exceeding thousand nights ・41



   青の間に戻ったシンは、白い寝台を前に一人佇んでいた。
   こうして誰もいない部屋に戻る度に思い出す。
   ソルジャー・ブルーが死んだ事実を───。
   そしてその生まれ変わりである少年、ブルー。
   先ほどリオから思念波でブルーの事を知らされた。
   経路は不明だが、ブルーがソルジャー・ブルーの事を知ってしまったとリオは報告してきた。
   シンはリオにそのまま部屋に戻るように伝え、ブルーについても敢えて放っておいた。
    ブルーが目覚めの日を迎え、このシャングリラに迎えるにあたり、シンは様々な事を命じた。
   ミュウの全員にソルジャー・ブルーについて口にする事を禁じ、メイン・コンピュータのデータをロックした。
   命令こそはしなかったが、フィシスなど彼と親しかった者は、できるだけブルーから遠ざけようとした。
   けれどいつかはこんな日が来るのでないかという予感もあった。
   先日、伝わっても構わないとブルーを抱き締めた日から───いや、ブルーをシャングリラに迎えた日から。
   その前にブルーが目覚めてくれるのを願いながら。
   ブルーにソルジャー・ブルーの事を知られてしまっても、不思議とシンの心に怒りはなかった。
  「ソルジャー!」
   呼ぶ声に振り返れば、青の間の入口にブルーが立っていた。
  「ブルー……」
   シンはブルーの名前を口にしたが、それ以上は何も言葉が出なかった。
   そんなシンの元にブルーの方が走り寄った。
   よほど急いで来たのだろう、僅かに息を切らせたブルーは、強い視線でシンを見上げた。
  「ソルジャーにお聞きしたい事があります」
  「なんだい?」
   シンの態度は平静だった。
   それがどこか恐ろしくもあったが、構わずブルーは口を開いた。
  「僕が……僕がソルジャー・ブルーの生まれ変わりだって本当ですか?」
   恐れずに口に出せた。
   それだけブルーも必死だった。
  「ソルジャーはそう信じているって……。ソルジャーだけじゃなく、ミュウの皆もそう信じているって……」
  「そうだ」
   シンの声は静かで、それが却ってブルーの苛立ちをかきたてた。
  「どうしてそんな夢みたいな事を言うんですか!?」
   ブルーは驚いた。
   心のどこかでそんな事は嘘だと思いたかった。
   けれど目の前に立つシンは真顔で、とても冗談を言っている風には見えなかった。
  「どうしてそんな……!」
  「彼は僕に約束してくれた。いつか必ず僕の元に戻ると」
   珍しく怒りの感情を露わにするブルーとは対照的に、シンは静かに言った。
  「君はソルジャー・ブルーだ。それ以外の何者でもない。……ありえない。」
  「僕は僕です!!」
   ブルーは叫ぶように言った。
    フィシスの記憶の中にいたその人は、ミュウの長らしく、シンが着ているのとよく似たソルジャー服を着ていた。
   耳には補聴器が───今は目の前のシンが付けている補聴器を付けていた。
   そして銀色の髪と血のような瞳の色こそ違うが、もう数年経てばそっくりといってもいい容姿───確かにブルーとよ
  く似た顔立ちをしていた。
   けれどそれはブルーではない。
   ブルーではないのだ。
  「ソルジャー・ブルーなんて知らない……! それは僕じゃない!」
  「憶い出しさえすれば、君自身にも分かる筈だ。君はソルジャー・ブルーだ」
  「違います……!!」
   ブルーは否定し続けた。
   けれど何をどう言っても、シンには通じなかった。
   まるでブルーの言葉が耳に入っていないかのようだった。
  「ソルジャー……!」
   どうしたらシンの心を変えられるのか、ブルーには分からなかった。
  「……僕はソルジャー・ブルーが再び生まれてくるのを100年待った」
   思い悩むブルーを静かに見つめながら、逆にシンが言葉を続けた。
  「君が誕生するのを待つためだけに───」
  「やめて下さい!」
   シンの言葉をブルーが遮った。
  「そんな馬鹿げた理由で、ソルジャーはアタラクシアのミュウたちを見捨ててきたんですか!?」
   人間に発見される訳にはいかないと、数え切れないほどの新たに生まれ続けたミュウをシンは見捨て続けてきた。
   それは地球を目指すため、そしてシャングリラのミュウを守るためだと思っていた。
   けれどそれだけではなく、ソルジャー・ブルーのためだったのだ。
   ソルジャー・ブルーを待つためだけに、シンはミュウを見殺しにし続けたのだ。
  「どうして……?」
   ブルーはシンの事が分からなくなっていた。
   ミュウの長として、確かに冷徹な面もあるけれど、優しい人だと思っていた。
  「どうしてそんな……残酷な事が出来るんですか?」
  「ソルジャー・ブルーは最後までこのシャングリラのミュウを守り続けた」
   半ば呆然とつぶやくブルーに、シンは強い口調で言った。
  「彼が守り抜いたものを僕も守る」
  「それ以外はどうでもいいと……?」
  「───」
   シンは無言で、けれど薄く微笑んだ。
   冷たい笑みだった。
   言葉こそなかったけれど、シンがブルーの問いを肯定したのが分かった。
  「どうして? あなたはミュウの長なのに……」
  「……そうだね、どうしてだろう」
   シンはしばらく考え込み、そしておもむろに口を開いた。
  「……もしかしたら僕は、ミュウを憎んでいるのかもしれない」
   シンはブルーが想像もしていなかった理由を述べた。
  「憎んで、いる……?」
  「そうだ。ミュウがいなければ、彼は死なずにすんだ」
  「ソルジャーだってミュウなのに……?」
  「そう。僕を含めたミュウを守るために、彼は死んだんだ。……僕の力がもう少しあったら、彼はあんな風には死なな
  かった」
   自嘲気味にシンは笑った。
   いっそ彼の後を追って死ねれば、どれほど楽だったろう。
   けれど彼との約束、そして彼の願い───地球。
   そしてシンの元には彼がその命と引き換えに守り抜いたミュウの同胞がおり、シンにはそれを見捨てる事はできな
  かった。
   彼が守ったものを守り抜かなければという気持ちと、それを憎む気持ち。
   自分自身の存在も含めて、シンはずっと相反する想いを抱え込んでいた。
  「……でも君は僕との約束を守って、こうして戻ってきてくれた」
   その約束があったからこそ、シンは生きて来たのだ。
  「君をずっと待っていた。君だけを───」
  「僕はそんな約束なんかしていない!!」
   たまらずブルーは叫んだ。
   シンの優しさも、告白も、ブルーに向けられたものではなかった。
   それはすべて、ソルジャー・ブルーに向けられたものだったのだ。
   ショックを受けたブルーは、シンの顔色が変わった事に気づかなかった。
  「僕はソルジャー・ブルーなんかじゃない!!」
   ブルーはそのまま、青の間を出て行こうとした。
   けれど踵を返す前に、シンの手がブルーの腕を掴んだ。
  「痛……っ!!」
   その力の強さに、ブルーはたまらずシンを見上げた。
   けれどシンと視線が合った瞬間、背筋が凍りついた。
   翡翠色の瞳はこんなに冷たかっただろうか。
  「ソル───」
  「教えてあげよう」
   シンの瞳はひどく昏く、そしてどこか微笑むようにつぶやいた。
  「憶い出させてあげよう。僕と彼だけが知る───誰も知らない事を」




久しぶりにやっと更新できました。
しかし次の42話は、どこまで書けるのか自分……。
努力はしますがもしかしてもしかしたら、挫折してしまうかもしれません。
私は正真正銘腐女子ですが、人には向き不向きもあると言う事で(−−;)
もし挫折しても、不都合はないようにはします。
でもとりあえずチャレンジはします!


2009.2.23





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