まあ、すごい収穫ね」
「家にも来た?」
「ええ、たくさん。おかげでスコーンもクッキーもなくなっちゃったわ」
シンが聞けば、マリアが嬉しそうに答えた。
仮装した子供たちが見れて、家にいたマリアたちもハロウィンを楽しんだようだった。
「……ねえママ、ちょっとだけ食べていい? 僕お腹減ってきちゃった」
「夕食が早かったものね。いいわよ」
恐る恐るブルーがフレイアに尋ねると、意外な事にあっさりとOKの返事がもらえた。
「ホントに? やったあ!」
早速お菓子に手を伸ばすブルーに、しかしフレイアが待ったをかけた。
「食べる前には手を洗ってうがいをしてね」
「はーい」
素直に返事をしたブルーは、猫の手袋を外して家の奥の洗面所へとかけて行った。
マントを外したシンもそれに従った。
「今夜全部食べちゃダメよ。少しだけだからね」
「はあい……」
フレイアが再びブルーに声をかけると、今度の返事は渋々としたものだった。
洗面所で手洗いをしたブルーはすぐにリビングに戻って来た。
その間にマリアがシンにコーヒーを、ブルーにカフェオレをいれてくれて、リビングに持ってきてくれた。
ソファーにシンと並んで座り、どのお菓子を食べようか、ブルーは悩んだ。
「どれにしようかなあ……うーん、これとこれ!」
迷いつつブルーは、フレイアとマリアのお菓子を一番に食べた。
ほとんどがミルクのカフェオレを飲みながら、お菓子を頬張るブルーは本当に幸せそうだった。
その笑顔を見ているうちに、シンの胸にちょっとした悪戯心が生じた。
「……ブルー」
「なに?」
「Trick or treat」
突然シンにそう言われたブルーは、紅い瞳をぱちぱちと瞬かせた。
「……え?」
「僕もお菓子が欲しいな」
「うん、いいよ。だって半分はジョミーのお菓子だもん」
ブルーはどれでも取ってと、シンにお菓子を差し出した。
けれどその中にシンが欲しいお菓子はなかった。
「僕はブルーが作ってくれたお菓子が食べたいな」
「えぇ〜!」
クッキーとスコーンなら、ブルーも手伝ったのでブルーのお菓子といってもいいだろう。
けれど今まさにブルーはそれを食べてしまった。
慌ててブルーがキッチンに行き、お茶をしながらおしゃべりをしている母親たちに聞いた。
「ママ、クッキーもうないの?」
「ええ」
「スコーンは?」
「それもみんなあげてしまったわ。ごめんなさいね」
がっくりしたブルーがリビングに戻れば、そこにはシンがソファーに座ったまま待っていた。
シンの横に立ちつくすブルーに、シンはにこやかに聞いてきた。
「お菓子は?」
「もうないって……」
「そう、じゃあ───」
にこ、とシンがさも楽しそうに微笑んだ。
「お菓子がないなら悪戯しちゃうよ?」
「え……わあ!?」
シンに問い返す前に、ブルーは腕を引っ張られてソファーに倒れ込んだ。
「ジョミー!?」
驚いたブルーが顔を上げると、シンに押し倒されていた。
シンはブルーの肩口に顔を埋めたかと思うと、ブルーの白い首筋を甘咬みした。
ブルーはビクンと肩を竦めた。
「ジョミー、どうしたの……?」
「僕は吸血鬼だから」
不思議に思ったブルーがおずおずと問えば、シンはしれっと返事をした。
そしてソファーの上で、吸血鬼は美女ならぬ黒猫に襲いかかった。
リビングに響く、きゃはははというブルーの笑い声。
「や……やだぁ! くすぐったい〜!」
シンがブルーの脇や背中やあちこちを、思いっきりくすぐり始めたのだ。
「ジョミー、やだやだ。くすぐったいよ!」
「ブルーがお菓子をくれないからだよ」
笑いながらブルーはシンの手から逃れようとしたが、しっかりと抱きしめられてとても逃げられなかった。
「こら二人とも、静かにしなさい!」
キッチンからマリアが注意しても、笑い声はしばらく止まなかった。
こうしてブルーもシンも、ハロウィンの夜を心ゆくまで堪能した。
ちょっと早いけどハロウィンネタです。
ハロウィンネタは実は、一年前に考えていました。
舞台はシャングリラで、ジョミブルで、お菓子を持たないブルーにジョミーがエッチないたずらをしちゃうvというものでした。
でも時間がなくて去年は書けず、テラを続けていたら今年書こうと思っていました。
けれどすずかさんとシン子ブルのハロウィンの仮装で盛り上がりましてv
すずかさんが話してくれた黒猫子ブルの「にゃん」があまりに可愛くて、シンじゃありませんが私も鼻血ものでした!
そんな訳でシン子ブルで書いてみました。
でもちょっと悪ノリのしすぎかしら…(^^;)
こんなのは一年に一度ですので、どうぞご容赦ください。
2008.10.18
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