少年時代
ジョミーは夢を見ていた。
成人検査の夢だった。異様な形の機械───テラズ・ナンバー5がジョミーに迫ってきた。
『……記憶ヲ捨テナサイ』
『嫌だ』
『記憶ヲ捨テナサイ!』
『嫌だ───!』
押し寄せてくる圧倒的な思念波に必死で抗った。
忘れたくない。記憶を無くしたくない。
一人戦うジョミーをその時、救う声があった。
『ジョミー……!』
ジョミーとテラズ・ナンバー5しかいなかった空間に、その人は現れた。
銀色の髪、白皙の肌、秀麗な顔立ち───煌めく深紅の瞳。
「ブルー……!!」
その名前を叫んだところで、ジョミーは目覚めた。
ベッドに横になっていた身体は、脂汗をかいていた。自室の天井を見て、今のが昔の夢だと確認して、
安堵のため息をついた。
汗に濡れた服が気持ちが悪かった。着替えようと身体を起こして、ジョミーはふと気づいた。
『……ちょっと待てよ、僕はあの時───』
ジョミーの青かった顔色が、それに気づいた後、段々と赤くなっていった───。
つい数ヶ月前に成人検査を迎え、ミュウとしてシャングリラに連れてこられたジョミーであったが、まだ親
しい者も心を許せる者も少なかった。
ミュウとして目覚めはしたが、その強大な力をコントロールするのもままならず、訓練の日々を続けてい
た。
そのジョミーは訓練の空き時間に、天体の間のフィシスを訪ねてきていた。
かといってフィシスに占いを頼むわけでもない。話がある様子もない。
ただの時間つぶしなのか、タロットを捲るフィシスの手をじっと見つめていた。
「……青の間には行かないのですか?」
「え?」
手を止めて、フィシスは盲目の瞳を傍らに座るジョミーへと向けた。
「最近ジョミーが訪ねてきてくれないと、ソルジャー・ブルーが寂しがっていました」
「ブルーが?」
「ええ」
ジョミーはよく青の間を訪ねていた。
ブルーは眠り続ける日が多く、訪ねたところでブルーと必ずしも話ができる訳でもなかったけれど、それ
でもジョミーはほぼ毎日のように青の間を訪れていた。
まるで雛鳥が親を慕うようなジョミーのその行動は、眠るブルーにも確かに伝わっていた。
それが最近、ないらしい。
フィシスは昨日、青の間を訪れた際に、目覚めていたブルーと話をしてそれを聞いていた。
「何か、青の間に行きたくない訳でもあるのですか?」
「そういう訳じゃないけど……」
快活な性格のジョミーにしては珍しく、歯切れが悪かった。
しばらく考え込んでいたジョミーは、ぽつりぽつりと口を開いた。
「……僕の成人検査の時、ブルーが助けにきてくれたんだ」
「ええ、存じてますわ」
「あの時は必死で、何が何だか分からなかったけど、……あの時の僕、何も着てなかったんだよね」
「そう……なのですか?」
ジョミーの話を聞きながら、フィシスはジョミーの心を感じていた。
ジョミーから伝わってくる、ほのかな恋心。
ジョミー自身もまだ気づいていない、ブルーへの想い。
それ故の戸惑いと恥ずかしさ。
『まあ、ジョミー…!』
「もちろん思念の世界の事だから、現実に見られた訳じゃないんだろうけど、それでもブルーに全部
見られちゃったかと思うと、僕……僕は───」
それを思い返すと、とてもじゃないがジョミーはブルーの顔を見に青の間へは行けなかった。
その輝かしい金髪を両手で掻きむしるジョミーの顔は、真っ赤だった。
『そんな事を気にしていたのかい、ジョミー』
突然、天体の間に響く声があった。低く優しい声だった。
「!?」
ジョミーが慌てて立ち上がると、いつの間にかすぐ傍らにブルーの思念体が立っていた。
ほのかに揺らめく銀色の姿。
「ブルー……」
『ジョミー、久しぶりだね』
ブルーはジョミーにいつものごとく優しく微笑みかけたが、対するジョミーの表情はぎこちない。
「どうしたのですが、ソルジャー・ブルー」
『やあフィシス。目が覚めて思念を広げたら、君とジョミーが話しているのを感じてね』
つい来てしまったんだと、ブルーは笑った。
その隣でジョミーは、思念も身体も固まったままだった。
そんなジョミーの様子を感じ取って、ブルーはジョミーに向き合った。
『ジョミー』
「は、はいっ……」
『何も気にする事はないよ。僕はあの時、テラズ・ナンバー5と戦うのに精一杯で、君が気にするほど君を
見ていられなかったからね』
にこりと優しく、またブルーが微笑んだ。
『だから何も気にせずに、また僕の元へ来てくれないか』
その笑顔と言葉に、ジョミーはわずかに安堵した。
「そ、そうですか。なら……」
『それに、君の事なら君がこんな幼い頃から知っているんだ。君の成長を喜びこそすれ、他に何を感じる
というんだい?』
こんな───と、ブルーが言いながらその手で示したのは、ジョミーの身長ではなかった。
『ブルーのバカぁっ!!』
その瞬間、天体の間だけでなくシャングリラ船内に、悲痛なジョミーの思念波が響き渡った。
その直後、ジョミーは青の間を訪れるどころか、自室に閉じこもってしまった。
リオが、ハーレイが、誰がどんなに呼びかけてもジョミーからの返事はなく、部屋の中からは恥ずかしさと
ただただ泣き濡れた思念が感じられるだけだった。
次代のソルジャーのただならぬ様子に、ハーレイや長老たちが青の間にブルーを訪ねてやってきた。
「いったいジョミーと何があったのですか、ソルジャー・ブルー」
「僕にも何がなんだか……。ジョミーは何にショックを受けていたんだろう、フィシス」
「さあ、私にも……」
誰よりも巧みに思念波を扱えるのに、思春期の少年の恋心にはまったく気づかないブルーだった。
しかしこればかりはジョミーが自分の想いに気づいて伝えるか、ブルーが気づくしかないと、フィシスは沈
黙を守った。
未来を作っていくのは占い師ではなく、本人たちなのだと知っていたから。
けれどミュウの未来のためにも、それがいつになるのかだけでも占っておこうかしらとフィシスは思った。
数年後、ブルーはジョミーの成長をその身をもって知る事になるのだが、それはまだまだ先の話───。
正月早々なに書いてんだか私は…(−−;)>
ここんとこずーっとソルジャー・シンを書いていた反動か、とにかく可愛いジョミーと幸せなジョミブルを書きたく
なりまして。スカパー!でアニテラの再放送を見始めたのも後押しをしてくれました。
しかしジョミーにとって幸せな話にはあんまりならなかったような……(^^;)
正直な話、ブルーはジョミーの事ならなんでも知っていそう。ブルーはなんにも気にしてなさそうですが、思春
期のジョミーは大変そうです。
頑張れ、ジョミー! 頑張ってブルーよりいろんな意味で成長してください。
2008.01.02
小説のページに戻る インデックスに戻る