年下の男の子
ジョミーはブルーの部屋───「青の間」へとやって来ていた。
ナキネズミは連れてきていない。付いてこようとするのを、リオに預けてきた。
ブルーは今日もベッドに身を横たえ、瞳を閉じたままだった。
ブルーの枕元に立ち、まるで日課となっているような一日の報告の時間。
ジョミーのミュウとしての進歩は驚くほど早かった。
それはジョミーからの話だけで思うのではなく、ジョミーの教育を担当している長老たちからもそう報
告を受けていた。
もっとも本人はまだ不満があるようだった。
毎日、鍛練に励む様子は、ブルーが感嘆するほどだ───密かに申し訳なさを感じるほどに。
テレパシー
『思念波の使い方が、ずいぶん上達したようだね』
「そうですか? ……もしかして、フィシスの特訓が効いたのかな」
考え考え答えるジョミー。
特訓をしたなどと、ブルーが聞いたのは初めてだった。
『特訓? どんな?』
「秘密、です」
ジョミーは珍しく、ブルーの質問に答えなかった。ほんのりと頬を紅潮させている。いったいどんな特
訓をしたのだろうか。
けれど、ブルーはそれを敢えて追求しようとはしなかった。
『……早いものだね。君がこの船にやって来てから、もう半年経つ』
たった半年前の事だけれど、ブルーは懐かしそうだった。
「あなたと初めて会ったのは、アタラクシアでしたけどね」
ジョミーがブルーと初めて会ったのは成人検査の時。
ブルーは思念体となって、ジョミーを助けに来てくれた。
でもあの時のジョミーは、とにかく記憶を無くすまいと、テラズ・ナンバー5から逃れるのに必死で、
ブルーがどんな人なのかゆっくり眺める余裕などこれっぽっちもなかった。
文字通り、自分のいた世界がひっくり返るような状況の中、ただすごい力を持つ人なんだって事は分かっ
た。
「……ここを訪ねてあなたに会った時、びっくりしました」
何か思い出す事があったのか、ジョミーがつぶやいた。
『何にだい?』
「ソルジャー・ブルーはミュウの長だというので、僕はとても緊張してたんです」
『その割には言いたい放題、怒鳴っていったじゃないか』
「あれは───僕も、必死だったから」
ジョミーが慌ててそう言うと、ブルーは微笑んだ。
実際のブルーはベッドに横たわり瞳を閉じたままだったけれど、思念波でブルーが笑っているのが伝
わってきた。
それでジョミーは、自分がからかわれたのだと分かった。
「ブルー!」
『ごめんごめん』
微笑みながらブルーは、それでとジョミーを促した。
それに機嫌をなおして、ジョミーは話を続けた。
「長というからには、きっと厳しくて、頑固で、怖くて───……例えばハーレイ船長をもっともっとす
ごくしたような人なんだと思ってた」
『ひどいな』
ジョミーのあんまりな言いように、ブルーは苦笑した。
浅黒い肌の、外見だけは自分よりも年上に見えるミュウの長老の一人。ハーレイは外見を裏切り優しい
ところのある男なのだが、ジョミーにはまだそこまでは見えていないようだった。
それもいずれ時間をかけて、分かり合っていけばいい───。
たぶんそんな日々を自分が見ることはかなわないだろうと思いながら、ブルーはジョミーの話に耳を傾
けた。
「でもあなたに会って……まさかこんな人が長だなんて思ってもみなかったんで、驚きました」
『驚いた?』
「なんていうか、長というにしては───……長らしくないような」
考えながら、言葉に詰まりながらジョミーが話す言葉は、ブルーには思ってもみない内容だった。
『そんなに僕は頼りないかい?』
「そうじゃないけど、なんていうか……」
放っておけないというか。
線が細くて頼り無げで───まさかこんなに綺麗な人が長だなんて、思ってもみなかった。
けれど自分もいい加減、ミュウ達の態度に腹を立てていたので、勢い船を飛び出した。
それでも、なんと後ろ髪を引かれただろう。
人の心配をしている余裕など無いくせに、このまま行ってしまっていいのだろうかと思ったものだ。
本当はブルーを心配する必要なんてないのはジョミーも分かっている。
その力はミュウ達の中でも飛び抜けて強く、たった一人でテラズ・ナンバー5からジョミーを助けたほど
だ。
力だけならジョミーの方が勝る部分もあるかもしれないが、その力をコントロールする能力は、とても
ブルーの足元にも及ばなかった。
ジョミーより遙に長い時間を生き、様々な苦難を乗り越えてきたのだろう。
自分の方がよほど危なっかしくて心配をかけているだろうけれど───けれど、やはりジョミーはブル
ーが気になってしまうのだ。
しかしそれをブルーに伝える訳にはいかない。
そんな事をしたらもしかしたら、ジョミーのブルーへの気持ちが伝わってしまうかもしれない。
ガード
しっかり気を引き締めて心を防壁しながら、ジョミーはそんな事を考えた。
とはいえそれを口にする訳にもいかず、結果的に黙り込んだジョミーにブルーが話しかけた。
『僕が頼りないから、君が頑張らざるをえないのかな』
思いがけない事を言われて、ジョミーは慌てた。
「そんなこと───」
『僕は僕、君は君だ。君は本当によくやってくれている。……僕は感謝しているよ』
本当は感謝している以外にも、ジョミーに対して思う事はあった。
けれどそれは口にせず、ブルーはジョミーを労った。
その言葉はジョミーには嬉しいものであったけれど、素直に頷くにはジョミーはブルーを想い過ぎてい
た。
「まだ、こんなんじゃあなたの代わりにはなれません」
『……僕は君より300年長く生きているんだ』
ブルーの時間は残り少ないけれど、まだ、もう少しは大丈夫だろうから。
『そんなにすぐに追いつかれたら、僕の立つ瀬がなくなってしまうよ───』
それはジョミーがあまり思い詰めないようにと、彼を思いやった言葉であったが、言われたジョミーは
なぜか表情を硬くして俯いた。
何事か気を悪くしたようだ。
でもブルーにはその理由が思い当たらない。そんな失礼な事を言ったつもりもない。
『ジョミー?』
ブルーが呼びかけると、ジョミーは俯いたまま苦々しくつぶやいた。
「……300年、じゃない」
『?』
訝しむブルーに、ジョミーは顔を上げると勢いよく言い切った。
「286年です!!」
───青の間に、しばし沈黙が訪れた。
一見すると眠るブルーの枕元で、ジョミーが一人仁王立ちしているだけだったが───……。
しばらくして部屋の中に、小さな笑い声が響いた。
ブルーだった。最初はクスクスと小さく笑っていたが、その笑い声はそのうち微笑ではすまなくなった。
肩を震わせてさも可笑しそうに笑う、こんなに笑うブルーを見たのは初めてだった。
最初、惚けていたジョミーだったが、すぐに我に返った。
「何がおかしいんですかっ!?」
笑い続けるブルーに、ついにジョミーは憤慨した。
「ごめんジョミー、でも……」
謝りながら、どうしたことかブルーがベッドから上半身を起こした。
そして、紅い眼差しがジョミーを見た。
最上の宝石の一つであるルビーのような輝き。知っている筈なのに、目を合わせるたびにジョミーは心
を奪われてしまう。
ブルーはなんとか笑うのを止めると、ジョミーを眩しそうに見つめた。
「君はまったく、僕が思いもつかないような事を教えてくれる」
たった14年の言い間違い。300年生きたブルーにとって、14年はそう長い月日ではない。
けれどその14年を軽んじるという事は、ジョミーの人生を軽んじるのと同じ事だった。
「君の言う通りだ」
すまないと謝られ、ジョミーも慌てて謝った。
「別に僕は怒った訳じゃなくて、その───」
「分かっているよ、ジョミー」
そうして二人で、笑いあった。
ジョミーの心はときめいた。
思念波ではないブルーの声を聞いたのは、いったい何週間ぶりだろう。
その笑顔を見ていると、どうしてかジョミーもひどく幸せな気分になる。
『大好きだ、ブルー……!』
それは、ジョミーの無意識の声だった。
無意識であるが故に、防壁も何もしないまま心から零れた声。
ブルーは一度瞬きをし、ジョミーを真っ直ぐ見つめてきた。
その強張った表情で、ジョミーの想いがブルーに伝わったのがジョミーにも分かった。
しまった! と思ってももう遅い。
「えっと、その、あの……っ!!」
焦るジョミーの顔は真っ赤だ。
絶対ブルーには伝わってしまったであろう───でも真実。
思念波は正直で正確だ。ジョミーがどんな意味でブルーが好きなのか、余すところなく伝えてしまった
だろう。
真実だから否定する訳にもいかず、かといって何と言っていいかも分からず、動く事も出来ず、ジョミ
ーは内心パニックを起こしていた。
そんなジョミーを静かな眼差しで見つめていたブルーだったが、一度瞼を閉じ───そしてあらためて
ジョミーを見た。
「……ありがとう」
「え?」
「ありがとう、ジョミー」
微かな声でそう言い、ブルーはまたジョミーに優しく微笑んだ。
「ブルー……」
絶対に気持ち悪がられると思っていたジョミーは、そんな風に言われて安堵した。
否定されなかった───それだけで嬉しかった。
もしもこの時、ジョミーがブルーの心を覗いていたら、こんな風に安穏としてはいられなかっただろう。
公式年表を見てみると、どうもアニメのジョミーとブルーは301歳の差があるような……。
でもちょっと書きたい事が伝えづらいなあと思って、上記のようにしました。
07年7月19日現在、これからアニメの展開は辛いものになりますね(><)
こんなほのぼの小説書いてる場合じゃないだろうとは思いつつ、せめて二次創作くらいでは、とも思うのです。
ブルーやジョミーが、辛いだけでなく、笑ったりした日々が少しでもあればいいなあ、なんて。
そこでジョミブルになっちゃうのは、私の煩悩ゆえですけど(^^;)
でも、地球ネタは設定からして、オール死にネタっぽくなっちゃうので、気を抜くとついシリアスに流れてしまいそうです。
シリアスを書くのなら、ほのぼのなしのきっちりシリアスを書きたいですね。
2007.07.19
小説のページに戻る インデックスに戻る