夢の続き
ミュウの船「シャングリラ」の奥深く───ほのかな青白い光が部屋の中央をかろうじて照らしている暗い
一室。
「青の間」と呼ばれている、先代のソルジャーであったブルーの部屋。
そこに歩み入る靴音が一つ。
ソルジャーの任を継ぎ、ミュウの長となり、今は皆からソルジャー・シンと呼ばれるようになった、ジョミー
だった。
毎晩、ソルジャーとしての責務を終えてから、ソルジャー・シン───ジョミーは青の間へと足を運んでい
た。
どんなに疲れ果てていても必ず、直接訪れる事がかなわないならば思念体で、ジョミーはブルーの元を毎
夜訪れた。
青の間の中央に据え置かれたベッドの傍らに立ち、そこに横たわる人に視線を落とした。
「……やあ、ブルー」
ベッドに眠るブルーから返事はない。その瞳は閉じられたまま、身動き一つしない。
ジョミーはブルーの枕元に改めて近寄った。
「ブルー……」
ブルーからの答えはないと分かっているが、それでもジョミーはブルーを呼んだ。
その声も、ブルーを見つめる視線も、寄せる思念も、この上なく穏やかで優しい。
年齢こそ十代の終わりで止めてしまったが、ジョミーはとうに体躯も身長もブルーを追い抜かしてた。
輝くような金髪も翡翠色の瞳もそのまま、少年らしさは残っているが、何より変わったのはジョミーが発す
る思念だ。
一言で言うと大人びた。過ごしてきた年月が、何よりジョミーを変えていた。
それに比べて眠るブルーは何も変わらない。
銀色の髪、白磁のような肌、長い睫毛に彩られた瞼は閉じられているために見えないが、真紅に輝いて
いるだろう瞳。その身体は抱きしめたら折れてしまいそうなほど細い。
眠るブルーは美しいまま───15年前と変わらないままだった。
思念体となって彷徨っていた14歳のジョミーを、連れ戻しに来てくれたブルー。
そのお陰でジョミーは無事に自分の身体に戻れたのだが───。
ジョミーがブルーに導かれて、シャングリラに残る自らの存在を感じた時、けれどその時、同じシャングリラ
にいる筈のブルーをジョミーは感じられなかった。
テレパシー
それほどブルーの思念波は細く、弱々しかった。
だから目覚めたジョミーは、すぐにドクターに青の間に向かうように頼んだ。
ドクターが青の間に駆けつけた時、ブルーの意識は既になく、ほどなくしてそのまま昏睡状態へと陥ってし
まった。
ジョミーと言葉を交わすこともないまま───何も告げないままに。
後になってジョミーが知ったのは、皆の制止を聞かずにブルーが助けに来てくれたという事だった。
一日経っても意識の戻らないジョミーを、すぐにブルーは助けに向かおうとしたそうだ。
けれど只でさえ弱り、安静を必要をするブルーに、待ってほしいと皆が止めた。
次期ソルジャー候補のジョミーが危険な時に、現ソルジャーであるブルーまで失う訳にはいかないからだ。
必ずジョミーを見つけるからと、すべてのミュウ達が思念波でジョミーを探したが、誰一人としてジョミーを
感知できなかった。
それほどジョミーの力は強く、ミュウの誰もが遠く及ばなかった。
ジョミーの捜索は続けていたが、長老たちは最悪の結果までも覚悟していた。
時間だけが無為に過ぎる中、誰にも知られないように密かに、ブルーは思念体を飛ばしてジョミーを捜し
に出かけたのだ。
ハーレイたちがそれを知ったのは、自分の身体に戻ったジョミーの口からだった。
その時にはもう、ブルーの意識はなかった。
限界までサイオンを使ったためだとドクターは診断した。
ミュウの中にはジョミーを責める者も少なからずいたが、時間はもう戻せはしなかった。
そして、それを誰より悔いていたのはジョミーだった。
その後しばらくして、ソルジャーの役目はジョミーが引き継いだ。 テ ラ
人間たちからの激しい攻撃を受けたシャングリラは惑星アルテメシアを離れ、地球を目指す旅へと出発し
た。
座標も不明なままの地球を探し、いくつもの恒星系を訪れ、目的の星を見つけられず失望するその繰り返
し。
人間たちからの攻撃、迫害はアルテメシアを離れても続いていた。
そして身も心も疲れ果てたミュウたちのために、仮初めの宿をジルベスター星系の赤い星に求めた。
「ナスカ」と名付けたその星に入植したのが3年前。
ミュウたちは赤い星の赤い大地の上で、ようやく手に入れた安寧の日々を過ごしていた。
その間もブルーは一度も目覚めなかった。
長い眠りについてから15年、一度も目覚めなかった。
ジョミーはブルーの眠るベッドの端に腰を下ろし、その呼吸に耳を澄ます。
微かな、本当に微かな息づかい。そして目を凝らしてやっと気づけるほどの、微かに上下する胸。
それを確認してようやくジョミーは安心する。
ブルーが生きているのだと、安心できた。
ジョミーは片手を伸ばし、ブルーの前髪をかき上げた。そして身体を屈め、そっとブルーの額に自らの額
をあわせた。
触れ合った肌から意識を潜り込ませる。深く、深く───潜る。
ブルーの内にジョミーは意識を沈めた───。
水面から海に潜っていくような感覚。
表層から徐々に意識を潜らせると、徐々に明度が下がり、闇が深くなる。
意識をかなり深く沈ませて、ジョミーは一度それを止めた。
そこは遠く星々が煌めく、まるで宇宙のようだった。
初めてブルーの内側に潜り、それを感じた時には驚いた。
けれどブルーの意識はどこにもいない。
ジョミーはさらに深く沈んだ。
ブルーを求めてさらに、深く───深く沈むほどに星々はその数を減らし、ついには完全なる暗闇となっ
た。
どれだけ潜っても、底が感じられないほどの闇。
『ブルー……!』
ジョミーはブルーを呼んだ。けれど応えは返らない。
いつも優しくジョミーの名を呼んでくれた、あの懐かしい声は聞こえない。
ブルーを捜しに来る度にジョミーはブルーを呼ぶのだが、一度としてブルーは見つからなかった。
この暗闇のどこかに居る筈なのに───どこにもブルーの意識は感じられなかった。
ジョミーはブルーからそっと身体を離した。
あまりに深くまで意識を沈めたために、疲労感とともに微かな眩暈を感じた。
深いため息をついて、それをやり過ごした。
改めてブルーを見れば、その様子に変わりはない。
安心するとともに、落胆もした。
もう何百回目になるだろうか。どれだけブルーを捜しても、ジョミーは一度もブルーを見つけられなかった。
ブルーはジョミーが生まれてから14年間、ジョミーを見守り、その成長を待っていてくれたという。
「……僕はもうそれより1年長く、貴方を見守ってしまった」
ブルーもこんな気持ちで、ジョミーの「目覚めの日」を待ってくれていたのだろうか。
こんなに切なく、一日千秋の思いで、ブルーも待っていてくれたのだろうか。
それともジョミーが14年待たせたから、その仕返しだろうか。
ナスカと呼んでいる赤い星で足踏みをしているから?
けれど地球を忘れたことなどない。
そのためにジョミーはここにいるのだから。
「必ず、貴方を地球へ連れて行くから───」
聞こえていないだろうとは分かっていたが、眠るブルーにそれでもジョミーは語りかけた。
『君に伝えたい事がある───』
あの日、ブルーは確かにジョミーにそう言った。
ブルーは何を伝えたかったのだろうか。
このままブルーが目覚めないのではないかという不安は常にある。
けれどそれと同時に、ブルーがそんな事をする筈がないとも思っている。
こうして待っているジョミーを、置いていってしまうような事はしないと信じている。
ブルーの愛はまるで神の愛のようだと思った事がかつてあった。
だから誰か一人だけを特別に愛するなんて事はできないのかもしれない。
神様は皆を平等に愛してくれる。皆も神様を愛し、尊んでいる。
けれど本当の意味で、彼自身を愛する人はどれだけいるのだろうか?
ジョミーは、そのたった一人になりたいと思っている。
自分でも不思議なほどに、ブルーに対する気持ちは変わっていない。
ブルーにそれを告げたらどんな反応をするだろうか。
驚くだろうか。信じられないと言うだろうか。
どんな反応でもいいから、ブルーに伝えたい。
貴方が好きだと。
変わらずたった一人、貴方だけが好きだと……。
ジョミーはブルーの唇に口づけた。
ブルーの唇はその印象そのままに冷たく結ばれていた。
熱を移すように触れ───そしてジョミーの力と、生命力のかけらを流し込む。
ジョミーがブルーの元を毎夜訪れると同時に、毎夜重ねる行為だ。
果てない暗闇のどこかに沈んだブルーに届くようにと願いながら、ジョミーは毎夜ブルーに口づける。
あの日、ブルーがジョミーに口づけてくれたのは唇ではなかったけれど。
「……目覚めて、ブルー」
口づけながら切に願った。
その紅い瞳を見たい。
一日でも早く目覚めて、ジョミーを見てほしい。
そして言葉を───気持ちを交わしたい。
貴方が目覚めるその日を、待っている───。
〈END〉
ここで終わりかい!?と思って下さった方がいたら、申し訳ありません。
私は好きなカップリングなら幸せな話、悲しい話、辛い話とでも何でも好きなのですが、切ない話というのがまた
大好きでして……一応予定通りのラストです。
でも最近の私はジョミーが好き好きvなので、予定通りとはいえこのままじゃジョミーがちょっとだけかわいそうな
気もします(^^;)
最初は続き物にするつもりもなかった、ホントに思いつくまま書き始めただけでした。
でもジョミーとブルーであれこれ書けて、とりあえず本人は楽しかったです。
お付き合いくださりありがとうございました!
2007.11.03
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