exceeding thousand nights ・ 8



   その部屋の前を通りかかったのは偶然だった。
   広いシャングリラの船内には、ブルーが立ち入った事のない部屋は多い。知らない部屋の方がほとんどだろう。その部屋も
  その内の一つだった。
   部屋の壁に作りつけられていた円い小窓。
   そこに面した廊下を通りかかった際に何気なく視線を向けたのだが、目にした光景にブルーは立ち止まってしまった。
  『ブルー?』
   一緒にいたリオも足を止めたが、ブルーの視線は小窓から外れない。返事もない。
   訝しんだリオがブルーに倣って部屋の中を見ると、そこにはトォニィたちの姿があった。
   トォニィとアルテラ、タキオン、タージオン、それが彼らの名前だった。あの後にブルーはそうリオから教えられていた。
   その部屋の中では、先日出会った4人の子供たちがサイオンの訓練をしていた。
   けれどその訓練内容は、激しく厳しいものだった。
   壁から放たれる衝撃波をかわしながら、不規則に移動する目標物をサイオンで次々と破壊していった。
   ブルーが日々繰り返しているような、単調な、サイオン啓発のための訓練とはまったく違っていた。
   ブルーは窓に釘づけになりながら、驚きの声を上げた。
  「すごい……!」
  『実戦を想定した訓練です』
   ブルーの隣でリオがつぶやいた。
   その声の苦々しさと言われた内容に、ブルーは視線をリオに向けた。 
  「実戦……? 誰と戦うの?」
  『人間です』
  「!」
   ブルーは咄嗟に、何の返事もできずに押し黙った。
   言われるまでブルーはミュウと人間が戦う事があるなど、想像していなかった。
   ミュウの歴史を教えられて、ミュウたちがどんな酷い扱いを受けてきたか、ブルーももう知っていたのに。
   ブルーの意識はまだ人間社会で暮らしていた感覚が色濃く残っており、人間を「敵」だとは認識できずにいた。
  「人間と、戦うの……?」
  『もちろんミュウは戦いなど望んでいません。けれど人間たちは我々を迫害するのをやめないでしょう。もしもそうなった場合の
  備えを、彼らはしているのです』
  「でも、みんなまだ子供なのに」
  『彼らはソルジャー・シンと同じ、“タイプ・ブルー”のサイオンの持ち主だからです』
  「タイプ……ブルー?」
   ブルーは再び視線をトォニィたちに向けた。
   確かに彼らが放つサイオンの色は、ソルジャー・シンと同じく美しい青い色をしていた。
  「ソルジャーと同じ色だ……」
  『ほとんどのミュウの力は微弱なもの。タイプ・ブルーの能力を持つ者だけが、戦う力を持っているのです』
   リオの言葉を聞きながら、ブルーは内心複雑な気持ちだった。
   ミュウの長であるソルジャー・シン。そしてソルジャーと同じ色のサイオンを持つトォニィたち。
   そのサイオンと同じ名前を持つブルーだったが、いまだミュウとして目覚められずにいた。
   名前が同じなだけに、なんて皮肉なんだろうと悔しく───何より自分が情けなかった。
  『いずれミュウが人間と戦わざるを得ない時には、ソルジャーとともに彼らが先頭に立つでしょう』
   リオのつぶやきが、さらに重くブルーの心に響いた。


   程なくして訓練を終えたトォニィたちが部屋から出てきた。
   リオから行きましょうと促されて、ブルーは一瞬躊躇した。
   けれどそこから立ち去って逃げるように見られるのが嫌で、ブルーはその場に踏みとどまった。
   4人は楽しそうに何事かを談笑していた。その先頭を歩いていたトォニィが、真っ先にブルーとリオに気づいた。
  「……何だ、覗き見?」
  『トォニィ』
   先日と同じく、あからさまに敵意を向けてくるトォニィをリオが制止しようとした。
   しかしトォニィはその態度を変えずに、ブルーに向かって言い放った。
  「チビだから、見ていたのにも気がつかなかった」
  「……取り消してくれ」
  「なんだよ」
   トォニィは言いたい放題だったが、それに初めてブルーが反発した。
   厳しい視線で自分を見つめてくる青い瞳を、トォニィも睨み返した。
  「チビをチビと言って何が悪いんだよ」
  「確かに僕は君より小さいけど、だからってそんな風な言い方をされる覚えはないよ」
   ブルーの反論に、トォニィが一瞬言葉に詰まった。
   するとトォニィの背後で、灰白色の髪の少年が笑い声を上げた。
  「トォニィの負けだな」
  「うるさいぞ、タキオン!」
   背後のタキオンを一喝すると、トォニィはまたもブルーに突っかかってきた。
  「僕は本当の事を言っただけだ!」
   言いながらトォニィは目の前のブルーの身体を突き飛ばした。
   ブルーは転びはしなかったが、それでも数歩よろけた。
  「っ……!」
  『ブルー!』
   慌ててリオがブルーを支えようとしたが、ブルーはその手を借りる前に自ら態勢を立て直した。
   こんな風に一方的な敵意を向けられた事など、家でも学校でもなかった。ブルーは驚くと同時に、理不尽に思えるそれに
  腹立たしさを感じた。
   ブルーは早足でトォニィの前に立つと、その手でトォニィの頬を叩いた。
   甲高い音が響き、リオやアルテラやタキオンたち、そして叩かれた当のトォニィも一瞬呆気にとられた。
  「な……なにするんだよ!!」
   頬を手で押さえながら、トォニィが叫んだ。
   けれどブルーは引き下がらなかった。
  「君が取り消したら僕も謝るよ」
  「……嫌だ!」
   と、今度はトォニィがブルーの頬を叩いた。
   それが引き金になり、二人はその場で取っ組み合いを始めた。
  『ブルー! トォニィ! やめて下さい、二人とも!』
  「トォニィ、やめなさいよ! タキオンとタージオンも黙って見てないで止めて!」
   楽しそうに見物していた兄弟たちに、アルテラの厳しい声が飛んだ。
  「え、止めるのか? 面白いのに」
  「面白いよね、兄さん」
  「面白くない! ほら、手伝って!」
  「はいはい」
   ブルーとトォニィはケンカを止めようとはせず、結局リオとアルテラたち4人が、2人を無理やり引き剥がした。


   怪我こそしなかったが、あちこちに擦り傷を作ったブルーとトォニィは、念のためにとリオにメディカル・ルームに連れてこら
  れた。
   リオから事の顛末を聞いたドクター・ノルディは、二人を治療しながら説教を始めた。
  「ブルー、君はもう14歳だったな。取っ組み合いのケンカなど、大人のする事じゃないぞ」
  「……すみません」
   ドクターから諭されて、ブルーは身を竦めた。
   それを聞いて愉快そうな顔をしていたトォニィにも、ドクターの小言は飛んできた。
  「トォニィ、君はいつから人を悪く言うようになったんだい?」
  「別に、悪く言ってなんか……」
  「今の君を知ったら、カリナはさぞ悲しむだろうね」
  「ママの事は言うな!」
   ドクターの言葉に、トォニィは突然声を荒げた。
   ───その時、メディカル・ルームに入ってきた者がいた。
   優しげな顔立ちの、金髪の男性だった。
   ミュウの特性として本当の年齢は分からなかったが、少なくとも外見上は20代に見えた。
   その人はトォニィの姿を見つけると、慌てて駆け寄ってきた。
  「トォニィ!」
  「パパ……。どうしてここに?」
  「私がユウイに連絡して、来てもらったんだよ」
   トォニィはドクターを睨んだが、その視線はトォニィを心配して傍らに膝をついたユウイに遮られた。
   ユウイは心配そうに、トォニィの顔を覗き込んだ。
  「トォニィ、怪我はしてないか?」
  「大丈夫だよ、パパ」 
  「そうか。よかった……!」
   トォニィの返事に、ユウイは顔を綻ばせ、息子を抱きしめた。
   目の前のそんな2人を、ブルーは不思議そうに見た。
  「パパ……?」
   ブルーの疑問は、すぐにリオによって解かれた。背後に立っていたリオが、そっと教えてくれた。
  『彼はユウイといって、トォニィの父親です』
  「え? でも───」
  『前にヒルマン教授から説明があったでしょう。トォニィは自然出産児なんです』
  「!!」
   確かにブルーも聞いていた。
   ソルジャー・シンが推奨し、シャングリラには自然出産───試験管内の人工受精でなく、女性の母体から産まれてきた子供た
  ちが数人いると。
   けれどそれが誰なのかまでは、ブルーは知らなかった。
   リオが言うにはトォニィは第一番目の自然出産児で、アルテラもタキオンもタージオンも同じだという。
   思わずブルーは改めてトォニィを見つめてしまった。
   トォニィは父親のユウイに抱きしめられていた。
  「トォニィ、何があったのかは僕も聞いたよ。……ブルーに謝ろう」
  「パパ……!」
   トォニィはユウイの腕の中で身をよじった。
   ユウイは少しだけ腕を緩め、トォニィの両肩にその手を置き、息子の瞳を見つめて言った。
  「僕たちミュウは虚弱だ。僕もその一人だ。だからミュウが助け合い支え合いながら生きているのは、トォニィも知っているだろ
  う?」
  「…………」
  「トォニィは幸い健康に生まれてきてくれた。けれどだからこそ他の人を、それも外見や身体的な事で悪く言うなんて事はしてほし
  くないんだ」
   トォニィの返事はない。けれどユウイの言う事に反論もせず、聞き入っていた。
  「トォニィには強く、真っ直ぐに大きくなってほしい。僕はそう育ってほしい。それが、僕が死んだカリナにしてあげられる事だと
  思うから───」
  「パパ……」
  「一人じゃ勇気が持てないなら、僕も一緒に謝ろう。だからトォニィ───」
  「いい」
   ユウイの言葉を、トォニィは遮った。
  「一人で謝れる」
  「トォニィ……!」
   トォニィは後ろにいたブルーに向き合うと、しばらくためらった後にその頭を下げた。
  「ごめん」
   短い、でも確かな謝罪の言葉。
  『ブルーもトォニィに言う事があるんじゃないですか……?』
   背後のリオに促されて、ブルーもトォニィに頭を下げた。
  「僕も、いきなり叩いちゃってごめん……」
   しばらく頭を下げていたブルーだったが、そろそろと頭を上げると、やはり同じように頭を上げたトォニィと視線がぶつかった。
   やはりまだお互い気まずさはあるけれど、それでもトォニィからは先刻までの噛みついてくるような敵意はもうなかった。
   そんなトォニィをユウイが再び抱きしめた。 
  「トォニィ、えらいぞ。さすが僕の息子だ!」
  「パパ! もう、そーゆうのって親バカっていうんだよ!」
   トォニィは恥ずかしそうに頬を赤らめて言ったが、ユウイの腕を振りほどきはしなかった。
   仲睦まじい親子だった。
  『ブルー? どうかしましたか?』
   その様子を見ていたブルーがわずかに表情を曇らせたような気がして、リオは声をかけた。
  「ううん、何でもない」
  『よかったですね、トォニィと仲直りができて』
  「うん───」
   リオに返事をしながら、ブルーの脳裏には別の、懐かしい姿があった。
   つい二ヶ月ほど前まで、ブルーの傍に当たり前にあったもの。
   目の前のトォニィとユウイの姿は、ブルーに嫌でも両親を思い出させた───。


   その夜は寂しくて眠れないまま、ブルーは一人展望室を訪れた。
   そして驚いた事に、そんなブルーに気づいたソルジャー・シンまでもがそこを訪れた。
   ブルーは胸の内にずっと抱えていた寂しさを、誰にも知られていないと思っていたのに、シンだけはそれに気づいていた。
  「このシャングリラが君の家だ、ブルー」
  「ソルジャー……」
   シンに抱き寄せられて、感じた温もり。
   力強く温かく、いつもブルーを守ってくれているもの。
   未だミュウとして目覚めていないブルーにとってそれは、唯一といってもいい確かなものだった。




子ブルも成人したとはいえ、中身はまだまだ子供ですので、ちょいとケンカなどもいいんじゃないかと。
子供はケンカしながら大きくなっていくんですよね。
カリナは既に亡くなって、ユウイが男手一つでトォニィを育てています。

トォニィとの仲直りの後、1のシーンに続きます。時間軸でいいますと、2〜8、1、9〜となります。
しかし8まで書いても、登場人物がまだ全部書けていません。
予定では12あたりで一通り出そろうと思うのですが(^^;)
シンと子ブルの関係も、その頃には少しは進展…してるかな?



2008.04.20





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