exceeding thousand nights ・ 4



   目覚めの日の翌朝、ベッドの中でブルーはぼんやりと過ごしていた。
   ここはブルーの部屋だった。昨日、ここがブルーの部屋だと言われて与えられた、シャングリラの居住セクショ
  ンの一室。
   けれどまだとても馴染めず、気持ちも落ち着かなかった。
   何より昨日はあまりにも衝撃的な出来事が山ほどあったからか、ブルーは神経が高ぶったまま、なかなか寝
  付けなかった。                     
テレパシー
   ───と、部屋の外からブルーに呼びかけてくる思念波があった。
  『おはようございます、ブルー。入ってもいいですか?』
  「あ……はい! どうぞ」
  『失礼します』
   挨拶とともにブルーの部屋に入ってきたのは、リオという名の青年だった。 
   昨日、ソルジャー・シンから、ブルーがこのシャングリラでの生活に慣れるまで、しばらく世話をするようにと指示
  されていた。
  『おはようございます』
  「おはようございます、リオ……さん」
   ブルーは慌ててベッドから起き出すと、礼儀正しくリオに挨拶した。
   けれどそれに、リオはその温和そうな顔立ちを苦笑させた。
  『僕の事は呼び捨てで構いませんよ。昨日もそう言ったでしょう?』
   リオは言葉を話せなかった。
   彼の声は思念波でブルーに伝わってきた。それはリオの印象そのままの、優しい思念波だった。
  「でも……」
  『僕もあなたの事は呼び捨てにさせてもらいますから』
  「……はい」
   いいのだろうかと思いながら、重ねてそう言われて、ブルーは戸惑いながらも頷いた。
  『昨夜は眠れましたか?』
  「あんまり……。なんだか寝付けなくて」
  『そうですか。……昨日はいろんな事がありましたからね、無理もないです。もしも体調が優れないなら、今日は
  一日ここで休んでいてもいいんですよ』
  「大丈夫です」
   リオに心配されたが、ブルーは寝不足なだけで元気だと答えた。
  『それなら、今日はあなたにミュウの歴史を学んでもらうようにとの、ソルジャーの指示です』
  「はい」
  『まず食堂で朝食を食べてから、それからにしましょう』
   リオに促され、ブルーは昨夜支給されて着ていた夜着を着替えた。
   それはやはり昨日渡された服で、この船での一般服だった。
   茶系色を基調とした服の首元には赤い石がはめ込まれたスライダーが付いており、ブルーよりサイズこそ大きいが
  リオも同じデザインの服を着ていた。
   その服を着ることにまったく抵抗がない訳ではなかったが、ここで過ごしていくためには仕方ないのだとブルーは
  それを着た。
   昨日着ていた母親が用意してくれた服は、枕元に置いていた。
   ブルーはそれを大切そうに、部屋のクローゼットにしまった。


   朝食の後、ブルーはリオに案内されて、ある一室へ通された。
   広い部屋の正面にはスクリーンが掲げられ、室内には数十の机と椅子が整然と並べられていた。
   まるで学校の、教室のような雰囲気だった。
   そこで一人のミュウがブルーを待っていた。
   初老にさしかかろうとする外見をした彼は、ヒルマンと名乗った。
  『ではヒルマン教授、よろしくお願いします』
  「“教授”……?」
   リオの言葉に、ブルーは首を傾げた。教育ステーションでもないのに、ここでもそんな役職の人がいるのかと思っ
  たのだ。
   ブルーの疑問にヒルマンは苦笑した。
  「皆にはそうも呼ばれているがね、ただの俗称だよ。まあ座りなさい」
   穏やかに笑うヒルマンに勧められるまま、ブルーはヒルマンのすぐ前の席に腰を下ろした。
   リオは部屋の隅に控え、それを見守った。


   昨日一日の出来事で、もうこれ以上驚く事はないだろうと思っていた。
   けれどヒルマンが語った内容は、ブルーにとって驚愕する事ばかりだった。       サイオン
   人間から生まれたミュウの存在。身体の虚弱、障がいと引き換えるように、誰もが特殊能力を持っていた。
   そう話すヒルマンも、片腕が義手だった。リオも口がきけなかった。
   ヒルマンから教えられた事で、ブルーが何より驚いたのは、ミュウが長寿で人間の3倍は生きられるという事だっ
  た。
   目の前のヒルマンもリオも、その外見から推測できるよりも、遥かに長い年月を生きているという。
   ソルジャー・シンも130年は生きているという。嘘ではないのだろうと思ったが、とても信じられなかった。
   ではソルジャー・シンも、身体のどこかを欠損しているのだろうかと、ブルーは彼の姿を思い起こした。
   そのサイオンでテラズ・ナンバー5を退け、警備兵たちを倒した姿は強く、ブルーを抱きしめてきた腕には虚弱さの
  かけらも感じなかったけれど。
   穏やかな声で、ヒルマンはブルーに話を続けた。
   人間から迫害され続けてきたミュウの歴史。
   人間たちの手から逃れ、この船を奪い、生まれ続ける仲間たちを救い───今ではミュウの数は二千人に達する
  という。
   長い間シャングリラは、惑星アルテメシアの雲海の中に潜んでいた。
   けれど100年ほど前、ミュウの殲滅を目的とする人間たちの大規模な攻撃に晒され、シャングリラはやむなく地中に
  逃れた。
   その時に人間たちは、ミュウを殲滅したと思っていた。
   ミュウ達は深い地の底に潜み、その日を待っていた。
   いつか安住の地を目指す、その日を───。


   講義の後、リオの案内でブルーはシャングリラの船内を案内された。
   地中に在るとは思えないほど巨大な船。
   そこでも目にするものすべてが珍しく、また驚く事ばかりだった。


   その日から毎日、ヒルマンが師となり、ブルーは様々な事を学び始めた。
   勉強はおもしろかった。ヒルマンは博識で、皆が彼を「教授」と呼ぶのも、素直に納得できた。
   元々学ぶことが好きだったブルーに苦はなかった。
   けれどたった一つ、思わしくない事があった。
   ブルーは講義と並行して、サイオンを目覚めさせるための訓練も受け始めていた。
   だがどうした事か、そちらは一向に成果があがらなかった。
   サイオンには様々な種類があると教えられたが、何の能力も目覚めない。思念波も使えない。
   もう10日が過ぎようとしていたが、ブルーは不安になっていた。
   今日も一日が終わり、ブルーの部屋で、ブルーはリオと話していた。
   ブルーは自分のベッドに腰掛け、リオはブルーに向かい合うようにして椅子に座っていた。
   毎日、一日の終わりに二人は様々な事を話し、いつの間にかそんな風に過ごすようになっていた。
  『焦らないで、ブルー』
  「……ありがとうございます。でも……」
  『あなたはまだ、ミュウとして未分化なだけです。焦る事は何もないんですよ』
   リオはブルーの身の回りの世話だけでなく、何かとブルーの気持ちを思いやってくれた。
   けれどどんなにリオが励ましても、ブルーがミュウとして目覚めていないという、その事実と焦燥を覆すことはできな
 かった。
  「僕……」
  『?』
  「僕は……本当にミュウなのかな」
   ブルーのか細いつぶやきに、リオは驚いた。
  『ブルー、何を言い出すんです?』
  「ごめんなさい。でも……」
   成人検査の時の事を落ち着いて思い返せば、ブルーはミュウとして覚醒した訳ではなかった。
   もしかしたらブルーは、ただの人間なのではないのか。
   ブルーのその疑問をリオは強く否定した。
  『あなたはミュウです。だからこそソルジャーはあなたをこの船に連れて来たんですよ』
  「じゃあソルジャーは、どうして僕をミュウだと思ったの?」
  『それは……』
   ブルーはソルジャー・シンにはあの日以来、会う事はなかった。
   ミュウの長だというから、きっと忙しいのだろうけれど、できる事なら会って聞いてみたかった。
   ミュウとして覚醒していないのに、どうしてブルーをこの船に連れてきたのかと。
  『ソルジャーに会いたいですか?』
  「えっ……」
   思っていた事をリオに言い当てられて、ブルーは驚くと同時に不安になった。
  「もしかしてリオ、いま僕の心を読んだの?」
  『いいえ。でもそんな風な顔をしていたので』
  「そう……」
   やんわりと否定されて安堵したブルーに、リオはさらに言葉を重ねた。
  『確かに我々ミュウは思念波を操り、他人の心を読もうとすれば読む事もできます。けれどむやみにそんな事はしませ
 ん』
  「ごめんなさい……。早とちりして」
  『いいえ。それよりきっとあなたも不安だったでしょうね。ミュウばかりの船でいきなり暮らす事になって』
  「…………」
   リオの言葉をブルーは否定できなかった。
   それは確かにずっと、ブルーが不安に思いながら、でも誰にも聞けずにいた事だった。
  『一つ、安心できる事を教えましょうか』
  「?」
   リオはブルーに微笑みながら、話を続けた。
  『実は、不思議なんですが……あなたの心は読めないんです』
  「読めない?」                                                         
ガード 
  『あなたはまだ思念波も扱えない。他人の心も読めない。けれど何故なのか、あなたはしっかりと自分の心を防壁でき
 ている』
  「防壁……?」
  『あなたの意識───例えばあなたが僕に呼びかけてくれる思考などはもちろん僕にも読めますが、心までは無理で
 す』
  「そう……なんだ」
   リオの言葉に、ブルーは心から安堵した。
   防壁などと言われても、自分でもどうやってそれをしているのかまったく分からなかった。
   けれどずっと皆に自分の心が読まれているのではないかと不安だった。
  『だから安心していいんですよ』
  「うん……。ありがとう」
   リオの言葉に、ようやくブルーも笑顔を返した。少年らしい、まだどこか幼さを残す笑顔だった。
   微笑みあう二人だったが───リオの意識に突然、それは届いた。
   一瞬、ブルーから視線を外したリオに、ブルーは問いかけた。
  「リオ?」
  『……行きましょう、ブルー。ソルジャー・シンがあなたを呼んでいます』
   リオは立ち上がり、ブルーを促した。
  「え、どうして……? どこに行くの?」
  『青の間です』
   初めて聞く名前の場所だった。この間リオにシャングリラ船内を案内してもらった時も、そこは入ってはいなかった。
  「青の……間?」
  『ソルジャーの私室です』
   リオに促され、ブルーは自分の部屋を後にした。




はあ、やれやれ。ようやく大まかな設定を書き終えました。
でもソルジャー・シンが出せなかったのがちょっと残念です。
私にとって好きなカップリングは一種の真理みたいなもので、理由なんかいらないくらい大好き〜!!なのですが。
でも話を書くのにそれじゃいけないのがもどかしい(^^;)
とはいえ二次創作ですから、設定もあくまでざっと書きですが。
はやくシンと子ブルのあれこれをもっと書きたいです。
頭の中ではすぐにいろんなシーンが想像できるのに、書くとなると時間がかかるのが歯がゆいです(^^;)

ちなみにそうしている間に、ちょこちょこエピソードが増殖中です。
ただでさえ長くなりそうなのに、どうするんだ私……(−−;)



2008.03.29





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